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ツインブレイバー  作者: 月城 響
14/71

天空族の男

 会議の後、朗は食事と休憩を勧められたが、どうしても一つだけやりたいことがあった。そこで帰ろうとしているメディウスを呼び止めた。



「牢に案内せよとおっしゃるのですか?」

 メディウスが不思議そうに尋ねた。


「うん。今日捕えた天空族に、1人だけ高吏が居たよね。会わせて欲しいんだ」


 天空族に会ってどうするつもりだろうと思ったが、それは連れていけば分かることだ。それにメディウスは朗の人間性を買っていた。きっと彼(メディウスは朗を男だと思っていた)なりの考えがあるのだろう。


 牢獄は城の地下にあるので、メディウスは灯木(とうぼく)を持ちながら朗を案内した。


「気を付けて下さい。滑りますから」


 今まではめったに牢など使われなかったのだろう。石の階段にはあちこちに緑の苔が付いていた。牢の入口には分厚い木の扉があり、一人の衛兵が番をしていた。その者に扉を開けさせ中へ入ると、右側につる草に覆われた牢が見えた。


 数人ずつ入れられている天空族たちは、皆疲れたように羽を折りたたみ、床に座ったり寝転んだりしている。朗はそんな姿を見ながらゆっくりと奥へ進んだ。一番奥にある牢には、更に強い霊術がかけてあるようだ。大きな赤い花が牢の中に居る男を監視するように花びらを広げて中を見つめていた。


 つる草の壁にもたれて座っていた男は、朗が牢の前に立つと顔を上げた。


 今まで戦うのに必死で彼らの姿をよく見た事はなかったが、天空族は皆、日に透けるような白金の髪とこの世界の空と同じ薄水色の瞳をしていた。妖精の男は腕も足も太くがっしりとした体形が多いのに対し、彼らは細身で長身だ。顔もどちらかというと面長で人間とは全く違った雰囲気をまとっていた。浮世離れしたという表現がいいかもしれないと朗は思った。


「あの時の妖精、いや化け物か・・・?」

 男は皮肉を込めて言った。


「私はモロブシ・アキラ。あなたは?」

 男は朗を無視するように顔をそむけた。


「名前くらい教えてくれてもいいでしょ?でないと話もできない」

「話す事などない」

「そうかな?言いたい事があるんじゃないの?だから掟を破ってまで妖精国に攻め入って彼らを殺したんでしょ?」


 男は急に羽を広げると一気に朗の目の前までやってきて、蔦の向こうから顔を近づけた。その瞳は赤く染まり、憎しみに満ちていた。


「ようく覚えておくがいい。妖精は皆死ぬ。お前らが全滅するまで我らは攻撃をやめない」


 彼はゆっくりと後ろに下がりながら唇をゆがめ笑った。


「見ているがいい。お前たちの目の前で善導者を血祭りにあげてやる。導主の恵みは絶え、パルスパナスは崩壊する。お前らの腐った血の一滴までも、この地上から消し去ってやるのだ!」


 男は大声で笑いながら、牢の隅へ行くと、大きな羽で体を包み込み姿を隠してしまった。


 朗はメディウスと顔を見合わせた後、男の牢を離れた。囚われている他の天空族たちも高吏の言葉に勢い付いたのか、同じように妖精への呪いの言葉を去っていく朗たちに浴びせ掛けた。


 さっきの恐ろしい表情は彼らの心の顔なのだろう。なぜそれほどまで妖精に憎しみを抱くのだろうか。メディウスに尋ねてみたが、彼にも思い当たる節は無いとの事だった。


 なぜ妖精を襲うのか聞いてみたかったのに、余計疑問が増えた気がした。その夜の食事は疲れもあってか、あまりおいしく感じられなかった。





 次の日朗がベッドから出たのは、もう昼を回った頃だった。実は何度か目が覚めたのだが、昨日見た天空族の恐ろしい顔が何度も目の前に浮かび上がってきて、起き上がる気力がわいてこなかったのだ。


「さすがにもう起きなきゃ」


 朝食を抜かしていたので、ふと空腹を覚えた。朗の様子を心配していた召使いが、彼女が起きた事に気づいて部屋に入ってきた。彼女はミディと言って、ここに来てからずっと朗の世話をしている。実は初めてこの城に来た日、廊下で朗に会い、シーツを投げ出して逃げた後ゴランに「赤毛の化け物が居る」と報告した召使いだった。最初はこわごわ朗の世話をしていた彼女も、今ではすっかり朗と仲良しだ。


 ミディは着替えを持ってベッドの端に座っている朗に近づいて来た。


「大丈夫ですか?アキラ様。きっと旅の疲れが出たのですね。お食事はどうされますか?」

「うん。食べる」

「ではこちらに運びますね」


 軽い昼食を食べて部屋でボーっとしていると、訓練用の木刀を担いでマクベスがやってきた。


「元気がないんだって?アキラ」


 そんな事は無いと答えたが、マクベスは「元気がない時は剣を振ればすっきりするぞ。下級兵に剣の使い方を教えるからお前も来い」と言って強引に連れ出された。





 中庭では兵たちが一生懸命、木製の剣や槍でけいこをしていた。いつ天空族が攻め入ってくるかわからないので、一日も早く上達しなければならないのだ。


 ここに居るのは皆、そんなに長い距離を飛行できないカクトの地上部隊で、やはりまだ若い兵が多いようだ。背中の2枚の羽は高吏達よりずっと薄く小さかった。


 若い兵の中を剣の使い方を教えながら歩いているマクベスを見ていると、なんだか朗もじっとして居られなくなった。


「誰か、私と試合したい人は居ない?見ているより実戦をやった方が訓練になるよ!」


 立ち上がった朗を驚いたように見ていた兵たちは、やがて周りの者とヒソヒソ話し始めた。マクベスは大きな鬼教官だが、自分たちと変わらない小柄な朗なら勝てると思ったのだろう。腕に自信のある若者達が一斉に手を上げた。



 その中で一番負けん気の強そうな若者を朗が指名すると、彼は意気揚々と仲間の間から出てきた。


「行けーっ!ジョアン!」

「一発で決めろよ!」


 仲間の声援の中、ジョアンは朗に向かい合って木刀を構えた。朗は左手に持っていた竹刀を右手で引き抜くと、体の正面にまっすぐ構えた。


― 初心者丸出しの構え方じゃないか。これなら楽勝だぜ ―


 ジョアンは心の中でニヤリと笑いながら朗を見た。


「始め!」


 マクベスの声がかかるのと同時に、ジョアンは朗の真正面から切り込んだ。


「であああっ!」


 叫びながら走りこんだ拍子に右手の甲に鋭い痛みを感じ、思わず木刀を手放した。音を立てて落ちた木刀を見た後、ジョアンは涼しげな顔で立つ朗を見た。


― なんだ?木刀の動きがまったく見えなかった・・・ ―


 差し出された手を握り返すと、朗はにっこり微笑んで「ありがとう」と言った。


「さあ、次は誰?」


 振り返った朗に対して手を上げるものは誰も居なかった。ジョアンは格下の彼らの中でも剣が強くリーダー格だ。その彼が一太刀も剣を合わせることなく負けたのだ。静まり返った兵達を朗はつまらなそうに見回した。


「君!そこの前から3番目の。さっきジョアンの横から手を上げてたよね」


 指差されたデージィは顔をひきつらせて周りの仲間を見回したが、みな自然に目をそらした。


― なんで俺なんだよぉ・・・ ―


 仕方なく彼は練習用の槍を持って前に出てきた。羽もないただの人間がこんなに強いと思わなかったと彼は思ったが、木霊王の選定者なのだから当然だろう。導主が天空族と戦う為に選んだものが、そんな愚鈍なわけはなかった。だが剣は強くてもこちらは槍だ。隙をついたら長さが長い分だけこちらに勝機があるはずだ。デージィはそう考えつつ朗の前に立ち、相手の様子を見つめた。



 だが「始め!」の合図がかかっても、デージィは動けなかった。隙をついたら・・・の隙がないのだ。どこからどう攻め込んでもさっきのジョアンと同じ、痛い目に遭うのが見えるような気がした。体は何度も攻め込もうとするのだが、攻めあぐねているデージィに仲間が野次を飛ばし始めた。


「何やってんだ、デージィ!」

「相手は人間だぞ!びびってんじゃねーよ!」


― くそっ・・・ ―


 仕方なく突っ込んだ一手はあえなく返された。もう一度突く。朗の姿が一瞬消えたように思ったその瞬間、槍は竹刀にからめ取られそのまま空を舞っていた。


 槍が兵達の上空に上がり、下に居たものが慌ててよけた所に音を立てて落ちた。それをぼうっと見ていたデージィは、目の前に木刀を差し出している朗に目を戻した。


「ただ闇くもに突っ込んでも勝てないよ。もう一度、今度はこの木刀でやってみよう」


― まだやるの? ―


 デージィはひきつった顔のまま、仕方なく木刀を受け取った。





 薄暗くなるまで若い兵達と訓練にいそしんだ朗は、マクベスの言った通りすっかり元気になっていた。もともと考え込むのはあまり得意ではないのだ。あの後朗は面倒なので一気に5人ずつを相手に戦い、ほとんどの兵卒と剣を合わせた。そろそろ朗が疲れてきただろうと思った頃に、ジョアンと彼の仲間が再試合を申し込んだが、それも一瞬で返り討ちに遭った。


 おまけに朗は彼らに見込があると思ったのか、その5人に足運びから剣の構え方から徹底的に教え込んだ。おかげで兵舎に戻った時は5人とも足腰が立たないほど疲れ切っていた。


「くそぉ。あの赤毛の人間め。いつか絶対オレ様の剣で叩きのめしてやるからな」


 恨めしそうにつぶやいたジョアンは、そのまま自分のベッドに倒れこんだ。





 城の廊下を竹刀を担いで歩いていると、ミディが肩にかける長いスカーフと着替えを持って歩いて来た。この城では何かとスカーフが活躍している。赤と金のスカーフは善導者が王位を継いだり、結婚したりする時に臣下がつける。青のスカーフはこの間のようにアデリアや大臣を交えて会議をする時に。緑のスカーフは木霊王からの訓戒を善導者が伝える時に。そして紫のスカーフは王族との食事の時に用いられていた。


スカーフは縦1メートル横2メートルほどもある大判で、蔦や太陽をかたどった模様が全体にちりばめられている。


 スカーフを左肩にかけ、前の上部の端に着いたひもを右肩から後ろに回し、後ろにあるひもに結び付けると小さなマントのようになる。これをいかに格好良くつけられるかが、妖精の男達のステイタスのようだ。



 ミディが持っているのは紫のスカーフだった。久しぶりに朗が帰ってきたので、アデリアが一緒に食事をと誘ってくれたようだ。汗を流すために先に入浴を勧められ、朗はミディと共に湯あみ場へ向かった。


 そこは王聖女専用の湯あみ場だが、体が男でも中身は女性の朗なら使ってもいいと許可してくれていた。さすが王聖女専用だけあって、中にはハーブの香りがする薬湯や沐浴する為の風呂、少しぬる目の湯が流れるだけの風呂など5つの大きな浴槽がある。


 たくさんの木々や花々が周りを彩り、半円状に開いた大きな窓から外の雄大な自然を眺める事が出来るし、柔らかな優しい香りがいつも漂っていて、朗はここがとても気に入っていた。普通の妖精たちは川や沼で水浴びをするだけだとミディから聞いていたので、ここに入れるのは本当に特権だった。


 良い香りのする湯船に浸かっていると、自分が男になってしまったことも忘れられる。ただし、自分の体を見なければだが・・・。




 王聖女を待たせてはいけないので、いつもより早く風呂から出ると、ミディの用意した服を着て、長い紫のスカーフを肩にかけた。


「素敵ですわ、アキラ様。惚れ惚れしちゃいます」

「そ、そう?」


 ミディの瞳がウルウルしているのは気にしないことにして(一応もとは女だと言ってあるが)朗は一人で王聖女の食事の間に向かった。




 妖精は王族でも華美な食事をすることは無い。肉や魚が食卓に並ばないので、そう感じるだけかもしれないが、その分舌の肥えたアデリアを満足させる味付けになっていて、お抱えシェフ達はいつも味の研究をし、長く生きている彼女が飽きないよう工夫していた。


 それは人間の食生活に慣れた朗が食べても決してまずいものではなかった。ただ時々食べた事のないざらざらした食感の太いツルを切ったようなものが出てきて、それの元の姿を想像すると少し不安だったが・・・。



 人族の国での話をしながら食事をとった後、朗はアデリアに連れられて城の一番高い位置にあるバルコニーへ行った。月の光だけなので景色はよくわからなかったが、高い場所なので風が心地よかった。


「ここは私のお気に入りの場所なの」


 振り向いて笑顔を向けたアデリアを見て、朗は昨日会った天空族の高吏が残した言葉を思い出した。


― 見るがいい。お前らの目の前で善導者を血祭りにあげてやる ―


 憎悪を込めた口から出た呪いの言葉。彼らが何故妖精を攻撃するのか、その理由を尋ねたくて彼に会った。だがその理由は分からず、ただ彼らの憎しみを知った。


 なぜ今まで一度も接触のなかった天空族が、妖精をこれほどまでに憎むのだろう。なぜ・・・・?




― 妖精はみな死ぬ。お前らが全滅するまで我らは攻撃をやめない。導主の恵みは絶え、パルスパナスは崩壊する。お前らの血の一滴までもこの地上から消し去ってやる・・・! ―



 美しい妖精王女の顔を見つめながら朗は思った。この人を守りたい。力の無い妖精をもうこれ以上殺させたくない。善導者はこの国の光なのだ。彼女を守るには私達だけじゃだめだ。彼女の側にずっと居て、彼女を守り続ける人がいる。それにはマクベスやアルの言うように、アデリアが王士を迎えるのが一番いいはずだ。


「ねえ、アデリア。アデリアは誰か好きな人が居るの?アルに聞いたけど、誰とも結婚したくないって言ってるって・・・」

 

 アデリアは朗をちらっと上目使いに見た後、手すりにつかまって真っ暗な夜の森を見つめた。


「好きな人なんていないわ。誰とも結婚したくないとも言ってない」

「気持ちは・・・分かるよ。突然見知らぬ人を連れて来られて結婚しろって言われても、受け入れられないのは。でも・・・たとえばさ。マクベスなんてどうかな。強いし真面目だし・・・」


「マクベス?」


 驚いたように振り向いたアデリアの顔は、虫唾が走るとでも言いたげだった。


「絶対イヤ!あんな無骨な武人オタク。男は筋肉が全てだって思っているのよ。頭まで筋肉で出来ているんだわ」


 そんなことは無いと思うが、とりあえず2人目の候補者の名を出してみた。


「じゃあさ、アルはどう?頭も切れるし腕も立つ」

「アキラったら何を見ているの?」


 アデリアは驚いたように頭を振った。


「彼の頭が切れるのは女性に関する時だけよ。世の女はみんな自分に振り向くと思ってるんだから。あんなナンパな人と結婚するくらいなら、アザールかオクトラスとでも結婚した方がましよ!」


 そこまでひどくないと思うけど・・・。朗は一生懸命アデリアをの事を考えているマクベスやアルテウスがちょっと気の毒になった。それに朗にはもうこれ以上手ごまがなかった。まだここへきて3週間。強くて頭が良くて王士としての風格を持った妖精なんて出会った事もなかった。



 朗がどうしようか考えあぐねていると、アデリアがふと思いついたように言った。


「そうだわ。私、好きな人が居るわ。たった一人だけ」

 

 それは初耳だ。きっとマクベスやアルも知らない秘密だろう。朗は高校の女友達と話している時のように勢い込んで聞いた。


「え?誰それ。私の知っている人?」

「もちろんよく知っているわ。だってアキラだもの」

「は?」

「私の好きな人はアキラよ。アキラとなら結婚してもいいわ!」

「へぇぇぇ?」





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