離れ離れになった仲間たち
次に朗が目覚めたのは薄暗い部屋の中にあるベッドの上だった。どうやら又さらわれたようである。多分スドゥークが言っていた城の中だろうが、街のような鮮やかな光は無く、石造りの壁のあちこちに灯木が灯っているだけだ。アルテウスが言っていたように、夜明かる過ぎると眠れないので、部屋の中は灯木では作られていないのだろう。
まだ少し頭がぼうっとして起き上がる気力がわかなかった。朗が溜め息をつきながら頭に手をやった時、何かの気配がして、思わず筋肉が硬直した。どこから現れたのか、さっきの男が自分の真上から顔を覗き込んでいる。息が止まりそうになりながら、朗は目をしばたいた。
「気が付いたか?」
彼の深い声が耳元で響いた気がした。
「ス・・・スドゥーク、上からどいて。起き上がれないでしょ?」
「良いではないか。俺は飛んでいるし、重くはないだろう?」
「そういう問題じゃないの!」
朗は腹筋に力を込め起き上がりながら、スドゥークの体を両手ではねのけた。彼はふわりと上へ飛び跳ねた後、ゆっくりと降りてきて朗の居るベッドの端に座った。
「せっかく面白いから見ておったのに。意外と照れ屋なんだな」
男のからかうような言葉を無視して、朗は尋ねた。
「貴方はエルドラドスの王様?」
スドゥークはつまらなそうに立ち上がった。
「王はずいぶん昔に亡くなった。俺は善導者だ」
「じゃあ、今はあなたがこの国のトップなんだね。私たちの事は暗地王から聞いているはず。どうして捕えようとしたの?」
スドゥークは又からかうような顔でニヤリと笑った。
「別に捕えるなとは言われてないぞ。導主からは“パルスパナスから救援を請う使者が来る”という託宣を受けただけだ。だとすればその使者をどう扱おうと我らの勝手と言う事になる。そうじゃないか?」
どうやらこの国の善導者はずいぶんとひねくれているようだ。助けを求めに来ると分かっていて、どうしてそんな扱いが出来るのだろう。
「私たちは本当に救援を求めに来ただけだよ。すぐに兵を引き揚げさせて。助けを求めている人に剣を向けるなんて、そんなのひどいよ」
「ならばおとなしく捕まっていれば良かったのだ。そうすればあんな爆発も起こらず、わが兵が傷つくこともなかった」
確かにスドゥークの言う通りかもしれない。だがあの時私たちを追い詰めた隊長からは、殺気が感じ取れた。あの場合はああするしかなかったと思う。でもそのせいでたくさんの人が傷ついたなんて・・・・。朗は何も言えずにうつむいた。
「そんな悲しそうな顔をするな。そなたの目に涙は似合わぬ」
朗は再び自分の隣に座ったスドゥークを見上げた。
「お願い。みんなを助けて。あの人たちはパルスパナスに必要な人達なんだ。でもそれ以上に・・・私にとって大切な人達なの」
必死に訴える瞳を見つめ、スドゥークは尋ねた。
「そなた、名は?」
「アキラ・・・」
「アキラ。そなた、俺の亜妃にならぬか?」
「はぁ?」
朗は思わずスドゥークから身を引いた。
「何言ってるの?私、男だよ」
「気にするな。俺には亜妃候補が13人いる。一人くらい毛色の違ったのが居ても誰も文句は言うまい」
ここにも感覚のおかしな人が居る。なんだよ。奥さん候補が13人とか、毛色が違うとか。人の事をペットみたいに思ってるんじゃないだろうな。なんだかだんだん腹が立ってきた。
「スドゥーク!大好きな人はね、たった一人でいいんだよ。たった一人の人を好きになって、たった一人の人に愛されたらそれでいいんだ。私だって・・・・」
なんだかまた泣きたくなってきた。どうしてこんなに感情が高ぶるんだろう。初めて会ったこの人に、どうして思いをぶつけたいと思うんだろう。
「私だって、前に居た世界ではちゃんと女の子で・・・大好きな人だって居たのに・・・。なのに、こっちの世界に来てみたら、男の子になってて・・・でも、どうすることも出来なくて・・・私・・・」
ポロポロとこぼれる涙を両手で受け止めながら、朗はやっと気が付いた。本当は辛かったのだ。たった一人で見知らぬ国へきて、やっと会えた柾人にもこんな男の姿で会わなければならない。もし柾人が男の私に愛想をつかしてしまったらどうしよう。水鏡に映る自分を見るたびにそう思った。本当は怖くて、辛くて・・・・。
涙をぬぐっている朗を笑ってみると、スドゥークは「やはりそうか」と言いつつ立ち上がった。
「この俺様が男に対してこんな気持ちになるのもおかしいし、そなたからする女のにおいのせいかと思ったが、もともと女だったのならうなずける。アキラよ。そんなに泣くことは無い。そなたを男にしたのは木霊王の力。だがここは暗地王のおわす地だ。俺の霊力の方がはるかに強いぞ」
朗はびっくりしたようにスドゥークを見上げた。
「それって、元に戻せるって事?」
「すべて元通りかどうかは分からんが、性別を変えるくらいなんでもない。なんと言っても俺様は、四世界最強の王聖子だからな」
少し半信半疑ではあったが、朗は嬉しそうに涙をふき取った。スドゥークはベッドの足元に回ると、両腕を大きく広げ、朗に笑いかけた。
「何?それ・・・」
「こうしておるのだから、胸に飛び込んで来いと言う事だ」
朗は疑り深い目で彼を見た。
「本当にそんな事で戻れるの?木霊王のかけた術だよ?」
「ばか者。俺様を信じろ。俺様は四世界最強の・・・・」
「分かった。行くよ」
朗はスドゥークの言葉を途中で遮ると、布団をめくりあげ走り出し、彼の広げた腕の中へ飛び込んだ。
― お願い・・・! ―
瞳を閉じ、心の中で強く願った。しばらくそのままでいると、本当に自分の体が変わったのが分かった。強く抱きしめられているので、なんだか胸が苦しいのだ。
「あ、あの、スドゥーク?」
「なんだ」
「もう元に戻っていると思うんだけど・・・・」
彼が何も答えないのでしばらくそのままでいたが、やっぱり変だ。
「絶対元に戻ってるよね!」
朗がもがいたので、スドゥークは両腕を広げて彼女を解放した。
「残念。もう少し感触を味わっていたかったのだが・・・」
朗はぞくっとして両腕で胸を隠した。
「バカ!大嫌い!」
そう言った後に、スドゥークを上目使いに見上げて微笑んだ。
「でも・・・ありがと」
それに応えるようにスドゥークも微笑んだ。
「礼はいらん。俺も自分好みの女に会えて嬉しいからな」
そのまま出て行こうとする彼を朗は呼び止めた。
「スドゥーク。みんなの事・・・」
「兵には捜索をやめるように行っておく。服を持って来させよう。しばらく待っていろ」
スドゥークが出て行ったあと、朗はほっとしてベッドの端に座ったが、ふとさっき彼が言った言葉を思い出した。そして自分の服を見てびっくりした。
す・・・透けてる?しかも胸が3サイズくらい大きくなってるんだけど・・・。
年中暖かい妖精の国の男達が着ている服は、かなり薄手なのをすっかり忘れていたのだ。大慌てで朗は再び布団の中にもぐりこんだ。
暗闇の中でしばらく身を潜めていた柾人とアデリアだったが、いつまで待っても朗やマクベス達が探しに来る気配が無く不安を募らせていた。
「もう我慢できない。こんな真っ暗な所でいつまでも待っていられないわ!」
アデリアは、光が漏れないように石の下に隠していた灯木を取り出すと立ち上がった。
「だ、だめですよ、アデリア様!」
柾人は慌ててアデリアの持った灯木を取り上げ、石の下に戻そうとしたが、アデリアは再び柾人の手からそれを取り返した。
「お黙り!光が無かったらみんなにだって私達の居場所が分からないじゃないの」
「その前に敵に見つかるかもしれないじゃないすか。もうしばらく様子を見ましょう」
柾人はアデリアから灯木を取り上げようとしたが、アデリアは渡さなかった。
「うるさいわね。この私に命令するの?300年早いわ!」
「命令じゃなくてお願いです」
アデリアと押し問答している最中、さっき自分達を捕えようとした一群が上空を飛んでいくのが目に入った。朗と戦っていた隊長の男を先頭に、腰に灯木をぶら下げた小部隊が闇を切るように飛んでいる。柾人は慌ててアデリアの手から灯木を奪い取り、石の下に隠した。鼻のいい魔族もずいぶん上空を飛んでいたので、柾人達のにおいには気づかず、そのまま行ってしまった。
彼らの腰につけた灯木の光が見えなくなると、柾人はホッとして灯木を取り出した。
「それじゃあ町へは俺一人で様子を見に行ってきますから、アデリア様はここに居てください」
「まあ、お前が?羽根もなくてどうやって行くの?」
アデリアはいかにも人間の柾人を馬鹿にするように言った。
「もちろん歩いて行くんです。俺が戻るまで絶対に動かないで下さいね」
柾人も朗の事が気になっていた。もしかしたら魔族に捕まってしまったかもしれない。アデリアの無事さえ確保していれば、自分だけ戻っても誰も怒らないだろう。そう思って歩いて行こうとした柾人をアデリアは追いかけた。いくら気丈なアデリアでも、こんな闇の中にたった一人で残されるのは耐えられなかったのだ。
「お待ち。もう幻術は解けてしまっているのよ。その姿で町へ行く気なの?」
「じゃあ幻術だけかけてもらえませんか。さっき気づいたんだけど、普通の魔族は戦いを仕掛けてきたオッサンほど鼻が利くわけじゃないみたいだから、何とか紛れ込むことはできると思うんです」
冴えないとばかり思っていた柾人の意外と機転のきいた意見に、アデリアは驚きながら柾人に幻術をかけた。とたんに柾人の背には大きな黒い羽根が現れ、日に焼けたように肌が黒くなった。
「それでどうするの?」
「アキラ達を探して連れてきます」
「もしアキラ達が捕まっていたら?」
「それは・・・・」
柾人はその可能性もあると考えた。そしたら朗達が捕まっている場所を探し出して何とか忍び込んで連れ出して・・・。自分一人でそんな大胆なことが出来るかどうかは分からないし、どんくさい俺はその前につかまる可能性が高い。でもその方が朗に早く会えるかもしれない。どうやって逃げ出すかは別として・・・。
考えがまとまらなかったので柾人は「その時考えます」と答えた。柾人の事をちょっとだけ見直したアデリアだったが、前言は撤回することにした。この男はその場の思い付きだけでものを言っているにすぎないのだ。アデリアは羽を広げて飛び立つと、再び歩き始めた柾人の前に立ちふさがるように降り立った。
「お待ちなさい。私も行くわ」
「だめです。アデリア様は大切な人だってアキラが言ってました。アキラの事が好きならここで待っていて下さい。何とかしてみんなで戻ってきますから」
「待って!」
急いで行こうとする柾人にアデリアはとうとう叫んだ。
「嫌なの!」
「へ?」
「こんな真っ暗なところに一人でいるのは嫌なの!」
やっとアデリアの気持ちに気づいた柾人は、彼女の前まで戻ってくるとにっこり笑って彼女の赤くなった顔を覗き込んだ。
「一緒に行きましょう。アデリア様」




