第肆話 辻北さんちの付喪神
毎週更新している訳では無いんですが、
来週は一身上の都合により
更新はありません。ご承知下さい。
「あーも、煩い!」
つくづくこんな体質は嫌な物だと思う、丑三つ時の深夜2時。古道具専門店、辻喜多道具店の一人娘、辻北御拠は裏の蔵の騒々しさに目を覚ました。明日の講義中に居眠りするなど、心の底から御免だ、というのに。
わいわい、がやがや。何を話しているのかはさておき、何かを夢中で話しているのは判る。
彼女はがさつに蒲団を跳ね除け、薄手のカーディガンを羽織ると、足音を立てない様にそっと母屋から抜け出した。
◇
誰もいない筈の蔵の中。
「聞いたか?」
真っ暗な其処に誰かの声響き渡る。
「何をだ?」
それに返すのは、また他の声。
「蔵のモンの幾つかに買い手が付いたんだってよ」
どうやら何人かー言葉を話す存在を人、と数えるのならーが話しているらしい。その質問にはまた別の声が答える。
「何処にかしら?」
別の所でまた声が上がる。
「さァ…何処とまでは聞けんかった。ただ、洋物が欲しいとかなんとやら」
「俺もか?」
「莫迦か、御前は。対のカップもないソーサーなんて、なかなか売れるわけがあるまいに」
「あんだと!」
「事実を述べたまでじゃあないか」
「蓋の無ェ水注になんざ、言われたか無ぇよ!」
蔵の前に仁王立ちになった御拠の耳に、そんな会話が聞こえてくる。どうも、"道具達"が自分が売れるか売れないかで喧嘩をしているらしい。
(何バカなことを…)
御拠は思わず頭を抱えた。
どうせ、この声は自分にしか聞こえないのだ。彼女は蔵の扉に手を掛ける。奴らに先ずは何て言葉を浴びせようかしら、などと思いながら。
一息付いて、御拠は蔵の扉を開け放った。
「もうちょっと静かな声で話しなさいよ!煩くて寝れ無いじゃないの」
近所迷惑にならない程度の大きさの声で、御拠は叫ぶ。途端に、蔵の中は水を打った様に静かになった。
然し、其の中には御拠以外にヒトはない。静かになった代わりにか、棚に積まれた茶碗か何かがかちゃかちゃと音を立てた。
「次、煩くしたら質屋に出してやるんだから」
御拠は口許を吊り上げ、誰も居ない筈の空間に向かって止めの一言を放つ。何処からか、えー、という反論の声が聞こえたの何て気にしない。
というより、本来ならば聞こえてはならないのだ。物の化身、付喪神の声など。
そう。彼女、辻北御拠は物の声が聞こえるのである。其れが良い事なのか、悪い事なのかは判らないが、家業柄、有って不便な力ではない。
ただ御拠自身、夜に煩過ぎて寝れないのは嫌だ、とは思うのだが。
「ま、仕方無いっちゃ仕方無いか」
男勝りな性格もあってか、殆どそれは諦めに近い。
◇
「嗚呼、付喪達ですか」
ちょうど其の頃、また別の処で月明かりに照らされている影がひとつ。其れは目を細め、楽しそうな笑みを浮かべた。
月光に照らされ、其の髪は銀に輝く。細めた目から漏れ出る光もまた銀。大凡ヒトらしくない其の色は、彼に矢張りヒトではない雰囲気を纏わせていた。
四本の尾が彼の背でゆらりと揺れる。それは善狐、それもまた、より神に近い存在である天狐の象徴。
「何だ、お前そんなところにいたのか」
どうやら此処は何処かの屋上らしい。其処につながるドアを開け、誰かが彼に声を掛けた。
「唖々、誰かと思いましたよ」
彼は声の主を見遣り、すっと目を細める。彼に声を掛けた男は顔がほんのり赤く染まっている。どうやら何処かで一杯やってきたらしい。
「その口調、気持悪りィ。らしくないから直せ。乾玄也」
男は彼の側まで来てドカッと腰を下ろした。喋り乍ら、持っていたコンビニ袋を漁っている。
「はいはい、わーかりましたよ、青井センセ」
乾は青井が何をやりたいのかが判ったのか、その場にそっと腰を下ろした。
「どうせ店の隣の古道具屋だろう」
数分後、青井が安めのカップ酒を煽る隣で乾が助六を頬張る光景が其処にはあった。
「ええ、辻喜多のね」
乾は青井の言葉におざなりに返事をし乍ら巻き寿司を解体している。何時の間にか尻尾は仕舞い込まれていた。
「次代は敏感って訳か」
「そりゃ豊作で」
「寺の方も、だろう」
「見えはしないそうだけれど?」
「人間にしちゃァ僥倖」
「まあ…そうか。でも今後が楽しみ。でしょ?」
「そんな所だァな」
青井はカップ酒を飲み干す。空のカップを袋に入れるついでに缶ビールを二本取り出し、片方を乾へよこした。
「ま、良いんだか悪りィんだか、二人とも神山大だろう?」
青井はプシュ、と缶のプルタブを開け中の物を一気に喉に流し込む。夜風はまだ冷たいが、それでも冷えたビールは心地良い。
「しかも片方は担当でしょーに、青井助教?」
隣の乾も同じ様にビールを啜った。
「お前の後輩だ。しかも、浬の同級」
「そりゃいーじゃない、観察できるって意味でね」
「そうさな」
青井は両手を頭の方へやって、そのまま地面に寝転がる。丁度、下弦の頃合の月が辺りを照らしていた。
「ってか、涼、僕の稲荷ひとつ食べたでしょ」
「さァ?知らんな」