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53通目 リネッテから姉姫二人へ

親愛なるアンフィーサお姉さまと、ベラお姉さまへ


 前略 ベラお姉さまが空から中庭に到着して、賑やかな中庭に歓声があがって、あたしは我に返りました。


「美しいドレスを、持ってきたわ」


 樽の中にはルネもいて、美しく輝いているドレスをうやうやしく掲げているのです。


「さあリネッテ、あなたの一番美しい姿を、あなたの愛しいヒトに見せる時が来たと言うことでしてよ」


 アンフィーサお姉さまが言います。愛しい。それ以上の言葉なんて見当たりません。でも、愛しいって、何が何だかわからなくなるものなのね。


 それなのに、たった五回の口づけで、あたしの心にあった色々なもやもやは、あっという間に、どこかに消えていったのです。


 声をかけられて、はっとして見ると、ベラお姉さまが婚礼の時に来ていらっしゃった、あのきらきらと上品に輝く不思議な布で出来たドレスです。


「お揃いね。皆、少しずつ形は異なっているけれど。さあ、着替えに行きましょう」


 駆けてきたマリィがあたしのドレスを、感嘆の溜息を上げながら見つめています。


「殿方の皆様はそこで待っていなさいね。夜を楽しみに」


 お姉さま二人が楽しげに笑いさざめく姿に、中庭が一気に華やぎます。


「ベラ、リネッテ、わたくし達は皆、揃って婚礼衣装を着たことがなかったわね」


「ええ、お姉さま。やっと皆で揃って、衣装を纏って揃うことが出来た。本当に幸せなこと」


 ふとあたしは心配になって、呟きました。


「あたし、大丈夫かしら。………お父様とお母様も、いらっしゃるのでしょう? 特に、お母様はまだゴブリンが大の苦手なはず。舞踏会場に入れて貰えるかも怪しいわ。そうなったら……」


 ベラお姉さまが微笑みます。


「可愛い子。私達できちんと対策済よ。ボトム王には渡すべきものを渡してあるの」


「渡すべきもの?」


「あの賢いわたくしの義弟ならば、面白く、そして有用に使うことでしょう」


「お姉さま達と同じドレスだなんて、あたしだけ見劣りしちゃうんじゃないかしら……」


「今の貴方は蕾から花開いたばかりの、一人の女性に他ならないわ。私達にはない美しさがあるのよ」


 後ろでマリィがこくこくと頷いています。


「『五つの誓い』って名前がもう付いているそうよ。ああ、きっと大流行するわ。後世まで、永遠に。間違いないわ」


 また顔から火が出そうになります。


「私の夫が羨ましがっていてよ」


「奇遇ね。わたくしの夫もです」


 お姉さま達と一緒に、ルネやマリィに手伝って貰いながら美しいドレスに着替えます。


 鱗を模した美しいレースにたっぷりのドレープのついたアンフィーサお姉さまのドレス、ゆったりとしてとても優雅な、裾の長いベラお姉さまのドレス、そして、


「花冠をイメージして貰ったのよ」


 ふんわりとした、今まで着たことがないほど美しいドレス。胸元に幾つもの花のコサージュがあしらわれた、あたしのためのドレス。言葉に出来ないほど、嬉しくって。


「そういえばアルベリッヒお義兄様は」


「満月草を使うわ」


 『常冬の宮殿』での出来事を思い出して、あたしは何だか嬉しくなりました。またあの美しい踊りを見ることが出来ると思うと胸が高鳴って!


 けれど、ドレスに着替えた直後、


「リネッテはいて?」


 わざわざお母さまが、私の部屋に訪ねてきたのです。


「は、はい。こちらに」


「人間以外のものを舞踏会の広間に入れてはなりません。そう厳命しました」


「それは」


「いいですね」


「………あたしの夫であってもですか」


「何が夫なものですか。あれはただのゴブリンでしょう!」


「あたしは、ただのゴブリンと結婚した覚えはありません。お母様。世界でたった一人の、大切な、本当に大切な私の夫です。どうか、貶めないで」


「…………口ばかり、達者になって」


 何でお母さまは、私ばかりを憎むのかしら。


「幸せになれるはずがないでしょう」


「幸せです」


 かなり長い間黙り込んだお母さまが、顔を覆って言いました。


「………私は、ここに輿入れするときに………こう言われたのです。……あなたは三人の娘を産み、ひとりは一番気高いものと、ひとりは一番美しいものと、そして、最後のひとり、つまりあなたは、一番卑しいものと、婚姻すると」


 あまりにも、あまりにもひどい言い草です。あたしの、この世で一番大事なヒトを、卑しいだなんて!


 怒りよりも、ただただ、悲しくて、本当に悲しくて。言葉も出てきませんでした。


「いつかは、子供を産むことにもなるのでしょう。穢らわしい。いやらしい。ゴブリンと、交わるなんて、想像も出来ない。私の一族から、そんな子供を出すなんて、耐えられない……」


「……………………そうですか」


「そうですか、じゃあないでしょう!!」


「決めるのは、あたしです!! お母さまじゃない…………出て行ってください」


「とにかく、舞踏会には、出させ………」


 すると、そこにドアが開きました。


「お久しぶりであるな。我が義母上」


 悲鳴に近い声を上げかけて、やっとのことで面目を保ったお母さまが、忌々しげに返事を返します。


「義母上だなんて呼ばれる筋合いは……」


 すると、一輪の、見覚えのある花を手にした陛下が、お母さまの前で、それを口に運んだのです。あたしはびっくりして、目を見張りました。


「満月草……!」


 みるみるうちに、目の前で人間の姿へと変わっていく陛下を、唖然と見るお母さま。


「我が義母上、一つこっそりと忠告を。………今のはドラゴン族の山にて我らが採取した秘薬にも等しい花である。そして、我が兄ドラゴン王アルベリッヒもまた、これを使い今宵の晩餐に現れるであろう。人間以外の者、すなわち世にも稀なるドラゴンの王を、宴に招き入れないとなれば、『それ相応に』国を憂う事態に発展するであろうがな」


 特徴的な鉤鼻と大きな黒い瞳はそのままの、少し痩せていて、それなのにどこか立派な、背の高い壮年の紳士が、くつくつという、聞き覚えのある笑いを溢して、言いました。


「そ、それは………」


 すうっと目を細め、お母さまの顎に人差し指と中指を当てて優雅に持ち上げ、その耳元で低い声で囁いたのです。


「義父上と、よく相談なされるとよかろう」


 そして踵を返すと、


「では我が妃リネッテよ。我らも晩餐の間へ」


 あたしに、手を差し出しました。いつもの手と違って、『私よりも大きな掌』を。


 安心して、なんだか泣き出しそうになるのをぎゅっと堪えて、私は答えました。


「はい。ボトム王。あたしの、世界でたった一人の、唯一無二の夫。今宵、あなたと踊ることができるのは、あたしにとって最高の、名誉と、喜びです」


 その大きな手を取って、何時もよりずっと背の高いボトム王と共に、部屋に愕然と立ち尽くすお母さまだけを残して歩き出します。そして、隣の部屋で控えていたルネと、ルネの後ろにそっと隠れていたマリィに笑います。


「陛下! リネッテ様…………! 本当に、よかった……………」


「マリィよ。オリバーに宜しく伝えるように。この姿で後ほど、中庭にも足を運ぶか。皆、驚くことであろうな」


 マリィとルネがうやうやしく頭を下げて、足早にその場を立ち去っていきました。


「兄上達が、保存していた花を一輪くれてな。それとリネッテよ。………後で少しばかり相談してみたいこともあるのだ」


「あたしに?」


「うむ。今宵はいつもとは違う姿であるが、宜しかったであろうか」


 黒い髪に、とても印象的な黒い瞳。緑色『じゃない』肌の、背の高い彼を、「見上げる」日が来るなんて思ってもいなかったのよ。


「びっくりして、言葉も出なかったわ………」


「こういう『ちょっとした』悪戯は、我らがゴブリン族の特技でもある」


 かつん、かつん、と踵を慣らして愉しげに歩く陛下が、言う。


「目に見えるもの全てが、いつもより小さく見えるな。こうして、そなたと同じように歩く日が来ようとは」


 舞踏会の広間の前の侍従達が、ギィ、と音を立てて、扉を開けてくれます。


「全てが順調であった。感謝を、我が兄上達」


 既に席に座っていたベラ姉さまとフィロストレリアさま、相変わらず威厳たっぷりの姿のアルベリッヒさまとアンフィーサお姉さま。


 するとそこに、シーバスレリアが、見知らぬ女性の手を引いて、部屋に入ってきたのです。


「待たせたかな?」


 シーバスレリアより少し年上に見える、その背の高い女性が、口を開きました。


「何もかもが大きく見えるねえ。ああ、それと、私に踊りとマナーはあまり期待しないでおくれよ!」


 聞き覚えのある声。そして見覚えのある、濃い赤みのかかった琥珀色の瞳。


「もしかして…………エコール!?」


 ニッといつもと変わらない笑みを浮かべて、紅色の美しいドレスを着たエコールが言った。


「どこぞの失恋野郎が淋しくないように、うちの陛下とシーバスレリアの兄さんに頼んだのさ」


 フィロストレリアさまが笑いました。


「ドラゴン便の開業祝いに『花』を贈ってやる、と約束した旨も話したんだよ。花束じゃないけど、花束よりはいいだろう?」


 そして


「シーバスレリア、君だって僕らの兄弟に他ならないからね。僕らの一番自由で、優しく、剽軽な流れ星。君はいつでもどこにだっていけるけれど、どこにだって帰ってきていいんだ」


「兄上」


「此度の討伐、汝も、そしてエコールもまた、ねぎらわれるべき功労者である故にな」


 アルベリッヒ王も鷹揚に笑います。


「そうか。ああ、もう、兄上達には敵わないや。………それにしてもボトム王、すっかり背が高くなったね」


「今の我なら、そなたより少し、高いかも知れぬぞ?」


 二人が愉しげに笑いだし、そして同時に音楽が響き渡ります。楽師達による優美でゆったりとした音楽。立ち上がったボトム王に手を引かれて、あたしは広間の真ん中に出ました。


 あたし、いつだって、誰かの添え物ですらなかったはずなのに。今日は、身体がとても軽いのです。陛下が、囁きました。


「こうして、そなたの背中に手を回すことが出来る歓びを、嚙みしめておる」


「あたし、心臓が口から出てしまいそうだわ。あなたに、心の声が全部聞こえてしまいそう」


「大歓迎である。いくらでも聞こうぞ」


 初めてこうして一緒に踊ったのに、びっくりするほど陛下はお上手でした。そういえばゴブリン族は、歌も踊りも大好きな種族だったことを思い出します。


 お姉さま達二人も、それぞれゆったりと立ち上がって、それぞれのお義兄さまと共に、滑るように踊ります。私たちの左右で、楽しげに、美しい微笑みを浮かべながら。


「永遠に見ていられそうだわ」


「我らの三妃は、誰もがなんと美しいことか」


 永遠に続くような、柔らかくて美しい音楽。あたしたちの両隣で、幸せそうに踊るお姉さま達。


 それを満足げに微笑みながら見守ってくれる、大好きな友達のエコールとシーバスレリア。部屋の隅に控えたルネとマリィが、白いエプロンの裾で涙を拭うのが見えます。


 幸せって、こういうことなのね。


 あたし、今日はじめて人生で、自分が、自分の主役になったわ。


 そしてはじめて、お姫様の、そして、お妃様の役目をひとつ果たしたのよ。


 これからも、ずっとそうするの。そう、あたしは誰が何と言おうと絶対に、あたしのやるべきことを、あたしの大好きなヒトの隣で、ずっとしていくって決めたのよ。 草々


あなた達の妹(今日は本当に、あなた達の妹で良かったって思ったわ)

リネッテ・ブリンク

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