表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

54/60

54通目 ゴブリン王ボトムの手紙

ドラゴン族アルベリッヒ王、

並びにエルフ族の長フィロストレリア・エルフェンノルン殿

両名へ


 粛啓 この世には、綺羅星よりも美しく、野に咲く花よりも愛おしい、そういう者が存在するということを、僭越ながらこの身で世に広く知ろしめすことが出来たこと、両兄には感謝の極みである。


 あとはただ、我が身に起きたことなどを記す次第。


 華やかな宴、事実上の我ら三妃の『華燭の典』が果てた後、リネッテと共に、シュトラスレートル城の廊下を腕を組んで歩むことになった。


「お父様もお母様も、ほとんど、貴賓席でうとうとしていらっしゃったけれど」


「『我らが義父上、義母上には、僕が持っている中で一番の「最高の酒」をお贈りした次第。もちろん、美味しさだけではなく「度数」もですがね』と、フィロストレリア兄上が言っておったな。我は出来の良い弟ゆえ、兄の判断に謹んで従ったまでのこと」


 リネッテが吹き出した。


「………全く、お義兄さまったら!」


「内緒、ということでここは一つ」


「そうね。もちろんよ」


 そして、寝室と、中庭へ向かう通路の分かれ道で、足を止めた。


「…………リネッテよ」


「何かしら」


 同じように足を止めたリネッテが廊下で振り返る。月の明かりが、美しいドレスを彩って輝くが、その顔には、それ以上の、そして、今まで以上の輝きがあった。


「我は、一族郎党を守るため、まだ年若きそなたを娶った。改めてその件、詫びようと思う」


「いいのよ」


「破壊された『鷲の大崖』に大トロルを埋めて、皆で平原に引っ越すことを考えておる。鉱脈からそう遠くない場所に、もう一本砂金の採れる小川があり、花畑も近い」


「オリバーが煉瓦を調達してくれるわ。雨季の平原って本当にぬかるみやすいのね。身をもって知ったのよ」


「我の判断で、危険な目に遭わせてしまった」


「それでも、生きているわ。………今夜ほどに、生きているって実感したことはないの」


「ならば今あらためて告げよう」


「告げる?」


 腕を組んで、立ち止まったまま、掌だけを取った。


「愛している」


 小さな美しい掌(この美しい掌を『小さな』と表現できるのも、今宵限りであろう)けれど平原にいる間に少し荒れた爪の先が、何とも愛おしい。


「あたしもよ。………しっかり言わないとって、思っていたの。愛してるって」


 中庭から、ビーゼン老が奏でるドワーフの竪琴の音が微かに響く。


「…………リネッテよ。ここに、『満月草の種』がある。食べれば、永遠に姿を変えることが出来る………そういうものである」


「…………永遠、に?」


「我らが採取した瓶の中に転がり落ちていた一粒を、『木叢の館』の学者達が発見したのだ。つまり、我が食べれば、そなたを胸の中に抱いて毎晩眠ると言う夢を、果たすことができる」


 リネッテが息を呑んだ。そんなリネッテに言う。


「この姿で、我がそなたを抱いて寝るか、そなたが、いつもの姿の、矮小で緑の肌の我を抱いて寝るか。まさしく、難しい問題ではあるな…………」


 リネッテが、我の腕を取る。気が付くと、抱きしめられていた。あの雪山以来の出来事である。栗色の愛おしい髪が、胸の中で揺れる。


「あなただけなの。あたしが、愛しているのはあなただけ。きっと一生そうよ。…………そう、今日のあなたはとんでもなく素敵よ。本当に、くらくらするくらい。ずっとこうしてたっていいくらいよ。………でも、それでも、あたしが好きなのは、『どっちの』あなたか、もう、わかっていると思っていたわ」


 思わず、苦笑が漏れてしまう。


「愛しいリネッテよ。前にも言ったが、我は怯懦なのだ」


 リネッテが顔を上げて、中庭へ続く通路から差し込む月の光が映り込んだ大きな瞳で、我を見る。そして、言った。


「………背丈が届かなくっても、肌が緑色でも、それがなんだっていうの。あなたは、夢も何にもなかったあたしに、夢以上のものをくれたわ。……五回も、永遠をくれたわ。………だから、言うわ。『本当のあなたのやり方で、あたしを愛して』」


 この言葉以上の喜びを、我は知らない。


「リネッテ」


 そのまま、愛しい、誰よりも愛しいこの、我が妃を抱き上げる。そして、中庭へと向かう。


「中庭に、良い酒がある。フィロストレリア兄上秘蔵のものだ」


「最高ね」


「永遠が五回で足りぬなら、五百万回でもくれてやろうぞ」


「待ってるわ」


「今宵はこうしてそなたを膝に抱いたまま、たっぷりと、美酒を味わうとしよう」


「悪い人がよくやってるやつじゃないかしら、それ」


「我は悪い男ゆえにな?」


 中庭へと出ると、ビーゼン老が目を丸くする。


「やや、大きなボトム王よ。そなたの寝台を彩るには、我が竪琴の腕の技量は足りなんだか……」


 我は片目を閉じて言ってやった。


「良き音色である。平原の新しい館の寝室で、ゆるりと聴きたいものよ」


「すなわち、今宵は………」


「あたし、『いつもの』陛下が好きなのよ。今宵の陛下も、とっても素敵なんだけど!」


 そこにやってきたのは、アンフィーサ義姉上だった。


「答えは出て? わたくしの可愛い妹」


「たった今、答えが出たの。不思議ねお姉さま。すごく不思議。あたし、きちんと、正しい道を選べたわ」


「そう、わたくしも、決めたのよ」


 そんな義姉上に、恭しく『満月草の種』を渡す。


「もしかして………」


「……私は夫を愛しています。きっと一生変わらない。けれど、この人間の姿では決して成し得ないことがあります。だから、愛と、貴方達の持ってきてくれた一粒の奇蹟に、魂だけでなく、肉体も全て委ねる、ただそれだけのこと。ああ、でも、美しいドレスは今宵で着納めかしら……」


 ゴブリン達がやってきては、口々に言う。


「姫姉様は平原でわしらを助けてくれた」


「間違いなく、立派なドラゴンになれますわ。赤くて、とっても美しいドラゴンに!」


「平原に、いつでも遊びに来てくださいですよぉ! 我ら一同、お待ちしておりますですからして!」


 腕の中からリネッテが飛び出して、アンフィーサ義姉上を抱きしめた。


「お姉さま、お姉さまはとうとう本当に、本物のドラゴンになるのね………!!」


「ええ、そうよ。それが出来ることも、そして、ドラゴンになっても尚、己の力を存分に役立てることができることも、あなたと皆が、証明してくれた。わたくしは自信を持って、これから先の一生を、人間ではない姿で、生きていくことができます」


「お姉さま……」


「これからのお手紙は、妖精便の子の代筆になるわ。いつでも送ってちょうだいね」


 そこに、ヒトの姿のアルベリッヒ王がやってくる。


「………朕らは本当に、良き妃を娶ることが出来たというわけだ。それと我が妃はこうも言った。『わたくしの妹は決して見誤らない。故に、あの種は必ず、わたくしのものになります』と。あの日汝らに雪山で課した試練が、今こうして身を結ぼうとしている。深き感謝を」


 リネッテがドレスの裾を持ち上げ深々と礼をして、答えた。


「あたしの大事なお姉さまを、どうか、宜しくお願いします」


 シーバスレリアとフィロストレリア兄上が、エコールとベラ義姉上と共にやってきた。


「言ったじゃないか兄上、賭けるまでもないって」


「まあ結局皆こうして、中庭に来たってわけだ。人間で言うところの『二次会』ってやつだね」


「シーバスレリア、あんたの兄さんは本当に良く出来た悪党だねえ。奥様の前で言うことじゃないけど」


「ふふ、知っていてよ? 母体にお酒は禁物だけど、そのかわり、素敵な恋物語や、とびっきりの冒険物語はたっぷり聴かせてあげたいものね」


 ドラゴンやエルフやゴブリン達が、あちらこちらで愉快に飲み明かす庭で、ビーゼン老が陽気に笑う。


「今宵一晩で百曲は作れるであるぞ! さあ、さあ、皆が首を長くして待っているであるぞ!」


 中庭に入場すると、種族を超えて飲み明かしていた一同が沸く。


「何て美しいお妃様達だろう!」


「うちの王様まで『でっかく』なるとはなあ!」


「とうとう我らの『小さき』お妃様も、我らと同じようにドラゴンのお姿になるらしい」


「そいつは頼もしい限りだなぁ! 上の姫姉様にはずいぶん平原で助けて貰った。どうかこれからは、お前さん達、上手いこと助けてやってくれよ!」


「慣れねえこともあるだろうからなあ!」


 マリィとオリバーが駆けてくる。


「うわあ、すげえな、ボトム王。本当に、人間になったのか………」


「これは今宵一晩限りの夢である。だが、我が臣下よりも背が高いというのは、良きものであるな」


 するとオリバーが言った。


「平原に引っ越すんだって? 必要な資材はうちの協会が中心になって運ばせるよ。………だから、その、ちょっとの間、忙しいところ悪いんだけど………マリィを借りても良いかな。きっとうち、人手が足りなくなるからさ」


「まあ、もちろんよ! しっかりね、マリィ」


「は、はい! もちろんですわっ!! 煉瓦協会でもしっかりお勤めさせていただきます!」


「ドラゴン便もあるからね。どうぞ宜しく」


「頼もしい。まさに千人力である」


 あっという間に酒や、庭で焼いていたらしい肉や、新鮮な果実が運ばれてくる。


「あの水車小屋を移転して、粉だけは早く挽けるようにせねばな」


「またあのパンが食べられるのね!」


 リネッテが腕の中に戻ってくる。


「水車小屋も増やすか。客人が増える予感がするゆえに。そうすれば、どこに出しても良い食事を、すぐにいつでも提供できる」


「良いことだわ」


「良いことだとも」


 妃を抱きしめて、膝の上に載せて、今後の話をする。それだけでなんと幸せなことか。


 そして幸せな一夜というものは、何と早く過ぎていくことか。


 月が落ち、賑やかだった宴も閉会となり、酒にしたたかに酔ってうつらうつらと眠るリネッテを、城の寝台へと運ぶ。


 靴の踵の音が、静かな廊下に響く。


 この靴の音というものは、心地よくもあり、夢の終わりへの導きの音のようでもあった。


 柔らかいリネッテの身体を寝台に降ろし、腰を屈め、この愛しい妃の髪に、額に、瞼に、頬に、そして唇に接吻を落とす。囁くべきことを、耳元で囁いてやった。


 夢が覚めても、これからは夢ではない場所を共に歩むのだ、と。


 そして、次の瞬間に、我はいつもの、元の姿に戻っていたというわけである。


 寝台にいつものようによじ登り、この一日で起きた幸せを嚙みしめている内に、瞼が落ちた。


 こうして、世にも幸せな一日の幕が閉じていったのである。


 最後に、両兄には、限りない感謝を。


 我を兄弟として迎え入れてくれたおかげで、今日という日がある故に。


 我らゴブリン族にとってはこれからが正念場ではあるが、いかなる困難も、素晴らしき妃と兄弟に恵まれた今、必ずや一族と共に乗り越えることが出来るであろうことを記して、ここでペンを置こうと思う。 頓首啓白


貴兄らの忠実なる弟

ボトム・ゴブリンロード

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ