妖精のプロポーズ
男性から求婚された事もなかった朗にとって、女の子からのプロポーズにはただ面食らうだけだった。とりあえず分かっているとは思ったが、自分が中身は女であることを説明したのだが、アデリアはあっけらかんと答えた。
「そんなの構わないわ。体が男なら子供を作るのに支障はないもの」
その言葉を思い出すたびに、がっくりと力が抜ける。いつかは幸せな結婚をしたいと思っていたが、どうして花嫁ではなく、お婿さんにならなければならないのか。
とにかくアデリアに結婚の話をするのは失敗したわけなので、次の日マクベスとアルテウスに事情を話すと、マクベスはいきなり大笑いを始めた。
「それはいい。それはいいぞ、アキラ。そうか。その手があったのだな」
「その手も何も、私はアデリアと結婚なんかしないぞ!」
憤慨したように言う朗を彼は不思議そうに見た。
「どうしてだ?姫の事が嫌いなのか?」
「嫌いじゃないよ。もちろんアデリアはかわいいけど・・・」
真っ赤になってうつむいた朗を見て、マクベスはこれはまんざらではないなと思った。
「考えてみれば、ここに居る限りアキラには永遠の命がある。なんといっても木霊王が選ばれた選定者だからな。これほど姫にふさわしい相手はおらぬ。なぁ、アル」
アルは少し考えるように間をおいてから話し出した。
「そうですね。なんといっても姫がアキラの事を気に入っている。これからはアキラの言う事ならば聞き入れて下さるでしょう」
何となく自分の味方をしてくれると期待していたアルまでがそんな事を言うので、朗はカチンときた。
「なに勝手な事を言ってるんだよ。どうせ2人とも面倒なお姫様の世話を全部私に押し付けて、自分たちは楽しようなんて思ってるんだろ!」
心の中の魂胆を見透かされ、マクベスはうろたえたように答えた。
「そんな・・・ことは無いぞ、アキラ。我々は姫の為、ひいては妖精国の未来を思って言っておるのだ。アキラとて姫の将来が心配じゃないのか?」
「それは・・・心配だけど。でも私は人間だし・・・」
「そんな事は木霊王が何とかして下さる。なに、羽の4枚や6枚、導主なら軽いものだ」
何を言っても取り合ってくれないマクベスに朗はため息をついた。こうなったら仕方がない。デルパシアのラスゴラスに諦めてもらった手を使うしかない。本人に言う前にあっちこっちの人に言うのもなんだが、ここは別世界だし、うわさが広がっても彼に知られることは無いはずだ。
「そんなのムリだよ。私には元の世界に好きな人が居るんだ」
「好きな人?」
本気で朗をアデリアの王士にしようと考えていたマクベスは、さっと顔色を変えた。
「それはどんな女だ?}
「女じゃないよ。男!私は女なんだから相手は男に決まってるだろ」
「男・・・?」
マクベスは朗が居た人間の世界に思考を戻した。そういえば我らの術がまったく効かない男が居た。いつも影のように寄り添い、ここに朗を連れてくる瞬間まで邪魔だった男。あいつか・・・。
「その男とは月絡の契りを交わしておるのか?」
「月絡?」
「結婚の約束をしているという意味です。わが国では月の下で永遠の誓いを交わすので、そう呼ばれています」
アルが口をはさんだ。
「結婚なんて、まだ付き合ってもいないよ。第一・・・告白もしてないし・・・」
赤くなった朗を下目使いに見て、マクベスは太い腕を組んだ。
「いいだろう。その男、連れてきてやる。ここではっきりさせるといい。だがもしその男との婚姻が決まらねば、姫の王士になると誓え」
朗は驚きのあまり声も出なかった。ここに柾人が来る。そんな恐ろしい事、考えたくもなかった。
「マクベス、無理強いはやめなさい」
アルが諭したが、マクベスは聞く耳を持たないように横を向いた。
「無理強いじゃない。月絡の契りも交わしとらん男女の間柄など何の意味もないわ。その男に朗と本当に月絡の契りを交わすだけの覚悟があるかどうか、見てやろうと言っておるのだ」
柾人に結婚の意志なんてあるはずがない。私たちはまだ高校生なんだから。それより以前にこんな男の姿を柾人に見られるのだけは死んでも嫌だった。
以前の自分とは似ても似つかない姿。これを見たらいくら柾人でもきっと拒絶されるだろう。彼に眉をひそめて気味が悪いなんて言われたら・・・。
それを考えただけで、胸の奥が締め付けられて涙があふれ出してきた。ここに来て初めて流す涙だった。
「何の意味もない・・・なんて、そんな事絶対にない。ずっとずっと一緒に生きてきた私たちの17年間はそんな軽いものじゃないよ。柾人をこの国に連れてくるなんて、絶対嫌だ。そんな事したら、いくらマクベスでも許さない。絶対に許さないから!!」
あふれる涙と共に憎しみの目を向けられて、マクベスは一瞬たじろいだ。
「いや、アキラ、あのな、そんなつもりは・・・」
オロオロしているマクベスにため息をつくと、アルは唇をかみしめて立ちすくんでいる朗の頭をそっと抱きしめた。
「すみません、アキラ。マクベスはこんな愚かな冗談を本気でいう馬鹿な男なんです。マサトをこの国に連れてくるような事は絶対させませんから、安心して下さい」
なんだよ。お前ばっかいつもおいしい処をさらいやがって・・・。
マクベスは胸の中でぼやいたが、朗を泣かせた負い目があるので何も言えなかった。
「だけどほんとにアキラはかわいいなぁ。本気で私の妻にしたくなりました」
アルの言葉にびっくりして朗は彼の腕から離れた。
「な、何言ってるの?アル」
「その言葉通りです。実は以前アキラを迎えに行った時から私の理想の女性だと思っていたのです。でもアキラはこちらに来た時男の姿でしたし、色々あってそんな気持ちも忘れていたのですが、この間デルパシアに行った時はっきりと思い出しました。どうです?アキラ。姫と結婚するのが嫌なら、私と結婚して下さい。私との婚儀が決まれば、きっと木霊王も元の姿に戻して下さるでしょう」
もう、どうかしてる。妖精って人の気持ちは無視なわけ?朗は怒るよりあきれてしまった。
「あのね、今も言っただろ。私には・・・・」
「マサトはマサト、私は私です。アキラ、私は真剣にあなたが好きです。結婚の事、本気で考えていただけませんか?」
そんな事、こんな所で急に言われても・・・。朗に助けを求めるように見られ、マクベスはさっきの失敗を取り返すチャンスだと思った。
「お前と言う奴は。いくらなんでも軟派過ぎるぞ」
「軟派で結婚は出来ませんよ。それに私が月絡の契りを申し出たのは、アキラが初めてです。これでも私が本気じゃないとでも言うんですか?」
「う・・・。しかし、姫はどうするんだ。お前は姫の臣下なのだぞ」
「姫にはもう少し待っていただきます。先に私と結婚して、私が年老いて死んでから姫と結婚すればいい。アキラには永遠の命がある。十分可能でしょう」
「ふむ。それはいい考えだが、お前が死ぬのはまだ何百年も先だぞ」
「仕方ないです。姫はもう十分長生きなんだから、あと3、400年くらい平気でしょう」
2人の話を聞いていて朗は「冗談じゃない!」と叫びそうになった。いくらなんでもそんなに男になったり女になったり出来るもんか。みんな人の気も知らないで勝手なことばかり言って・・・。
「もういい!マクベスもアルもバカ・・・!」
妖精たちが驚いた顔で見つめる中、朗は部屋に向かって一目散に走って行った。




