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辞めます、って言ったら本当に辞めさせられそうになった件  作者: OwlKeyNote


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辞めます、って言ったら本当に辞めさせられそうになった件

「辞めます」って、軽く言っただけ。

なのに、社内がザワついた。

退職書類、社長面談、急に優しい上司。

――え、私、もう“いない人”扱い?


Creative Support

ChatGPT:発想整理、構成検討、文章推敲の補助

Gemini :リサーチ補助

※生成AIは補助的に使用しており、最終的な創作判断および本文執筆は作者が行っています。

金曜の夕方って、世界が少しだけ“終わっていい”感じになる。

オフィスの蛍光灯は相変わらず白くて、コピー機は瀕死の虫みたいな音を立てて、私の脳みそは冷めたラテみたいに薄い。


私はキーボードの上で指を止め、ふっと息を吐いた。


「……辞めたら、楽かな〜」


——あ、出た。口癖。

独り言って、意外と“外”に漏れる仕様なんだよね。口のほうが先に退勤してる。


隣のデスクで、同僚の佐々木さんがペンを止めた。

ちょっとだけ目が丸くなる。だけど彼女は何も言わない。言わないまま、パソコン画面に戻って、なぜかタイピングの音が早くなった。


(……あれ? 今、聞こえた?)

気づいた瞬間にはもう遅い。私はイヤーカフを触ってごまかすみたいに髪を耳にかけた。クセのあるショートボブが指に引っかかって、軽く苛立つ。


くすみベージュのカーデ、古着屋で見つけた花柄のスカート、首元には小さなネックレスを二本重ね。

“カフェの店員さんですか?”って言われるために生きているような格好なのに、やってることはカフェチェーン本部の事務。人生ってジョーク。


「紗季さん、帰る?」

佐々木さんが、遠慮がちに聞いてくる。


「うん。今日はさすがに……」

“辞めたら楽”より、疲れたが先に出る。


「おつかれ」

彼女の声がやけに柔らかい。

なぜだろう、帰り道のエレベーターがいつもより静かで、鏡に映る自分のメイクだけが妙に鮮やかに見えた。


(まあ、今は今で悪くない……って、言い聞かせるのって、いつまで効くんだろ)


そうして週末が終わる。


そして月曜、私は“空気”に出迎えられた。



第1章:口癖、拡散される


朝のオフィスはコーヒーと紙の匂いが混ざっていて、いつもならそれだけで少し救われる。

でも今日は、みんなの視線が、ミルクを入れすぎたカフェオレみたいに薄くて、妙にぬるい。


「おはようございます」

言った瞬間、何人かが“早すぎる反応”で「おはよう」と返してくる。


(……なんだこの、気遣いの高速道路)


席に着くと、私の机の上に小さなメモが置かれていた。

『無理しないでね』

丸っこい字。佐々木さんだ。かわいい。怖い。


そこへ、課長の石田がやって来た。四十代、笑うと目尻が下がるタイプ。いつもは「お、今日もおしゃれだね」くらいの軽口で済ませる人なのに、今日は違う。


「紗季さん」

声が、やさしすぎる。やさしさって時に凶器。


「はい」

私は椅子の背をピンと伸ばした。アクセサリーの小さな金具がカチ、と鳴る。


「最近、ちょっと……大丈夫? 無理してない?」

その“最近”に、金曜の私の独り言が入っているのがわかる。

私は笑顔を作った。薄く、上手に。


「え、あはは。大丈夫ですよ。ちょっと疲れてただけです」


「そう……。うん。無理しなくていいからね」

課長は頷きすぎるくらい頷いて、そのまま背後をチラッと見た。


そこに立っていたのは、総務の田辺さんだった。

手には、紙の束。

紙の束って、だいたい人の人生を左右する。


「紗季さん、こちら……」

田辺さんが微笑む。微笑みが、やけに事務的。


差し出された紙のタイトルを見た瞬間、私の心臓がアイスコーヒーに氷を落としたみたいに沈んだ。


『退職手続きフロー』


「え?」


「え?」

田辺さんも言った。「え?」って言いたいのは私だよ。


課長が慌てて手を振る。


「いやいや、まだ決まったわけじゃないよ! ただ、もし相談したいなら、いつでもっていう……」


「相談……?」

私の声が、思ったより裏返った。

口元を押さえる。唇のグロスが指に少しついた。


(待って。私、金曜に“辞めたら楽かな〜”って言っただけ。言っただけで、退職フロー? え、私って、そんなに辞めそうな顔してた?)


「紗季さん、心の準備が大事だから」

田辺さんの言葉が、やけに優しい。優しさが、怖い。


私は紙を受け取ってしまった。

受け取った時点で、何かが進んだ気がした。

物語が勝手に次のページにめくられたみたいに。



第2章:辞める人への“優しさ”


その日の午前中は、仕事が仕事にならなかった。

メールを打ちながらも、頭の片隅で『退職手続きフロー』がずっと光ってる。


(私の口癖、ここまで社会的影響力あったんだ……。インフルエンサーじゃん。最悪の。)


昼休み、私は給湯室でマグを洗っていた。

後ろから、ひそひそ声が聞こえる。


「……紗季さん、辞めるんだって」

「え、まじ? おしゃれな人って、すぐ違う世界行くよね」


違う世界ってどこだよ。異世界転生でもするの?

いや、私が転生したいのは、雑誌編集の世界なんだけど。


私は蛇口の水を強めにひねった。水の音で心を洗うつもりだったけど、心って洗剤じゃ落ちない。


午後、電話が鳴った。

内線表示には『秘書室』。


(秘書室って、何? 私、そんなに偉い辞め方するの?)


「はい、紗季です」


『紗季さん、お時間いただけますか。今日このあと、社外で——』


社外。

嫌な予感って、だいたい当たる。



指定されたのは、会社から少し離れた喫茶店だった。

ガラス窓に午後の光が揺れて、木のテーブルがやけに温かそうに見える。なのに私の心は、冷蔵庫の奥で放置されたプリンみたいに固い。しかもスプーン入れたら、たぶん割れる。


席にいたのは秘書室の女性。

きっちりしたスーツ、きっちりまとめた髪、きっちりした笑顔。

一ミリも遊びがない。定規か。


そして、その奥に——。


「久しぶりだね、紗季さん」


……社長。

黒田社長。

私が入社した年、社長に就任したばかりで、やたら現場に顔を出していた人。

その流れで、なぜか面接にもいた人。


(なんでトップが面接にいるんだよ、当時の会社。

 そして、なんでそんな場で私は人生語ったんだよ)


「……お久しぶりです」


椅子に座りながら、私はネックレスのチェーンをいじった。

落ち着け私。今日はお茶会。処刑じゃない。多分。


社長はコーヒーを一口飲んで、いきなり言った。


「辞めるんだって?」


直球すぎて、変な声が出そうになるのを飲み込んだ。


「い、いえ。辞めるって決めたわけじゃ……」


(誰だよ、社内で独り言を公共放送したやつ。

 私だ。しかも高音質)


社長は目を細めた。

その目つきが、面接の時と一緒で、私は内心で悲鳴を上げる。


「面接のときさ」


来た。

来ましたよ、黒歴史回想タイム。


「君、“本当は雑誌のエディターになりたかったけど、安定が欲しいです”って言ったんだ」


「……っ」


言った。

よく考えたら、それだけでも十分アウトだ。


社長は、笑いながら秘書の方を見る。


「これ、今だから笑えるんだけどね」


(今だから、って何……当時は笑えなかったってこと?)


「要するに、“第一志望は別です。でも御社は保険です”って宣言してるようなもので」


「ちょっと待ってください!!

 それ以上、翻訳しないでください!!」


私は机に突っ伏した。

木目が近い。社会の木目。


秘書の人が、口元を押さえて笑っている。

完全に“やらかした若者エピソード”枠。


(終わった……私の社会人スタート、終わってた……)


社長は楽しそうに続ける。


「で、最後にね。“ここでダメなら、もういいんです”って」


「うわぁぁ……」


声が、心の底から出た。


(あの面接の時にいた人、全員消して。

 可能なら、時間ごと消して)


「普通なら落とすよ?」


さらっと言われて、心臓が止まりかけた。


「え」


「でも、君の目がね」


社長は、そこで少しだけ真顔になった。


「泣きそうなのに、それでも来ましたって顔してた」


その言い方が、ずるい。


「だから、逆に忘れられなかった」


(やめて……そういう評価、今さら聞きたくない……)


社長はカップを置いて、また少し力を抜いた。


「面接ってさ、ほんの少しだけ人生に関わるだろう?」


軽い口調。

でも、ちゃんと重い。


「だから」


一拍置いて、私を見る。


「今の君と話がしたかった」


(……この人、本当にズルい)


逃げ道を塞がないくせに、

ちゃんと目は逸らさない。


社長は続けた。


「辞めるにしても、残るにしても、僕はどっちでもいい」


秘書の人の笑顔が、ほんの一拍だけ遅れた。

(いや、今それ言う!?)


「でもね」


社長は、面接の時と同じように、少し首を傾げた。

考えるときの癖。たぶん無意識。


「君の“辞めたら楽になる”って」


……知ってる。

やっぱり知ってる。


(ああもう。私の口癖、社内共有ファイルか何か?)


「それ、本当は“楽”の話じゃないんじゃないかな」


声は柔らかい。

否定じゃない。決めつけでもない。


「楽になりたい場所、別のところにある気がして」


その言葉が、胸の奥に静かに落ちた。


私はネックレスから指を離して、カップを見つめた。


(……辞めるとか、残るとかの前に)


(私、何から逃げてるんだろ)


社長は、それ以上何も言わなかった。

答えを催促しない。

でも、問いだけは置いていく。


午後の光が、ガラスに揺れている。


私は小さく息を吐いて、心の中で自分にツッコんだ。


(ほんと、面接で人生語るな。

 あと独り言は、せめて心の中でやれ)



第3章:本音と向き合う


その夜、私は大学時代の友人・里緒に呼び出された。

駅近の立ち飲みカフェ。里緒は相変わらず、前髪が完璧で、口紅が強い。


「で? 辞めるの?」

里緒はスパークリングを片手に、開口一番。


「辞めない……かもしれない……」

私は曖昧な返事をして、アイスコーヒーをストローで混ぜた。氷がカラカラ鳴って、私の心に似てる。


里緒は私の顔をじっと見て、鼻で笑った。


「なにその顔。『辞めたい』って言いながら『辞めたいって言ったら怒られるかな』って顔」


「私、そんな顔してる?」

してるよね、うん。


里緒はテーブルに肘をついて、少しだけ声を落とした。


「紗季さ。昔さ、雑誌作るって、めっちゃ楽しそうだったじゃん」

「……」


「学祭のパンフ、誰よりこだわって。

文字の余白とか、写真のトーンとか、変態みたいに調整して」

「変態は余計」


でも、否定できない。

あの頃の私は、寝不足でも笑ってた。完成した紙面を見て、心が踊ってた。


里緒がストローで私のグラスを指す。


「今の紗季、その“居場所のなさ”、仕事のせいじゃないでしょ」

「……」


「夢、置いてきたから。

置いてきた場所が、ずっと心の中で空席になってる」


言葉が、静かに落ちた。

まるで、カフェの床に落ちた角砂糖みたいに、溶けないままそこに残る。


私は笑おうとして、笑えなかった。


「……辞めたら、楽かなって思うのは」

喉がきゅっとなる。


「“辞めたい”じゃなくて——“動きたい”なのかも」


里緒は少しだけ目を丸くして、それからニヤッとした。


「ほら出た。紗季、そういうこと言うときだけ、ちゃんと編集者みたいな言葉選ぶ」


「うるさい」

でも、胸の奥が少しだけ温かい。

怖いのは、辞めることじゃない。

このまま何もしないで、夢が“ただの昔話”になることだ。



第4章:残る理由、見つける理由


翌朝、私はオフィスの自席で、パソコン画面を見つめていた。

企画書のフォーマット。真っ白。

でも、真っ白って、嫌いじゃない。ここに何かを“作れる”から。


(辞める、辞めない、じゃなくて。私が動く場所を、ここで作ればいい)


私はアクセサリーの指輪をくるっと回して、深呼吸した。


——カフェ本部のSNS。

毎週の投稿はあるけど、正直、無難で、売りたいものだけが前に出てる。

“人”がいない。ストーリーがない。


私はキーボードを叩き始めた。

タイトルはこう。


『“働く人のコーヒー”企画:一杯の裏側を見せる連載案』


店舗スタッフ、焙煎担当、開発部、そして本部の地味な私たち。

誰かの生活に寄り添う飲み物だからこそ、作ってる人の生活も見せたい。


(……これ、雑誌の編集と同じじゃん)

胸が少しだけ跳ねた。

置いてきた夢が、手を伸ばせば触れられる距離に戻ってきた気がする。


昼過ぎ、私は課長のデスクに企画書を持って行った。

緊張で、ネックレスが肌に冷たい。


「課長、お時間いいですか」


「もちろん」

課長の笑顔は、いつも通り。でも、どこか身構えてる。

“辞める話”が来ると思ってる顔だ。


私は企画書を差し出した。


「辞めるとかじゃなくて……これ、やりたいです」


課長はぱちぱち瞬きをして、紙を受け取った。

目が走る。

黙る。

沈黙が、心臓に悪い。


(やめて。沈黙って、だいたい不採用の前奏曲)


でも課長は、ふっと息を吐いて笑った。


「……紗季さん、こういうの、得意だもんね」


その言葉が、思った以上に効いた。

私の中の何かが、ほどける。


「やってみよう。上に通す。

ただし、ちゃんと数字も追う。いい?」


「はい!」

返事が明るすぎて、自分でびっくりした。

課長がちょっと笑う。


「で、退職の件は——」


私は姿勢を正して、言った。



ラスト:辞めません、たぶん


「辞めるの、辞めます」


課長が一瞬固まって、それから噴き出した。


「日本語難しいなぁ!」


「すみません、私の脳がコーヒー切れで」

私は照れ隠しに髪をくしゃっと触った。イヤーカフが軽く揺れる。


課長は笑いながらも、目を細めた。


「よかった。

でも、辞めたいって思ったら、ちゃんと相談してね。今度は“独り言”じゃなくて」


「……はい」

私は小さく頷いた。


席に戻って、椅子に座った瞬間、私は机の下でこっそり拳を握った。

小さなガッツポーズ。

誰にも見られてない。たぶん。

いや、見られててもいいか。今日は。


(辞めるのが楽、じゃない。

動けないのが苦しいんだ)


画面の白い企画書が、もう白く見えない。

そこには、私の“次”がいる。


そして、また独り言が出る。

でも今度は、少し違う。


「……辞めない方が、”楽”しいかもね」


口にした瞬間、私は自分で笑ってしまった。

オフィスの蛍光灯は相変わらず白いのに、なぜか今日は、少しだけ優しく見えた。

ここまで読んでくれて、ありがとうございます。


この話が、

どこか一行でも、誰かの中に残ったら。

……それなら、辞めないで書いてよかったかも、です。


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