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ツインブレイバー  作者: 月城 響
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押さえきれない思い

 朗が正体不明の男に襲われたと聞いたアルテウスは、すぐに朗の部屋へ駆けつけた。湯あみ場なら剣も持っていなかったはずだ。朗は無事なのだろうか。


 勢いよくドアを開け中に入ると、おびえたようにベッドの端に座る朗が目に入った。濡れた髪の下から覗く顔は青白く、不安でたまらないような瞳をしている。側に居るミディも、どう言葉をかけていいか分からないように立ちすくんでいた。


 どうしたんだ?この朗は。いつだって彼女はどんな敵にもひるむことなく向かって行ったはずだ。その彼女がこんなに怯えているなんて・・・。


「アキラ、大丈夫かい?」


 アルが近づいて来たので、ミディは頭を下げて部屋を出て行った。アルは朗の隣に座ると、彼女の肩に手をかけ、もう一度呼びかけた。朗はゆっくり顔を上げ、小さく唇を振るわせた。


「アル・・・アル、どうしよう。マサトが・・・この世界に来ちゃった」

「マサト?」


 どうしてあの男が?これでいつも冷静な朗がこんなにも取り乱している理由が分かった。朝、朗は柾人に会うのだけは絶対嫌だと言っていたのだ。そう、私も。こんなにも朗の心を乱れさせる男をここに居させたくはない。


「大丈夫ですよ、アキラ。彼はすぐに元の世界へ戻っていただきます」


 アルテウスの瞳が急に冷たくなったのを感じ、朗はふと不安になった。あの時柾人は女剣士たちに捕まったのだ。槍で押さえつけられて。もしかして今頃ひどい目に遭っているのでは・・・?


「アル、マサトにひどいことしないで。お願い」

「もちろんです。アキラの友人ですからね。彼には客用の部屋を用意しますから安心して下さい」






 5人の見るからにたくましい女たちに捕えられた柾人は、すぐに城の地下牢に閉じ込められた。このままでは尋問やひどい場合には拷問までされるのではないかと不安に思っているところに、案の定2人の兵がやってきて牢から出るように言われた。


 2人の兵はどちらも若い兵で柾人と同じ年くらいに見えた。もし尋問されるにしても、朗の事は少しでも早く知りたい。彼等なら同じ年頃のよしみで教えてくれるかもしれなかった。



「君たち、アキラって言う女の子の事を知らないか?1ヶ月くらい前から居ると思うんだけど・・・」


 朗の名前を聞いた時、ジョアンとデーシィは一瞬顔を見合わせた。だがアルテウスに柾人には何も言うなと言われていたので、ジョアンは「黙って歩け」とだけ答えた。


「頼むよ。知っていたら教えてくれ。俺、アキラを探しに来たんだ。彼女は1ヵ月前さらわれて、この国に居るはずなんだ。どうしても会いたいんだよ。頼む」


 ジョアンたちは朗が木霊王の選定者だという話は知っていたが、どういった経緯でここに来たかまでは知らなかった。1ヵ月前と言えば、確かにあのアキラがこの国にやってきた頃だ。だがこの男はアキラを女の子だと言った。あいつはどう見たって男だよな。


「ここには男のアキラは居るけど、女のアキラなんて居ない。さらわれてきた人間もな」



 やっぱりここに朗は居ないのだ。狐童子は蝶に付いて行ったら朗のもとに行けるって言ってたのに・・・。がっくりと肩を落として2人の兵の間に挟まれて歩き出した柾人は、はっと気が付いた。


 そうか。俺が心の中で朗の名前ばっかり唱えていたから、同じ名前の男の所に来ちまったんだ。どうしよう。もう蝶は消えてしまってるし・・・。



 てっきり怖い牢番に尋問を受けるものだと思っていた柾人は、案内された部屋を見て驚いた。太いツルを編上げて作られた大きなベッドやソファーセットのある広い部屋だ。兵が入って待つように言ってドアを閉めると、ドアの隙間からするすると草のツルが伸びてきてドアを覆い、出られないようになった。


「一体ここはどこなんだろう」


 最初に出会った男以外は皆、透けるような銀色の羽が生え、確かに朗をさらった奴らと同類だと分かる。会う事が出来たのはアキラと言う名の別人だったが、きっと朗はこの国のどこかに居るのだ。


 そうとわかればこんな所でぐずぐずしている暇はない。誰かが来る前にここから逃げ出すのだ。ドアがだめなら窓だと思って振り返ったが、窓にはすべて太いツルが絡まっていて、かろうじて外からの光がその隙間から入ってくる程度になっていた。


 何かないかと部屋を見回して椅子に目を付けた。椅子の背もたれをこのツルに叩き付ければ、何とか破ることが出来るかもしれない。


「朗、待ってろ。俺、絶対会いに行くからな」


 大ぶりの椅子を担ぎ上げると、柾人は窓に向かって一直線に走り出した。





 朗の部屋を出たアルテウスはすぐにマクベスの所へ行った。彼に柾人が来た事を伝えると、とても驚いて「どうしてあいつが来たんだ?」と聞いた。


「じゃあ、君が連れて来たんじゃないんだな」

「朝、アキラに泣かれたんだぞ。俺がそんな事をするわけないじゃないか」


 マクベスがこんな事で嘘を言うはずがない。ではあいつはどうやってこの国にやって来れたのだろう。


「とにかくあの男、すぐにでも送り返してやる」

「まあ、待て」


 ムッとしいるアルを制すると、マクベスはニヤリと笑った。


「あのマサトと言う男には、あちらの世界に居た時、我らの霊術が利かなかった。この国でもそうなのか試してからでも遅くはないだろう」

「随分と研究熱心だが、今回は駄目だ。あいつはすぐに送り返す」


 アルはいつもの彼らしくない強い口調だ。


「お前、マサトにアキラを取られるのが嫌なんだろう」


 アルはじろっとマクベスをにらんだ。


「取られる?この私があんな冴えない男に負けるとでも言うんですか?}


 どうやら今回のアルは本気のようだ。こいつはマジになると、俺にまで敬語を使いだすからな。


 アルが朗に月絡の契りを申し出た時は確かに驚いた。こいつが女に…しかも人間を相手にそこまで本気になるとは思ってもみなかったからだ。ここは親友として協力してやりたいのはやまやまだが、なぜ朗がそんな冴えない男が好きなのかも興味がある。


「まあ待てよ、アル。確かにお前があんなパッとしない男に負けるとは思わん。剣の腕だって男としての器量だってお前の方が断然上だろうしな。だからこの際あの男をこの国に居させて、お前との差をはっきりアキラに見せてやればいいじゃないか。その方がアキラも心置きなくこの国に留まる事が出来るだろう?」



 滅多に自分を褒めない親友に持ち上げられて、アルの機嫌もよくなったようだ。それに送り返すのはいつでもできる。


「いいだろう。では姫にあの男の滞在許可を取ってこよう。それと結婚の許可もいただかなくてはな。この際、姫にもはっきりと言っておくべきだ」


 アルは鼻息も荒々しく聖華殿に向かって行った。


「気の早い奴だな。まだ月絡の契りも交わしとらんのに」


 そうは思いつつも、これから面白くなりそうな予感にマクベスはほくそ笑んだ。



 



 遅い昼食もろくに食べることが出来ず、朗はずっと部屋の中で柾人の事を考えていた。木霊王の力は高吏の力をはるかに超えている。もちろん人間の世界でいう神のような存在だから当然なのだが、木霊王が朗の事を忘れるように元の世界に術をかけたのなら、間違いなく皆忘れているはずだ。なのになぜ柾人だけは覚えていたのだろう。


 そして普通の人間の彼がどうやってこの国にたどり着くことが出来たんだろう。いくら考えてもそれは柾人に直接聞くしか分からない事だった。


 だがこの姿で柾人に会うなんてできない。もし私だって分かってしまったら、きっと彼は気味が悪いと思うだろう。



 ふと外を見ると辺りはもう薄暗くなっている。ゆっくと灯り始めた灯木を見ながら、朗は小さくため息をついた。


 自分でも分かっているのだ。そうやって会う事を否定しているのに、本当は柾人に会いたくて仕方が無いのだ。懐かしいあの声を聴いた時、元の世界への思いがあふれ出しそうになった。


 パパとママはどうしてる?善朗は?美嘉や学校の友達、みんな元気にしている?そして柾人も・・・元気だった?


 彼と話せたら聞きたい事がいっぱいある。何よりも彼が自分の事を覚えていて、多分すごく苦労をしてここに来てくれた事がうれしかった。やっぱり柾人に会いたい・・・・!


「そうだよ。私だってバレなきゃいいんだ」


 朗はすくっと立ち上がると、隣の部屋に控えているミディを呼んだ。




 大きな椅子の背もたれがぼろぼろになる頃、やっと窓を覆っていた木のツルが破れ、柾人はしびれた手から椅子を放した。これで何とか外に出ることが出来る。そう思って破れたツルの間から覗くと、下まで20メートル位の高さがあった。


 地面まで降りるのは不可能だ。何か方法は無いかと考えながら部屋を見回すと、ふとベッドの固いシーツが目に入った。もう一度窓から下を見ると、2メートルほど下に窓がある。


「確か映画でこういうシーンがあったよな。シーツの端を机の脚に結んで下の窓まで降りる。そこから中へ入って脱出するんだ」


 映画のようにうまく行くかどうかは分からないが、それしか方法が思いつかなかった。ただこの国のシーツは麻のように何かの草を編んだもののようだ。体重を支えてくれるかどうかは運を天に任せるしかなかった。柾人は重い木のテーブルを窓際まで引きずってくると、その足にベッドからはぎとったシーツの端を結んだ。


 窓際に立って何回か引っ張ってみたが大丈夫そうだ。柾人は窓によじ登りシーツを片手に一回巻き付けた。


「よし。行くぞ、柾人」





 

 学校の連絡メール並みに確実な召使い網で、柾人の閉じ込められている部屋の場所を聞き出すと、朗は走り出した。長いらせん階段を上りたどり着いた部屋のドアには、まるで入るのを拒むように太いツルが絡みついていた。


「開けて、お願い」


 するするとツタが縮まっていくのを見ながら、はやる心を押さえた。そっとドアを開け中を覗きこんだ朗は、今まさに窓から出ようとしている柾人と目が合った。


 マズイ。見つかった・・・!


 慌てて降りようとした柾人は足を滑らせ、その瞬間手に巻き付けていたシーツも解けてしまった。


「柾人!」


 まっさかさまに落ちていく柾人を追って、朗も窓を飛び出した。









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