05通目 侍女ルネから姉姫二人へ
シュトラスレートル城より
アンフィーサ姫様およびベラ姫様へ
急啓 突然のお手紙をお許しくださいませ。姫様がたが城を出て以来の大事件が起きたのです。
昨晩、ゴブリン族の王と名乗る者がこのシュトラスレートル城の門を叩きました。そしてすったもんだの末に謁見室に通すことになったのです。
何せうちのお后様は大のゴブリン嫌い。アーロン陛下も苦慮なさったことでしょう。私はすぐにリネッテ姫様を急いでお起こしして謁見の支度をするように取り計らうことになりました。
私が数分で姫様にドレスを着せて、コルセットを秒速で締めるのが得意なのはアンフィーサ姫様もベラ姫様もご存じのはず。そして、まだ寝ぼけまなこのリネッテ姫様を連れて謁見室に滑り込みました。すると、ゴブリンが言ったのです。
「我が名はボトム・ゴブリンロード。リネッテ姫を妃に貰い受けるべく『鷲の大崖』より参上した」
そう言うなり、二通の書簡をアーロン陛下に手渡しました。何と言うことでしょう。それぞれに、まごうことなき、ドラゴン王とエルフ族長のサインが入っているのでございます。
「確かにこれは、ドラゴン王とエルフ族長の証に相違ないが……」
困惑するアーロン陛下と、事態をよく飲み込めていないリネッテ姫様、そして謁見室の椅子の後ろから、身を震わせるお后様。
毒々しい緑色の肌に、麻で出来た服、粗末なアクセサリー、そして私たちの腰くらいまでしかない身長。ドラゴンやエルフとはまったく、これといって比べものにならない『王様』なのです。
「たかが、ご、ゴブリンの分際で我が家の娘と………け、結婚だなんて、忌まわしい、帰って、帰っておしまい!!」
お后様の金切り声が謁見室中に響き渡りました。金属で出来たラッパでもああは響かないでしょう。しかし、リネッテ姫様は言ったのです。
「………お母様は、あたしのことなど一度も見てはくれなかったのに。今更、そんなこと言うの?」
そう、私は、私含め城中の侍女、そして陛下ですら知っています。お后様にとって大事な娘とはアンフィーサ姫様とベラ姫様だけ。アンフィーサ姫様の様に魔法も使えず、ベラ姫様の様な抜きん出た美貌も持ち合わせない、出来損ないの姫だと言っては、リネッテ姫様などこの城にいないかのように振る舞っていたのです。
アンフィーサ姫様とベラ姫様のおかげで、リネッテ姫様は健やかに育ったも同然。
お后様はリネッテ姫様の真っ直ぐな視線に射すくめられて、石像のように固まりました。
「……お父様。このお方はあたしに用があるんでしょう?」
「は、話など聞く必要はない。………ゴブリンに娘を嫁がせる親などいるか!」
「お父様も、あたしのことを一度もみてはくれなかった。助けてもくれなかった。お母様と同じだわ」
その核心をつく一言で謁見室は凍り付きます。きっとドラゴン族が住まう山よりも幾分か冷たい沈黙に違いない、と私は確信しました。そしてリネッテ姫様は、凜とした声で、言ったのです。
「………あたし、嫁ぎます。あなた達が、私を、誰よりも大事にしてくれるのなら」
ボトム、と名乗ったゴブリン達の王が、深々と頷いて、姫様の前に跪きました。
「………では、我が妃リネッテ姫よ。我らがゴブリンは身内を何よりも大事にする。約束などするまでもないが、いまここで、そう、そなたを不当に扱った者達の前で約束することは、『人間にとっては』何よりも大事なのだろう」
そしてあくまでも真顔でこう付け加えました。
「これは『鷲の大崖』付近の我が採掘場より取れた砂金であり、暖かく大事に育てられた人間族の姫君を貰い受けるべく持参したものであったが、『顧みられていなかった者を自由に貰っていくのには』不要であるな」
ゴブリンのボトム王はそう言うなり、お付きのゴブリン達が手にしていた砂金の袋の紐を固く締めさせて、踵を返してしまいました。
上の姫様二人の持参金で、このシュトラスレートル城の金庫が空っぽになっているのは周知の事実。アーロン陛下もお后様も顎を落とさんばかりの顔になりましたが、これもまさしく『後の祭り』でございます。
調度品などはほとんどアンフィーサ姫様とベラ姫様の持参金代わりに持っていった後のこの城に、もはや結婚道具など揃ってはいませんでしたが、リネッテ姫様は、聞きました。
「あの……美しい調度品などは何も持っていくことはできないけど……それで、よければ……」
すると、ゴブリン王も答えました。
「我が『鷲の大崖』も、ドラゴン族やエルフ族のような豪勢な住まいではない。しかし、この婚姻に当たって重宝されるものがあるとすれば…………」
何事かを小声で答えました。リネッテ姫様は、すぐさま謁見室の隅に控えていた私を呼び、私が持っていた帳簿に何事かを書き記しはじめました。
『調理道具と庭の道具を準備して。あと私の部屋の敷物やカーテンと一緒に服と大きい布を出来るだけ多く持っていくわね。ロバ1頭に積めるだけ積んで、明日の朝日が昇る頃に発つわ』
そしてリネッテ姫様は、ゴブリン王に言ったのです。
「明日にはこの城を出るわ。ありがとうございます、王様。……あたし、もう一度お姉さま達の妹になれるのね」
ゴブリン王はくつくつと笑ってこう言いました。
「我が一族も、これで、ドラゴン族やエルフ族に連なる者になることができる。平原に住まう同胞達を守ることが出来よう」
こうしてリネッテ姫様の『お輿入れ』が決まったのでございます。
私は姫様にお供をする決意を致しました。この城のお姫様方を育て上げた自負もありますし、何より、陛下やお后様にお仕えするよりも何か、この老骨にも新しい風が吹くような、そんな場所を選びたくなったのです。
ゴブリン族の住まいや暮らしなんて、この城よりも遥かに劣っている。そう違いないというのに。
こんな不思議なことってあるのでしょうか。
とにかく、こうして私はリネッテ姫様の数少ないお付きの侍女として輿入れに同行することになったのです。
続報はまた今度お送りします。 あなかしこ
これから庭師やコック達から道具を分けて貰う予定の
忠実なる姫様方の侍女ルネより




