売られたマクベス
それから2時間ほどして、彼らの居る部屋に従者らしい男が現れた。男について長い廊下を歩いて行くと、ドアのない大きな広間の入口が見えた。
「呼ばれるまでここで座って待っていろ」
従者に言われ、朗たちはその場に跪いた。気づかれないようにそっと顔を上げて広間を覗き見た朗は、驚いたようにアルのベストの裾を掴んだ。
昨日マクベスに喧嘩を売ってきたシオンが、意気揚々と話をしている。彼女が手を差し出した先にある檻の中に一匹の青白い毛の獣が居た。
オオカミのような体つきだが顔つきはもっと獰猛で、はみ出した牙を突き出し周りの人々を威嚇している。ぴんと立った耳は大きく、ギラギラと光る紫の目は怒りに血走っていた。
「ディモンだ」
「ディモン?霊獣なの?」
小さく呟いたアルに朗が尋ねた。
「ええ。霊獣の中でも特に凶暴な奴です。何匹かで群れを作り獲物を襲う。森の中で出会えば妖精でも例外なく襲ってきます」
これでシオンがなぜ霊獣ハンターと名乗ったかがわかった。彼女は珍しい霊獣を捕まえて売るのを仕事としているのだ。
「こちらの霊獣はディモン。獰猛な奴ですが月の光を浴びると波打つ毛並みが青白く輝き、全身が月の光のように美しくなります。昼間はお見せできないのが残念ですが」
一段高い処でシオンの説明を聞いていた王は、太ってだぼついた顎をこすりながら、嬉しそうに珍しい霊獣を見ていた。
「いいじゃろう。その霊獣、200万ガロンで買い取ろう」
「ありがとうございます」
シオンはニヤリと笑うと、朗たちのいる反対側の入口に向けて手を挙げた。
「今日は王にもう一つ、お見せしたいものがあるのです。世にも珍しい・・・妖精です!」
入口から入ってきた檻を見て朗は思わず立ち上がりそうになった。檻の中にとらわれているのはマクベスだった。黄緑色に光る縄のようなもので上半身を縛られ、檻の中で座っていた。
今にも飛び出していきそうな朗を押さえながら、アルは周りの様子をうかがった。部屋の中も外も衛兵で固められている。今マクベスを助け出すのは、あまりにも危険だ。朗にもそれがわかったのか、ギュッと唇をかみしめ座りなおした。
「妖精だと?ばかばかしい。このわしを謀るつもりかぁ?」
「こいつは本物ですよ。なんならお買い上げになって、解剖なりなんなりして調べてみればどうです?ただし4枚羽の妖精は霊術を使う。幻術で目くらましをし、その羽であっと言う間に飛び逃げるでしょう。ですがそれが本物の妖精という証になりますかな?」
王は頬の中に手の甲を沈めるようにしながらマクベスを見つめた後、側に居た若い兵に何かを命じた。兵はこわごわマクベスのいる檻に近づくと、後ろから勢いよく檻の中に手を突っ込み、彼の羽を引っ張った。
「痛い!何をするんだ。このばか者がっ!」
マクベスの叫び声に周りからざわめきが起こった。王の側に戻った兵は、こそこそと王に耳打ちをした。きっと羽は本物で、作り物ではないとでも告げているのだろう。
王は上を向いて鼻面を膨らませると「その妖精も150万ガロンで引き取ろう」と言った。
「ちょっと待て!なんでこの俺様がディモンより安いんだ。500万ガロンでも安いくらいだぞ!」
叫んでいるマクベスにはお構いなしに、2つの檻は広間から出されていった。
「そこ?マクベスの怒ってるところって、そこなの?」
「まったくあいつは。売られることには抵抗ないんだな」
朗とアルがこそこそと囁き合っていると、王の右下に座っていたラスゴラスが、手を叩いて彼等を呼んだ。2人は急いで玉座の下に跪くと頭を下げた。
「旅の芸人です。珍しい踊りを見せますので、お気に召されるかと・・・」
ラスゴラスの言葉に、剣の試合でも見せればいいかと立ち上がったが、アルの顔を見た途端、王は不機嫌な顔になった。
「ブ男はいらん。下がれ」
どうやら今度は不細工すぎたのが災いしたようだ。あまりブ男と呼ばれたことがないアルは、ぶよぶよに太った王を見て“お前の方がブ男だ”と心の中で毒づいたあと朗に囁いた。
「頼みますよ、アキラ。気に入ってもらえれば、何とかマクベスを助けて援軍も出してもらえるかもしれません」
そんな重大な使命が私の踊りにかかっているなんて・・・。朗は息をのんで王を見上げた。
「それでは、剣舞を一差し・・・」
「王の前で剣を使う事は許さぬ。他の舞いにせよ」
― そんなぁ・・・ ―
ラスゴラスの言葉に朗は焦りを感じながらアルを見た。彼はそれでいいという風に2度うなづいた。
― こんなところで一人でフォークダンスを踊れって言うの? ―
朗は唾を呑み込むと決意を固めた。
「踊ります」
「チャーラチャッラ、チャーラララチャッチャッチャッ・・・」
よく聞くフォークダンスの曲を口ずさみながら朗はポーズをとり、一人フォークダンスを踊り始めた。妙に全員が静まり返っているのが気になったが、何とか一曲踊り終えると「以上です」と言ってもう一度跪いた。
「確かに珍しい踊りじゃがぁ、面白くない。面白くないものはわしは嫌いじゃ。下がれぇ」
― うそっ ―
朗は思わず立ち上がった。
「王様、どうしても聞いてほしい話があるんです。私はパルスパナスの・・・」
だが朗の言葉は誰かに後ろから腕を掴まれて途絶えた。
「アル?」
「行きましょう、アキラ」
「でも、話だけでも」
「これ以上は無駄です。行きますよ」
朗は何度も王の方を振り返りながら、アルに手を引かれて広間を後にした。
「アル、待ってよ。何とか話をしないと・・・」
「あの王は駄目です。見るからに無能だ」
アルは吐き捨てるように言うと立ち止まった。
「国民の血税をただ珍しいものが好きだと言うだけで使っているのです。あの醜悪な体をごらんなさい。どうせくだらない趣味だけでなく、酒や美食におぼれ、己を戒める事さえしないのでしょう。あんな王ではデルパシアも先が知れている」
「それは・・・そうかもしれないけど。じゃあマクベスはどうするの?」
「マクベスもですが、きっと他にも霊獣が捕まっているのでしょう。確かに霊獣の中にはディモンのように獰猛な獣も居ますが、我らにとってはすべてが木霊王がお創りになった聖獣なのです。命を狙われない限り殺したり捕まえたりすることはありません。
人は霊獣をただ獰猛で秩序のない魔物だと思っていますが、彼らは決してパルスパナスの森から外へ出て人を襲ったりはしない。霊獣は知っているのです。木霊王の造られたあの森が、自分たちの居るべき場所なのだと。それをあのシオンとかいう小娘・・・」
早く交渉を片付けて国に戻らなければならないのに、次から次へと問題が起こる。アルテウスは自分に冷静になれと言い聞かせると、一番重要な問題から片付けていくことに決めた。
「王は無能なようですが、街の様子を見る限り国政は安定している。それはひとえに有能な人材が王の側に居るからでしょう」
「あ、分かる。ラスゴラスだよね。あの人、きっといい人だと思う。王とは正反対で勤勉そうだし、それに仕事もバリバリこなしてそう。出来る男って感じ」
朗があまりにもラスゴラスを褒めるので、アルは何となくむっとした。
「ほう。アキラはあの手の好色そうな男が好きなんですか。ふうん、そうですか」
「え?いや、そんなことは・・・」
「わかりました。ではアキラがあの男の所に行って交渉してください。先程も働きに来いと誘われてましたし、しばらく居て信用させれば交渉もしやすくなるでしょう。まあ、あの好色そうな男の事ですから、またアキラに何かしてくるかもしれませんが」
朗が両腕を握りしめてじっと黙っているのを見て、アルは言葉を止めた。そうだ。アキラはつい今しがた生まれて初めて男に押し倒されたんだ。それを私はまるでやきもちを焼いているみたいに攻め立てて。やきもち・・・?
アルはふと自分の心に沸き起こった感情に戸惑った。どうして私がアキラにやきもちを焼かなきゃならないんだ?自分でもよく分からない感情を打ち消すように首を振ると、アルは朗に笑いかけた。
「すみません、アキラ。あなたの気持ちも考えずに。そうですね。とりあえず一番はマクベスを助けましょう。困った親友をね」
朗はアルを見上げると、微笑みながら頷いた。




