ポチ
うちのポチが死んだ。
私はポチを私なりに大事に育てていたのに、
その日、ポチは死んでしまった。
風前の灯の小さな命はヒューヒューと息をするたびに音をたてて、静かに横たわるポチは何を考えているのか、眼孔はずっとこちらを見据えていた。
息を引き取る、その瞬間まで。
葬儀はポチのくせに盛大に執り行われた。
一家団欒、お父さんもお母さんもお祖母ちゃんも涙を流した。沢山集まった葬儀では沢山の人達がポチのために涙を流した。
けれど、一番身近にいた私はといえば葬儀の最後の最後までとうとう泣けなかった。逆に私はこの光景に腹立たしさすら感じていた。
死んだのは家族の一員とはいえポチ一匹だ。なのになぜみんなして涙を流すのだろうか、なぜみんなして悲しい素振りをするのだろうか。
理解に苦しむ。
数日して、私は生前ポチが生きた痕跡に足を踏み入れた。
ほんとうは母さんか父さんがここを片づけるのだろうが、大人はとにかく忙しいらしく部屋は手付かずのままだった。
とりあえず端っこに押しやられた毛布を手にした。
すると、そこから手紙が一通落ちてきた。
………
どうしたのかな? 警察に何のご用かなお嬢ちゃん。道に迷っちゃったのかな?
ガッチリとした体系のおじさんは膝を下ろす。そこには手紙を大事そうに抱えた小さな女の子。女の子は目の高さで声をかけてきたおじさんに徐に手紙を差し出した。
そこの表にはお姉様へと書かれていた。
「拝啓、お姉さま僭越ながら遺書を残します……」
顔を真っ赤に涙目の女の子は、待ちきれなかったように小さな唇で啖呵を切るようにしてはっきりと開かれた。
「私が……
私が弟を自殺においやりました」
………
数日過ぎたのに、昨日のように鮮烈に思い出されるその日。
私が弟の部屋に入るのを見計らっていたらしい弟。
弟は脅えるようにして私の目の前にあらわれた。
弟は徐に服を脱ぎ、全裸になり沢山の青あざを見せつけた。
今考えればポチと罵り、口のきけない嫌気のさす弟なりの精一杯の必死の抵抗だったのだろう。
だが今更知らない訳じゃない私は、気を紛らわせるように小さく溜め息なんてさせる。
と、弟は隠していた包丁を首筋に翳し、震える両手をそのまま勢いよく直進させた。
血飛沫で真っ赤に染め上げられる部屋。
どさりと崩れ落ちる弟。
私は何が起こったのか訳も分からぬまま駆け寄ると、息も絶え絶え、苦しそうにヒューヒューと喉を鳴らす。
しかし、何かを訴えかけるように眼孔はこちらをしっかりと見据えていた。
息を引き取る、その瞬間まで。