物知りさんの権能
女神の姿が消えて気が緩んだのか、俺は全身の激痛に耐えられなくなって膝をつく。傷は魔法で治癒したというのに、この痛みとは……。さすがは神の攻撃だ。
ノエルが吹っ飛ばされた方を見ると、うつ伏せで倒れていた。俺はノエルが倒れているところまで、痛んだ体を引きずっていく。
「ノエル、無事かー?」
ノエルは体を起こし「クソ!」と悔しそうに地面を殴った。どうやら命に別状はないみたいだな。良かった。
レイナも派手に吹っ飛ばされていたけど大丈夫かな? 飛ばされた方を見ると、レイナは俺の目の前に瞬間移動してきた。そして苦い顔で俺に頭を下げる。
「カイト様、お役に立てずに申し訳ありません」
「いやー、あれは無理だって。さすが女神ってだけある」
ノエルは起き上がると、俺の両肩に掴みかかって揺さぶった。
「カイト、落ち着いてる場合!?」
「慌てても仕方ないだろ? もう女神は帰ったんだし。せっかくのお肉がもったいないから、食べながらこれからどうするか考えようか?」
「……そうね」
ノエルは俺から離れて、深く息を吐いて椅子に座る。そして、焼きあがった肉を頬張り始めた。
俺はマユ、クレア、フィリス、アイリに近づく。女神のプレッシャーに気圧されてうずくまっていたけど大丈夫だろうか?
ゆっくりと立ち上がったマユは、血の気の引いた顔をして震えている。
「あれが女神……。私はあのプレッシャーに委縮して、立ち上がることさえできなかった」
クレア、フィリス、アイリも同様に青ざめた顔をしている。ノエルは肉を食べながら四人を見る。
「まぁ、普通の人間ならそうなるのは仕方ない。私とカイト、それにレイナみたいに普通の人間を超越しないと」
クレアは悔しそうに拳を握って震えている。
「カイト様が危険にさらされていたのに、立ち上がることさえできないなんて……」
フィリスは神妙な面持ちでノエルに問う。
「私たちは、その普通の人間の壁を越えられないの?」
するとノエルは「超えられるよ」と、あっさり答えた。意外と簡単なんだろうか?
そう思っていると、ノエルが語り始めたので、話に耳を傾けることにした。
彼女の話では普通の人間はレベル150前後で頭打ちになり、それ以上はどれだけモンスターを倒してもレベルは上がらなくなるらしい。
ノエルはチートスキル『勇者』を持っていて、俺はチートスキル『天才』を持っている。また、レイナはそもそももう人間じゃない。
チートスキルを習得するか、人間をやめれば、普通の人間の限界を超えて強くなれると言う。
でもこの条件ならチートスキルの習得一択だよな。だって人間をやめるには、一旦死なないといけないんだから。
一通りノエルの説明を聞き終わると、マユは食い気味にノエルに問う。
「具体的にどうすればいいの!?」
「マユはノーブルスキル『聖光』を使うことで、聖女としての資質が育っている。それだけではチートスキルを得ることはできないけど、スキルポイントを使ってチートスキル『聖女』を習得させる」
「スキルポイントを使う?」
マユは首を傾げて、ノエルが何を言っているのか、分からないといった顔をしているが、ノエルは構わず続ける。
「他の子も神器の使用と神聖魔法の使用で、勇者としての資質が育っている。スキルポイントもレベルが上がったことにより必要量溜まっているから、それを使えばチートスキル『勇者』を習得できる」
「ならもっと早く習得させればよかったのに」
俺がそう言うとノエルは薄く微笑みながら、指でピストルの形を作って俺を撃つ仕草をした。
「この子たちが強くなると、カイトを殺すときに邪魔されると思ったから」
「そ、そうか……」
「本来、レアスキルの習得には、必要なスキルポイントがたまった状態で、強烈にその能力が欲しいと願うことでスイッチが入り習得できる」
「ノーブルスキルは、女神の気まぐれで与えられた人間が生まれつき持っていて、チートスキルは転生者に女神が与える。どちらも基本的には後から習得はできない」
「それを物知りさんの権能で習得させる。資質が十分に育っていてスキルポイントが必要量あれば、物知りさんの権能で強制的にスイッチを入れて習得させられる」
へー、物知りさんの権能って凄いなぁと感心していると、ノエルは腕を組んで「一つ問題がある」と難しい顔だ。
俺が「問題?」と聞き返すとノエルはコクリと頷いた。
「私はカイトの魂から離れて肉体を得たことで、カイトとの魂のつながりが途切れた。物知りさんはあくまでもカイトのスキルだから、今の私は物知りさんの権能を行使できない。だから、ラプラスの記録へのアクセスもできないし、強制的にスイッチを入れてスキルを習得させることもできない」
「え、できないの?」
「方法はあるわ。少し面倒な手順を踏む必要があるだけ」
「レイナとカイトの魂を繋いでいる霊的な導線は、レイナが悪霊だった時の、現世への執着によって魂を屋敷に縛り付けていた鎖の名残だけど、これを私に繋ぎ替えれば、魂がインストールされている状態のように、物知りさんの権能を使えるようになる」
導線……、インストール? うーむ、ややこしい。
「ようするに、俺とレイナの繋がりを、ノエルに変更するってこと?」
ノエルは「ええ」と頷いて続ける。
「ただ、今はレイナが精霊として現世で存在を維持するための、依り代と霊体をつなぐ魂のハーネスの役割をしている。単純にこれを外して私に繋ぎ替えると、レイナは急速に力を失って、消滅してしまう」
「レイナが消えちゃったら嫌だよ?」
「消えてしまわないために、レイナのスキル『物質の生成と分解』を使って肉体を作り、それに宿ってもらおうと考えているんだけど、レイナはそれでいい?」
レイナは、一拍置いてから口を動かした。
「それなら、私が物知りさんの権能を行使して、皆さんのチートスキルを習得させてはどうでしょうか?」
ノエルは首を横に振って否定した。
「確かにレイナはカイトと繋がっているから、物知りさんの権能を使えるし、ラプラスの記録にもアクセスはできる。だけど、チートスキルを習得させることはできない」
「ラプラスの記録は、例えるなら一億冊の本がある図書館のような物。ラプラスの記録へのアクセス権だけでは欲しい情報を得ることも、物知りさんの権能を扱うことも容易じゃないわ」
「欲しい情報にたどり着くための検索機能は、私のスキルとして与えられているから、私がカイトの魂と接続しないと無理ね」
レイナはノエルに頭を下げた。
「そうでしたか、失礼致しました。それではノエル様の指示に従います」
レイナが自分の意見を言うなんて珍しい。それに、表情が沈んでいるようにも見える。……俺の気のせいか?
「よし、まずは高レベルモンスターのコアを沢山集めるよ!」
ノエルが、これからの行動を説明した。
まずはダンジョンに潜って、コアを集めてレイナの肉体を作る。どうせ作るなら、可能な限り強力な肉体にするとのことだ。
次に、俺と繋がっているレイナの魂のハーネスをノエルに付け替える。その後、創った肉体にレイナを宿らせる。
その後で、マユ、クレア、フィリス、アイリにチートスキルを習得させるという手はずとなった。
魂のハーネスを付け替えたり、霊体を肉体に宿らせるには、かなり高度な魔法が必要なのだが、ノエルは使えるとのことだ。
「ノエルはそんな魔法も使えるんだ?」
「こんなこともあろうかと、カイトの中にいたときにラプラスの記録を閲覧して、これらを可能にする魔法を習得していたのよ」
俺の疑問に、ノエルは事も無げに答える。
こんなことがあるかもしれないって、思っていたんだ……。
「食べ終わったら、すぐにダンジョンに行って、コアを大量に集めるよ!」
ノエルの号令に「おー!」と俺が返事すると、マユ、クレア、フィリス、アイリの瞳には力が戻り「おー!」と声を揃えるのだった。




