奇襲
デルパシアの王城の広い廊下を歩きつつ朗は言った。
「居るんでしょ?アル、マクベス」
すると朗の両側にうっすらと人影が現れ、それはやがてアルテウスとマクベスの姿になった。
「あのエロ男がアキラに何かしたら、ぶん殴ってやろうと思いましてね」
アルの軽口に朗はうつむきながら苦笑いした。
「ごめんね。何の力にもなれなくて」
「何を言っとる」
マクベスは朗の頭をその太い片腕に抱きかかえた。
「お前はよくやった。俺たちは充分嬉しいぞ」
微笑んだ朗に2人は手を差し出した。朗が彼らの手を取ると、テラスへとつながる出口から彼らは飛び立った。廊下の陰からその姿を見ていたシオンは憎々しげに鼻を鳴らし、執務室の窓からはラスゴラスが闇に消えていく3つの影をじっと見送っていた。
デルパシアに来た時と同じように休憩や野営をしながら2日かけて、やっとパルスパナスの森が遠くに見える位置まで戻ってきた。人はあの巨大なジャングルを死の森と呼び、妖精や霊獣を化け物だと思っているが、朗はもうすぐアデリアの待つ城に戻れるのかと思うと、ホッとするような気がした。
まだ少し日が高かったが、森の中での野営は危険なので、今日はこの場所で野営をする事にした。マクベスが拾ってきた枯れ木を朗が手際よく並べている間に、アルが袋の中から乾燥させた木の実や果物を取り出した。
大きな体をしていても、妖精は肉や魚を口にすることは無い。ここへ来たばかりの頃、母の作ってくれた肉料理や友達と食べに行ったハンバーガーが懐かしかった朗も、最近は少し慣れてきた。今日はまだ日暮れまで時間があるので、朗はマクベスに教わりながら火をつける訓練を始めた。
しかしなかなかうまくはいかなかった。マクベスは手をかざして心の中で思うだけでいいと言うが、この間マクベスを弾き飛ばした時のように何かきっかけがないと、朗の霊力は働きにくいようだ。
「日が暮れるまでに絶対つけて見せる!」
意気込む朗の手が何となく暖かく感じてきた時だった。
「あっ!」というあアルの声に、せっかくできそうだった朗はむくれた顔でアルを見上げた後、同じように驚いた。
遠くの空から何か白い塊が降ってきたかと思うと、パルスパナスの上空で分散し、それは一気に森の中へ降下した。
「天空族だ!」
叫びながら飛び立つマクベスに続いて、アルも隣に居た朗を抱え飛び立った。
500メートルほど飛んだ所で木をクッションにして再び飛ぶ。しばらく行くと木々の間から天空族に襲われている妖精の姿が見えた。
妖精は普段あまり霊獣の出ない場所に分散して住んでいるが、時々集まって祭りを行う。それは収穫の祭りだったり、ただ単に集まって踊ったりと色々だが、今日はその祭りだったらしい。固まっている所を一気に攻められたのだ。
一人の妖精が助けを呼ぶ時に使う、高吏が作った霊力の球を打ち上げようとしたが、その者も天空族に襲われようとしていた。
「待て!」
朗は叫ぶとアルの手を離れ、襲われようとしている男の上空から飛び降りた。天空族の兵は標的を朗に変え、剣を振り上げ襲いかかる。朗も腰の剣を引き抜き、それを受けた。
「早くそれを上げて!」
朗の声に呆然と立っていた妖精の男は、急いで手の中の球を上空へ放り投げた。球は素早く空を切りながら上昇すると、赤や黄色の光になって分散した。
マクベスとアルテウスも妖精たちをかばって応戦中だ。マクベスは地上に降りて大ぶりの剣を振り回しながら左側から迫ってきた敵に霊術をぶつけた。青い波のようにぶつかってきた力に2人の天空族は跳ね飛ばされた。
アルは空中から天空族に向けて白い霊術の球をぶつける。これは破光玉と言って、防御する力を攻撃する力に変えるアルの得意技だ。
目の前の敵が崩れるように倒れた後、息を切らしながら朗は空を見上げた。巨大な気の波動を感じたからだ。空中で自分に手のひらを向けているのは4枚羽の天空族だった。高吏である。男の手の周りには銀色の光の輪が出来ていて、それがゆっくりと回っていた。
― 来る! ―
そう思った瞬間、光の輪が激しい渦のようにうねりながら朗にぶつかってきた。とっさに剣でそれを受けた。
「アキラッ!」
まるで木の葉のように軽々と朗の体は後ろに吹き飛ばされた。急いでアルが駆け寄り、彼女を助け起こした。
「大丈夫。剣が力を弱めてくれたみたい」
朗はアルに頷くと立ち上がった。以前マクベスが心配していたように、とうとう天空族の高吏が戦いに出てきた。これからはもっとたくさんの妖精が犠牲になる。その時、私は彼らを守れるのだろうか。
朗はギュッと剣を握りしめると、再び頭上に迫ってきた天空族をにらみ上げた。
「アル、下がってて。こいつは私が倒す」
剣を真正面に構えた朗の頭上にやってきた天空族は、再び両手の前に銀色の霊術の輪を作り出した。それがゆっくりと回り始めるのと同時に、朗を取り囲むように大きな金色の輪が浮かび上がった。
「はぁぁぁぁっ」
剣を右下段に引き、朗が地面を蹴る。大きく上へ飛び上がった朗は敵と同じ高さに居た。
銀色のうねる波が覆いかぶさり、朗の姿は波の中へ消えた。だが朗を包む光の輪はその波の中を切り裂くように進み、男の左わき腹に剣の一撃が入った。
男は一瞬息が止まったような顔をした後、バサバサと羽音を立てて地面に落ちた。すぐさま朗は振り返り、後ろから迫ってきた天空族を次々となぎ倒していった。
何とかすべての敵を倒した後、傷ついた妖精たちの手当てをしているところに、ケーニスの率いる飛行部隊が到着した。ケーニスの率いてきた兵にまだ生きている天空族を捕えさせている間、朗たちはけがを負った一般の妖精たちの手当てをし、その後、妖精城に戻ってきた。
城に戻った朗を最初に出迎えたのはアデリアだった。彼女はドレスの裾を持って走り寄ってくると、朗に抱き付いた。
「アキラ、よく無事で。姿を見るまでは食事ものどを通らなかったわ」
心の底から心配してくれたのだろう。朗は本当の妹のようにアデリアが愛しく思えた。
やっと城に戻ってきたが一息つく暇もなく、朗たちは人族の国での交渉の結果を報告せねばならなかった。いろいろ努力はしたが、結局協力を得ることが出来なかったので、2人の尊大な大臣たちはそれ見た事かと彼らを ―特に朗を― 攻め立てた。
「大体、このような異種族に我らの命運を託すこと自体、問題があったのだ」
「これで人族との間にまで妙な亀裂が入ったらどうする」
朗が黙っているのでアルテウスが代わりに立ち上がった。
「そんな事にはなりません。人族の王とは話せませんでしたが、長たる人物とは穏便に話し合うことが出来ました。あちらも諸種の事情があり、援軍を送れないことを残念がっておられたのです。こちらの存在もその長たる人物以外には今は伝説のようですし、人の国とまで諍いになる事はありません」
アルの話を聞きながら、朗はふと思った。皆が伝説と思っている中で、あのシオンという少女だけは妖精の存在を知っていた。彼女は一体何者なのだろう。
「穏便に話し合ったと言っても結局結果がこれではないか。このままでは天空族におう殺(皆殺し)にあうのを待つだけだ」
「だから言わんことではない。こんな人間に妖精の未来を託すなど・・・」
「お黙りなさい!」
会議場に響いた甲高い声に皆は一瞬黙り込んだ。アデリアが机をたたいて立ち上がり、アザールとオクトラスを睨み据えた。
「アキラは木霊王の選んだ選定者。それに意義を唱えるのは導主を侮辱するのと同じです。選定者は善導者と同じく木霊王から永遠の命を与えられている。それこそアキラがこの国の王聖子に匹敵する者であるという証です。それとも今度はそなたたちがアキラの代わりに魔族の国へ赴くというのですか」
アデリアの言葉にアザールとオクトラスは己の立場を思い出したようだ。彼らは立ち上がると朗に深々と頭を下げた。
「選定者アキラ。どうか我がパルスパナスを天空族の手からお救い下さい」
「や、そんな、あの・・頭を上げてください。私、頑張りますから」
大臣たちの急変した態度に、朗は赤くなりながら頭をかいた。




