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ツインブレイバー  作者: 月城 響
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蝶に導かれて

 自室のドアを思い切り開けると、ミディが立っていて朗に声をかけようとしたが、それも聞こえないように走ってベッドに倒れこんだ。枕に顔を沈めて心を落ち着かせようとしたが、腹立たちさは収まらなかった。

 

 なんだよ、みんな。勝手に連れてきて、今度は結婚しろだのなんだのって・・・。


 そのままじっとうつぶせになっていると、ミディがおずおずと声をかけてきた。


「あの、アキラ様。大丈夫ですか?ご気分でも・・・」

 ミディに心配をかけてはいけない。朗はやっと声を出した。


「ううん、大丈夫」


 首だけ横を向けて答えた時、彼女が着替えと緑のスカーフを持っている事に気が付いた。


「何?アデリアが呼んでるの?」

「はい。朝の聖拝で木霊王とお話をされたようです」


 朗達は二日後、魔族の国エルドラドスに向かって旅立つ。エルドラドスは地上に居る妖精にとってまったく未知の国なので、木霊王に出来る限りの事を聞いてみると昨日の食事のときアデリアが言っていた。きっとその事だろう。


 今アデリアに会うのは気が重かったが、昨日の夜私は女だからアデリアとは結婚できないとさんざん説明したし、アデリアも雰囲気のいいバルコニーに居たからちょっと気が動転していただけかもしれない。うん、きっとそうだ。


 服を着替えてスカーフを肩に巻き、体に合わない大きな剣を腰につけると、いつものようにミディはうっとりした瞳をした。


「素敵ですわ、アキラ様。姫様がアキラ様を王士にとお望みになられたお気持ち、分かります」

「え?」


 どうしてミディがその話を知っているのだろう。昨日の夜の事は、さっきアルとマクベスに話したばかりなのに。


「どうしてその事・・・」

「それは姫様が昨日の夜、姫様付きの侍女にお話になったからですわ。姫様がお元気がなかったので侍女が尋ねますとアキラ様に好きって言ったけど、迷惑そうな顔をされた。きっと嫌われてるんだわとおっしゃってお泣きになられたので、侍女がそんな事はない、きっと照れておられるのですよとお慰めしたそうです。それを他の召使いに話して、あっと言う間に噂は城中に。こういった話で私たち召使いの知らない話はございません」


 なんて恐ろしいんだ。召使い網。学校の連絡メール並みに確実だ。朗はふらふらとした足取りでアデリアの居るせい殿(でん)に向かった。







 善導者は木霊王の声を唯一聞くことのできる、導主に最も近い存在である。だからどの国でも一番大切にされその警備も厳重で、城では一番頂上の木霊王を祀る聖王殿からほど近い一画に住んでいた。


 聖華殿の入口で2人の衛兵に剣を預けると、もう一つの扉まで20メートルほどの廊下を歩くことになる。その先にある分厚い木の扉を叩き、ドアを開けた。とたんに羽を広げて飛んできた美しい妖精が、朗の首に抱き付いた。


「おはよう、私の王士。昨日はよく眠れた?」


 ダメだ。もう固まるしかない。朗は立ちすくんだまま、何とか気持ちを落ち着かせた。


「アデリア。昨日も言ったけど、私は・・・」

「そうそう、アキラ。木霊王がやっと願いを聞き届けて下さったわ」




 アデリアは朗達がデルパシアに行っている間に、何とか魔族の導主、暗地王に彼等がエルドラドスに入る許可をいただけるよう願っていた。こうした願いがある時、善導者は聖王殿にこもり供物を捧げ、長い祈りの儀式を行う。それは朗達が戻ってくる日の朝まで続いていた。


「今朝、木霊王からエルドラドスへの道は開かれたと霊示れいじを受けました。きっと暗地王がお認め下さったのです。これで朗達は安全にエルドラドスに行けるわ。暗地王から向こうの善導者に話をしてくださっているはずだから」


 これで人族の国に行った時よりは、ずっと安全に早く魔族の王や善導者に会う事が出来るはずだ。


「もしアキラが魔族の協力を得て帰ってくれば、アザールもオクトラスももう何も言えなくなるわ。あの2人ったら人間を王士に迎えるなんてどうのこうのって朝からうるさく言ってくるんだもの。誰が聞いてやるものですか」


「でも、2人ともこの間は頭を下げてくれたし・・・」


「あの2人がいきなりそんな殊勝になるわけないでしょ?魔族を説得できるわけないって思っているのよ。ねぇアキラ、頑張ってね。もし魔族に協力してもらえることになれば、きっとアキラを王士に迎えることに誰も文句など言えなくなるわ。あっ、でも無理はしないでね。私の為にアキラが傷つくなんて嫌だもの」


「はぁ・・・」


 アデリアの勢いに、もはや言葉を失った朗だった。




 朗がアデリアのもとへ出かけて行ったあと、ミディは朗がいつ帰ってきてもいいようにお茶の用意をした。朗の好きな紅茶はこの世界にはないが、ハーブのような薬草を乾燥させたお茶があり、朗はそれも気に入っていた。もし昼食もアデリアと一緒に取るようなら、それ用の衣服やスカーフも用意しなければならない。


 いそいそと働いていると、疲れ切ったような顔をした朗が戻ってきた。


「お帰りなさいませ、アキラ様。いかがでしたか?」

「いかがもなにも・・・・」


 アデリアはすっかり朗と結婚するつもりで、結婚式の話にまでなってしまった。妖精の結婚式はアルが言っていたように月絡と言って、満月の下で行われる。その月絡の約束を交わすのが、月絡の契りだった。その約束をしてほしいと言われ、朗がそれだけは出来ないと断ると、アデリアは「やっぱりアキラは私の事が嫌いなのね」と言って泣き出し、何とか慰めて泣き止んでもらうのに1時間もかかってしまったのだ。


 朗が疲れ切ったような顔をしているのでミディは、お茶でも入れて気分を治してもらおうと思ったが、ふといい事を思いついた。


「アキラ様。沐浴をなされてはいかがですか?旅から戻られてもずっとお忙しかったですし、今日は会議もありませんからゆっくりと入れますよ」


「お風呂?昼間でも湧いているの?」

「王聖女の湯あみ場はいつでもお湯が沸いております。少し待っていて下さいね。すぐ姫様付きの侍女に、姫様がお入りになられるかどうかを聞いてまいりますから」


 少しでも朗に元気になってもらおうと、ミディは急いで王聖女の侍女が控える部屋に向かった。





 アデリアは夜まで湯あみ場を使わないようなので、2人はすぐに準備をして湯あみ場へ向かった。湯あみ場には専用の守り番が5人いる。もちろん女性ばかりの剣士で5人ともミディのような普通の侍女と違い、武人らしく大柄なたくましい女性達だ。


 そのうちの1人に剣を預け、脱衣場に向かう。本来なら着替えを手伝うのだが、朗が恥ずかしがるので、ミディは朗の上着だけを脱がし、そのあとは外で待つことにしていた。


 木々の間から降り注ぐシャワーを浴び、いつものように一番気に入っている薬湯に浸かった。青緑色に透き通る湯は、確かに疲れを癒してくれる。


「はぁぁ、きっもちいいー」


 天井に向かって腕を振り上げ、大きく伸びをした時だった。その高い天井から何か大きなかたまりが落ちてきた。天井には穴など何もないが、確かにそれは上から落下してきたのだ。そしてその何かは、朗の入っている薬湯の中にバチャーンと激しい音と水しぶきを立てて落ちた。


 びっくりして見ていると、今度はそれが中から頭をもたげて浮かび上がってきた。


「あーっ、びっくりしたぁ。いきなり落ちるんだもんなぁ。あれ?蝶々はどこに行ったんだろ」


 そのあまりにも懐かしい声が、柾人のそれと知るのに時間はかからなかった。


「あっ、ごめん。なんか邪魔しちゃったみたいで・・・えーと、俺・・・」


 柾人が自分の方に湯をかき分けて近づいてくるのを見て、朗は思わず胸を押さえ「キャァァァッ」と叫んだ。


「え?あの・・・」


 男同士でそんなに驚くこともないだろうと柾人は思ったが、確かにいきなり入浴中に現れたのは無礼だったのですぐに立ち止まった。なんでこんなところに来ることになったんだろう。ずっと朗の事を思っていたのに・・・。


「あの、俺、風見 柾人って言います。朗っていう女の子を探してて・・・」

「寄るな!!」


 朗は湯の中に体を沈めたまま柾人に背を向け、なるべく顔も見られないように叫んだ。男になったせいで以前と顔立ちは少し変わっているが、柾人なら見破るかもしれない。


「朗を知りませんか?多分ここに居ると思うんです」


 話を聞いていると、柾人は自分の意志でここに来たようだ。だがどうやって?それにどうして彼は私の事を忘れていないのだろう。色々な疑問も浮かんだが、とにかく彼に自分の正体を知られるわけにはいかなかった。


「あの、朗を・・・」

「ここには朗なんて居ない!」


 遠慮がちに話す柾人に、朗は切り捨てるように叫んだ。


「居ない?でも・・・」



 柾人が次の言葉を言おうとした時、朗の叫び声を聞いた5人の守り番とミディが、慌てて湯あみ場の入口から入ってきた。ずぶ濡れの妙ないでたちの男が朗を襲おうとしている。そう見たミディは真っ青になった。


「きゃあっ、アキラ様!」


 すぐに5人の守り番が剣や槍を構えて浴槽の周りを取り囲んだ。


「え?アキラ?」


 ミディの声に驚いたように、柾人は目の前に居る赤毛の少年を見た。


「おのれ。王聖女の湯あみ場に押し入るとは不埒な奴め。ひっとらえろ!」


 わっとばかりに5人の女剣士が柾人に襲い掛かり、2本の長い槍で彼を押さえ、後の3人は剣を突き付けた。それを見たミディは素早く湯上り用の着衣を持って浴槽の中へ飛び込み、朗をそれで包んで湯の中から助け出した。


「ちょっと待って!君、アキラって言うのか?」


 柾人の声も聞こえないように朗はミディに支えられ、逃げるように湯あみ場を出て行った。








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