51通目 アンフィーサからベラへ
シュトラスレートル城から
賢き私の妹ベラへ
前略 ようやく『満月草』の効能が切れて、人間の姿に無事戻ることが出来ました。この中庭はエルフやドラゴン、そしてゴブリン達でごった返しています。
そして、ようやくわたくしの夫の背中に乗って帰ってきたボトム王を見て、リネッテが崩れ落ちて泣き出したのには困ってしまいましたけど。
「本当に、本当にもう駄目かと何度も思ったのよ………」
リネッテが座り込むと頭の位置がちょうど一緒になるボトム王が、そんな彼女の涙を拭いながら、
「無事で何よりである。怖い思いをさせてすまなかった」
膏薬を塗って包帯を巻いた手で、そっと優しく髪を撫でているのを見たシーバスレリアが言ったのです。
「……ああ、そうだ。リネッテ姫。君にもうひとつ朗報がある」
「え、あたしに?」
「僕が君にうっかり惚れていることが皆にバレた」
まるでちょっと散歩にでも行ってきた、と言わんばかりの口調。中庭中の視線が、三人に注がれることになりました。
「………………えっ、何、それ、どういう…………」
「というわけでボトム王、さっさと今すぐ彼女をここで抱きしめるなりなんなりしないと、ここに一匹、抜け目のない狼が手ぐすね引いて待っているわけだ。覚えておきたまえよ!」
「たとえ親友だろうが我が妃だけはやれぬぞ!」
すると中庭で丸まって休んでいたエコールが、笑いを噛み殺して、
「まあ、そうだねえ、こういうときは、遠慮せずに抱きしめて、キスの嵐でも降らしてやるのが甲斐性ってヤツなんじゃないのかねえ。『どっちが』リネッテ姫にそれをするのか、私は知らないけどねえ?」
シーバスレリアに加勢するのです。そしてエルフやゴブリン達、空を舞うドラゴン達までもが興味深そうに彼らを見て、あちらこちらで笑いさざめいています。
「………成る程、皆して我の『甲斐性』なるものをみたいと申すか」
ふん、と肩で息をしてから、ボトム王が掌の包帯を緩めて、くつくつと笑う。
「少し膏薬の香りがきついかもしれぬがな…………」
人差し指と中指で、リネッテの顎を持ち上げて、言ったのです。
「人間族の間では、接吻の場所に重要な意味があると聞く。知っている者は?」
こんな楽しい機会、滅多にないでしょう? わたくしが挙手して進み出ました。
「して、義姉上。髪は?」
「慕情」
リネッテの愛らしい胡桃色の前髪に、ボトム王が口づけを落とします。
「額は?」
「誠実」
前髪をもう片方の手でそっと掻き分けて、次は額に。
「瞼は?」
「憧憬」
驚いて声も出てこないリネッテの、さっきまで泣いていたその瞼に。
「頬は?」
「慈愛」
可愛い妹の、どんな果実よりも赤く染まった頬に。
「さて、それでは最後………唇は?」
「愛情」
桜色の、唯一無二の愛らしい唇に、迷いなく緑色の唇を、静かに落としたのです。
一瞬水を打ったように静まりかえった中庭が、わあっと花開くように沸き立ちました。
「さて、ここから先は、我ら夫婦の『秘密』にて」
囁くように、それでいて威厳たっぷりに締めくくるボトム王と、もう立ち上がることもできないほどに真っ赤になったリネッテ。
ああ、ベラ、これをあなたが見ていたら何と言ったかしら!
以前リネッテがあなたに、わたくしと、満月草で人間の姿になった陛下のキスを報告したと聞きました。ならばわたくしも、こうして書いて報告すべきである、との『合理的判断』です。
けれど、きっとこの中庭での一幕は、今後も『永遠に』語り継がれていくものになることでしょう。
そういう場に居合わせたことを、わたくしは誇らしく思います。
さあ、早く来て。皆が待っているわ。今宵は舞踏会。
お腹の御子にさわらないように、ゆったりとした曲を主に、と、城の楽師達には命じてあります。楽師達も、久しぶりの舞踏会で皆張り切っています。
では、もうすぐ会えることを楽しみに。 早々
貴方の姉
アンフィーサ・ドラコスリーベ




