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誰かの幼少期2

小話2


 彼は、ただひたすらに困惑していた。

 原因は、目の前にいる同い年の甥っ子である。


「なあ、お前馬鹿なの?」

「馬鹿とはなんだ!お前、私を馬鹿にするのか?」


 真っ赤になった顔は、陽光を受けてキラキラ輝く金髪と相まって、まるで話に聞く天使のようで非常にかわいらしかったが、生まれた時から見ている顔であるので、特に何の感想も抱かなかった。


「いや、別に……馬鹿にしたけど」

「馬鹿にしたんじゃないか!」

「いや、馬鹿にしたのかって確認するまでもなく、馬鹿にしたつもりだったから」


 素直な彼の言葉に、甥っ子は絶句した。

 そんな彼らに、下のほうから声が掛かる。


「大丈夫ですかー?やっぱり、大人呼んでくる?」

「そうだな。もうこいつ言うこときかねえもん。姉さん呼んできて」

「なんであたしがあんたの指示に従わなきゃいけないわけ?」


 即座に言い返される言葉は、とても不機嫌そうだった。それを聞いて、彼も不機嫌になる。


「じゃあ、お前、こいつがずっとここにいてもいいんだな?こんな木の上にさ?」

「……そ、れは……」

 

 下から叫んでいる声も、それには困惑して返事ができない。なにしろ、今彼らがいるのは、地上十メートルの高さにある大木の上なのだから。


「つかさ、こいつが木に登って下りられないって俺を呼びに来たのは、おまえだろ!?」

「しょうがないでしょ!あんただって、お姉さんから面倒見ろって言われてるじゃない!」


 そう言われて、彼は苦虫を噛み潰したような顔をした。彼は、姉に逆らえない。なぜなら、姉は彼より強い。元からの才能ではなく、努力によって人外の強さを手に入れた姉に、まだ十歳にもなっていない彼がかなうはずもないのだ。


「こいつにその気がないから、俺にはどうにもできんわ!おいお前、親にばれたくないならこっち来い!そうじゃないなら姉さん呼ぶぞ!」

「母上は呼ぶなっ!自分で下りられる!」

「自力で登ったわけでもないのに、下りれるか馬鹿!」


 彼よりも三カ月年下の甥っ子は、その小さい身体の中身はすべて誇りでできているのかというくらい自尊心が高い。

 そもそも、大鴉にキラキラしたものと認識されてお持ち帰りされるとか、全力でアホかと叫びたい。鴉にも、無駄にキラキラしい甥っ子にも。


《ガアア!ガアァッ!》

 

 バサバサと、宝物(光りモノ)を盗られると思ってでかくて鋭い爪や嘴で攻撃してくる大鴉を牽制しつつ、彼は泣きたくなってきた。聞き分けのない我侭な甥っ子を助けるためにわざわざ木を登り、大鴉の攻撃から怪我をしないように守りつつ、なんとか無事に地上に帰そうと必死に説得しているのに、その本人は彼を嫌悪するかのように距離を取ろうとする。

 やりづらいことこの上なかった。

 甥っ子をかばって全身傷だらけで痛い。なんど、凶悪な爪や嘴に肉が抉られそうになったことか。彼は一刻も早く、地上に降りて自分の怪我の手当てをしたかった。


「とにかくっ!お前がこっちに来ないとおんぶして下りられないだろ!?」

「なんで、九歳にもなって同い年のお前に背負われなきゃいけないんだ!絶対に嫌だ!」

「そんなこと言ってる場合じゃ…ッ!?」


 不意に、新しい気配を感じて、彼は上空を見上げた。そこには、今彼に襲いかかっているのとは別の大鴉がいた。


「嘘だろ!?番だったのか…!」

「はあ?つがいって…お前何言ってるんだ?」


 甥っ子は番の意味を知らないらしく、盛大に彼を馬鹿にした顔をしてくれた。非常にムカついたが、それどころではないと理性がかろうじて勝利し、彼は下に向かって叫ぶことができた。


「おい、この木から離れろ!それと、じい様呼んできてくれ!」

「え…っ?わ、わかった!」

 

 一羽なら、彼でも余裕で相手ができる。しかし、体長1.5メートルもある凶暴な大鴉二羽を、足手まといを守りながら、しかも地上10メートルの場所でとなると、明らかに分が悪い。足場だって悪いのだから。

 じい様を呼ぶ=緊急事態だと理解したのか、文句も言わずに地上の幼馴染は走って行った。気配でそれを確認し、彼は甥っ子にじりじりと近付こうとする。最悪、盾になってでも守ってやろうと思ったからだ。しかし、彼がじりじりと近付けば、甥っ子はじりじりと離れていく。


「アホか!俺から離れてどうする!」

「お前汗臭い!ボロボロで汚い!近付くな!」

「誰のせいだよ!?」

「お前が弱いからだろう!」


 甥っ子は当たり前のように言いきった。事実であるので、彼は文句も言えなかったが、それはそれで理不尽な思いは残る。だが、今一番大事なことは、甥っ子を守ることなのだ。


「俺から離れたら守れないだろ!?」

「お前になんて、守ってもらう必要ない!」


 甥っ子はそう言って、彼に背を向けた。それはちょうど、上空にいる大鴉をも視線の外に追いやることになる。視線を外す。それはすなわち、自然界での、負けの合図―――!


「危ないっ!」

「え?うわっ!?」


 一気に下降してきた大鴉に驚き、甥っ子は足を滑らせた。


「くそ!」


 彼は、一気にその場所を蹴り、落ちていく甥っ子を抱え込むと、甥っ子が木の枝に当たらないように自分が下になりながら、わざと枝にぶつかっていき落下速度を落そうとする。が、なかなか止まらない。もう、細い枝しか残っていない。地上まで、あと3メートルあるか、ないか。

 仕方なく、彼は抱き込んでいた甥っ子をいわゆるお姫様抱きに変え、着地することに全力を使った。


「えっと、〈暴風〉っと!」


 要するに、着地前に地面に向かって強力な風の魔法を放ち、落下の威力を弱めたのである。

 風の吹き返しが辛かったが、何とか、甥っ子は無事に助けられた。


「くっそ、お前なんてもうしらねー!」

「……」


 疲れはてた彼は地面に倒れ込み、すべての元凶となった甥っ子を睨みつけた。甥っ子は茫然としていたが、次第に我に返ってくると、視線だけで人が殺せそうなほど彼を睨みつけてきた。


「こっちのセリフだ!見ろ、お前のせいで服がボロボロだし、風で髪の毛はぐしゃぐしゃだ!一体どうしてくれるんだ!?二度とわたしの前に姿を見せるな!」


 彼は唖然としてしまった。大鴉とやりあったせいで、彼は見た目にも傷だらけだというのに、甥っ子には傷一つ付いていないのだ。


「あっ!下りられたのですね、よかった…」

「いいわけがない!見ろ、この姿!最悪だ…」

「ああ、大変です!すぐにお召し替えを!」


 急いで戻ってきた幼馴染は、頑張った彼に一瞥もくれることなく、甥っ子を連れて行ってしまった。どっと疲れを感じて、彼は深く息を吐いた。途端に、体中の痛みが自己主張を始める。

 枝に打ち付けて全身打撲、着地にも甥っ子に衝撃がいかないようにしたから、多分骨が複雑骨折。あと、大鴉との戦いで擦り傷切り傷で失血多量の三重苦。


「おい、大丈夫か!?」

「……じい様…」

 

 慌てた様子で、彼の祖父が駆け寄ってきた。大きな荷物を抱えている。それで、幼馴染よりも来るのが遅くなったのだろう。


「なんてことだ。お前、やっと昨日ベッドから起き上がれるようになったばかりじゃないか…!」

「今度は、どのくらい寝てなきゃいけないんだろうね?」

「あの二人はどこだ?まさか、お前を置き去りにしたのか!?」

「服や髪が駄目になったから、着替えるんだって」


 祖父は、それを聞いて泣きそうな顔をした。


「お前が、一カ月も寝込んでいたのだって、愚かにも魔物退治に行ったあの子を追いかけて、守っていたからじゃないか…」

「しょうがないよ。姉さんに面倒見てって頼まれたんだから」

「……もういい。わしが、あいつらに言っておこう。お前の姉にもな。もっとも、あの子はこの現状を知らないのだろうが…」


 祖父は、軽い回復魔法をかけてから、彼を抱きあげた。彼も、痛みがだいぶ和らいだので、大人しく体を預ける。


「あ、ねえ、それよりもじい様。この木の上に、大鴉が番で棲んでるんだ」

「ほう。危険だな」

「うん。だからね、できれば、彼らが安全に暮らせるところまで、狩られないうちに移動させてあげられないかな?」


 そういう彼の顔はとても悲しげだった。自分に怪我を負わせた相手だというのに。


「いいか。危険なものは、排除する。それが人間のやり方だ」

「……うん。そうだね」


 彼だって、理解はしている。けれど、納得はできないのだ。人間の都合ですべてを整理しているやり方が。


「……ただし、じい様はジジ馬鹿という病を患っていてな?かわいい孫のお願いなら、何でも聞いてしまうのだよ」

「…ほんと?」

「ああ。どうする?じい様にお願いするか?」

「うん!じい様、お願いします!……ありがとう」

「どうってことないさ。よく頑張ったな、お前は自慢の孫だよ」


 祖父は傷に障らないように彼をそっと抱き締めた。

 慣れているとは言っても、同い年の子供たちの言動に傷ついていた彼には、その優しさと、努力を認めてもらうことは必要だった。自分がいる意味を、見つけらた気がするから。彼は安心してしまい、堰を切ったように涙を流した。祖父は何も言わず、ただ、それを受け止めていた。


 それから、彼は二カ月もの間満足に動くこともできなかったが、これ以降は甥っ子たちに構うこともなく過ごした。姉が祖父から話を聞き、怒り狂ったせいである。もちろん、自分の息子にだ。なにを思ったか、あんなに何かあると彼を呼びつけていた甥っ子と幼馴染は、危険なことには彼を巻き込まなくなった。代わりに、色々と犠牲者が出ていたらしいが、彼がそれを知ることはなかった。

 

 

 それは、彼の人生の中で、自らを脆弱と評する時代の終りであった。

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