エルドラドスへ
魔族の国へ旅立つ日の前日、アデリアは朝から旅立つ3人、朗、マクベス、アルテウスを集めた。エルドラドスへの行き方や行った後の事を話し合うためだ。木霊王から“エルドラドスへの道は開かれた”との霊示があったので、エルドラドスへの扉を開くのは難しくは無いだろうとの事だが、開くのはアデリアにしか出来ないようだ。
「扉を開いた後はあなたたちの力で飛んでいくのですが・・・」
アデリアがマクベスとアルの顔を見つつ言った。
「知ってのとおり、エルドラドスは地下にある国です。地上と同じような光は無く、暗闇に閉ざされた国かもしれません。2人は決してアキラの手を放さないように」
マクベスとアルもアデリアの顔を見つめながらうなずいた。
「向こうに着いてからは水鏡で話が出来るかどうかもわかりません。すべての判断はあなた達に委ねますが、決して無茶はしないように。特にアキラは未来の王士になる方です。何があっても怪我などさせてはなりませんよ」
アデリアの言葉にムッとしたようにアルが答えた。
「王士になるかどうかは別として、アキラを危険な目に遭わせるような事は致しませんからご安心を、姫」
アルとアデリアの間に冷たく張りつめたような空気が流れたので、また喧嘩になるのではないかと朗はひやひやしたが、アデリアはアルの言った事を無視するように目をそらすと、朗のもとにやって来て彼女の手を握りしめた。
「アキラ、必ず無事に戻って来てね。私、アキラが戻るまで聖王殿にこもって祈りを捧げ続けるわ」
「う、うん。ありがとう、アデリア。無茶をしないように頑張るよ」
朗が答えたすぐ後だった。「待ってくれ」と言いつつ、柾人が扉を開けて入って来た。驚いたように見つめる朗の方を見ようとはせず、柾人はアデリアとマクベス達に向かって言った。
「俺も一緒に行く。いや、行かせて下さい。お願いします」
「柾人?」
びっくりして朗は声を上げた。そんな事、許されるはずない。いや、柾人を一緒に連れていくなんて絶対ダメだ。魔族の国がどんなところかも分からないのに・・・。
アルはむっとしたように椅子から立ち上がると、至極冷静に尋ねた。
「根拠は何ですか?」
「え?」
「君は剣も使えない。もちろん霊術も。ただの人間が命がけの旅に付いてきて、何が出来ると言うんです?足手まといになるだけです」
冷たい言葉だったが、覚悟もしていた言葉だった。本当に彼の言う通りなんだ。俺なんかが行っても何かが出来るなんて根拠は何もない。そんな事は分かってる。でも朗が危険な旅に出るのに、また俺だけ取り残されるなんて、もう嫌なんだ。
「もしアキラの身に危険がせまったら、俺が盾になってアキラを守ります」
「なに馬鹿な事を言って・・・!」
朗が柾人に詰め寄った時、彼らの後ろから大きな笑い声が聞こえた。マクベスは笑いながら立ち上がると、柾人のそばまでやって来た。
「いいぞ、マサト。それはいい。お前が盾になる。実にいいアイディアだ」
マクベスはまだ豪快に笑いながら柾人の肩を叩いた。
「何がいいアイディアだ!そんな事、許されるはずないだろ?マサトは連れて行かない。絶対にダメだ!」
マクベスは興奮している朗を落ち着かせるように今度は朗の肩を叩きながら言った。
「まあ落ち着け、アキラ。俺はお前ほどマサトの事を詳しくは知らんが、こいつはそんなに腑抜けた男ではないと思うぞ。それとも何か?アキラは17年間ともに生きてきた幼馴染が信じられんのか?自分より弱い、意気地なしだと思っているのか?」
「そんな風に思ったことは一度もないよ。でも・・・・!」
「なら同行を許してやれ。男の真を踏みにじるものではないぞ。マサトはきっと役に立つ。アルも異存はないな?」
アルテウスは少々気に入らないように、横を向きつつ答えた。
「別にかまいませんよ。ただしマサトに危険が迫っても私は絶対に助けませんから」
「ありがとう。アル、マクベス」
嬉しそうに礼を言う柾人を朗はただ不安そうに見つめた。そしてその後ろでもアデリアが冷たい目で柾人を見ていた。
次の日、しっかりと朝食をとった後、朗たちは皆で聖王殿に向かった。ここへ来たばかりの柾人もそうだが、朗にとっても聖王殿に来るのは初めてだった。
アデリアの居る聖華殿は王聖女の住まいらしく、たくさんの花々の木彫りが廊下やアーチの縁を飾っていたが、聖王殿には華美な飾りは無く、巨大な入口には周囲が7メートル、高さは見上げてもその先が見えないほど巨大な木の柱があり、そこをくぐると、うっそうとした森の中へと変化した。
幾重にも絡まり合った木の枝がトンネルのように続き、それを抜けると今度は丸い大きなドーム状の広間に出た。広間には窓もなく、壁につけられているたくさんの灯木が中を明るく照らし出している。
ここは本当に城の中なんだろうか。その大きさと不思議な雰囲気に、朗は戸惑ったように天井を見上げた。そのドームにはさらに奥へ続く暗い入口があったが、そこから先は善導者や王家の者のみしか入れないらしい。この先には木霊王の像とか祭壇とかがあるのかな・・・と柾人もぼうっと考えた。
緑の衣服に身を包んだアデリアはドームの中央に立つと、両腕を広げて天井を見上げた後、腕を胸の前でクロスさせ跪いた。マクベスとアルも合わせて膝をついたので、朗と柾人もその後ろで跪いた。
「木霊王よ。あなたの加護の元を離れる者達をどうぞお守りください。森に生きるすべての命を統べる王よ。我らの願いを聞き届けたまえ。我らに道を示したまえ。暗黒の地、エルドラドスへの道を開きたまえ」
それに呼応するように、一瞬周りを囲む灯木が強い光を発したように思った朗は、ハッとして顔を上げた。アデリアの前にバランスボールのような大きな丸い空気の塊がゆっくりと回転しながら浮いている。やがてそれが徐々に大きく広がっていき、2メートル四方の輪になった。輪の中は一点の光もない闇の中だ。その先がどうなっているのかさえ、全く分からなかった。
朗は立ち上がると、同じように立ち上がって自分をじっと見つめるアデリアに頷き、アルの手を取った。マクベスも柾人にニヤリと笑いかけると、彼の脇を抱えた。彼等はふわっと空に舞い上がると、一気に闇の中に飛び込んだ。
それから数分が過ぎたが、周りは何の変化もなかった。まるで体さえも消し去ってしまうような暗闇が続くだけだ。隣から荒々しい息遣いが聞こえてきて、朗はアルの体力が限界に来ているのではないかと感じた。
「アル、そろそろ休んだ方がいいんじゃない?」
アルテウスは苦しい息を吐きながら答えた。
「おかしいですね。アキラの国へ行った時でさえ、こんなに時間はかからなかったのに・・・。ここは今、上も下もない状態なんです。空間と空間のはざまを越えているのですから。もしかするとすでにエルドラドスに入っているかもしれませんが、とりあえずどこか光のある場所に出るまで、何とか飛び続けましょう。いくら地下の国といえど住んでいる者が居る以上、必ず光があるはずです。そこまで何とか頑張りましょう」
彼らの後ろを飛んでいるマクベスも同じ気持ちのようだ。彼らは無言で闇の中を飛び続けた。しかし体力に自信のあるマクベスの腕にも限界が来たようだ。自分の体を支えるマクベスの腕に力が入らなくなったのを感じて柾人が声をかけた。
「大丈夫?マクベス。俺がしっかりつかまっているから放してもいいよ」
「バカ言うな。こんな所で落ちたら生きては戻れんぞ」
マクベスの言葉に柾人はぞっとした。
早く、早く光のある場所に着いてくれ。柾人と朗はマクベスとアルテウスの為に祈った。
「アル、見て!」
疲労で意識がぼうっとしていたアルテウスは、朗の声に顔を上げた。遠くに光が見える。やがてそれは巨大な光の塊となって彼等の目に入ってきた。
「町だ。町自体が光っている!」
アルが感嘆の声を上げた。彼の言ったようにたくさん立ち並んでいる建物がすべて自ら光り輝き、闇の中で町が浮かんでいるようだ。
ほとんどが明るいオレンジ色の光だが、ところどころ赤や緑などの派手な色もあった。
「きっと全ての家が灯木で作られているんだろう。だがあんな鮮やかな色の灯木は我らの国にはないが・・・」
マクベスが朗達のすぐ側まで飛んで来て言った。とりあえず町に入る前に人気のない場所に降りる必要がある。魔族の国にも霊獣が居るかもしれないので、彼らは慎重に場所を選んで町の光がほんの少しだけ見える広場に降り立った。
朗を放すとアルは疲れ果てたように座り込んだ。それでも周りの様子に常に気を払っているところは武人らしい。マクベスも疲れた腕をもみほぐしながら周りを見回した。
「どうやらここには霊獣は居ないようだな」
アルも周りを見回して答えた。
「ええ。それにしてもここは少し寒いですね」
確かに妖精の国より温度が低いようだ。特に彼らは薄着なので寒さを敏感に感じ取った。朗も少し肌寒さを感じながら話そうとした時だ。急に空が明るくなったと思うと、上空から銀色の光の球が勢いよく落ちてきた。それは1メートル位のボール状の光のまま、驚いて見ている朗達の間に落ちてきて、やがてその光の球の上部が割れ、左右に広がった。
誰かが膝の中に顔を沈めたまま座っている。美しい金色の豊かな髪がその人の緑の衣服の上に流れ落ちていた。やがて彼女は玉虫色に輝く6枚の羽を大きく広げ、顔を上げた。
「あー、疲れちゃった。あんなに長い距離を飛んだことってなかったから、途中で霊術を使う事になっちゃったわ。まあ、こんな高等な術が使えるのは王族の私くらいだけど」
びっくりして声も出ない朗の代わりに、マクベスが叫んだ。
「姫?なぜ、どうしてここに居られるのですか。王宮で何かあったのですか?」
アデリアはいかにも狭い処に閉じ込められていたと言わんばかりに両腕を上げて伸びをすると立ち上がった。
「別に何もないわよ。急について行きたくなったから来ただけ」
「来ただけって・・・」
もう絶句するしかないマクベスに代わってアルが声を出した。
「姫、なんという事をなさったのです。善導者が勝手に城を離れるなど、あってはならぬ事ですよ」
アルの苦言にアデリアはふんと顔をそむけた。
「そんな事分かっているわよ。でももう来ちゃったものは仕方ないじゃない」
アデリアは全く反省していないようだ。アルはますますムッとした。
「仕方なくはありません。危険な旅だと分かっているでしょう。あなたの身に何かあったら我らのこの旅は何の意味も無くなる。パルスパナスが滅びるかもしれないのですよ!」
そこまで言われてもアデリアは面倒くさそうに髪をかき上げながら答えた。
「私の身を気にするならこっちの方がいいんじゃない?だって今城にはアキラもあなた達も居ないのよ。もしこの間みたいに天空族に攻められたら、誰が私を守るって言うの?だったら木霊王の選定者と一緒に居る方が安全でしょ?ね?アキラ」
朗の腕を握って嬉しそうに笑っているアデリアを見て、“全く、霊獣より厄介だ”とアルはむくれた顔で思った。
とりあえず町の様子を探ろうと言う事になり、アルが一人で行くと手を上げた。人数が少ない方が動きやすいからだ。
「町の様子を見れば、魔族がどんな民族なのか大体わかるでしょう。マクベスはここで皆の護衛を。姫、決して一人で動き回らないで下さいね」
無視されると分かっていてアルはアデリアに言った。
「待ってアル、私も行くよ。アル一人じゃ危険だもの」
朗の言葉に柾人が「じゃあ俺も・・・」と言いかけたが、アデリアに先を越された。
「アキラが行くのなら私も行くわ!」
「姫が行かれるなら俺も行かねばならんなぁ」
結局マクベスも魔族の国に興味があるようだ。アルは肩をすくめてため息をついた。




