49通目 煉瓦職人見習いオリバーからボトム王へ
ボトム王へ
まさか手紙を書くことになるとは思わなかったけれど、俺が一番適任だと思って、こうして慣れないペンを取ることにした。
シュトラスレートル城下町に辿り着いたら、街中が騒然となった。
そりゃあそうだろう。ゴブリン達を詰め込んだ泥だらけの馬車と、樽を持ったドラゴンがいきなり飛び込んできたのだから。
冒険者組合の記章を付けた人達が、半分慌てながら野次馬達を押し返している。
その中から声がした。
「オリバー、オリバーはいるか!?」
親方だ。人混みをかき分けて叫ぶ声だ。エコールがそれに反応して、言った。
「あの坊ちゃんならここだよ! オリバー、降りるかい?」
「ああ!」
エコールが舞い降りると、樽の扉を開けてくれた。
「親方!! それに、お袋じゃないか!?」
降りて辺りを見渡すと、二人の人影が駆けてきた。
「あんた、そんな、泥だらけで、もう……!!」
「その脚はどうしたんだ。靴がねえじゃねえか」
正直、めちゃくちゃ泣きたかったけど、こんな衆人環視の元じゃあ、泣くにも泣けない。そこに、後ろから声がした。
「どうか、もっと、たっぷりと褒めて差し上げてください。オリバーはあたしたちの命の恩人なのですから」
樽から降りてきたのは、同じく泥塗れのリネッテ姫だった。
「あ、あんたは」
「リネッテ・ブリンク。このシュトラスレートル城生まれで、今ではゴブリン王の妃です。こんな格好で、少しみっともないけれど………」
あたりがまた騒然となった。なんて言っても、噂の『ゴブリンのお妃さん』だもんな。
「彼が小トロルを退治してくれて、それで………そうね、オリバーのお母さま、服屋さんって、この近くにあるかしら。この服でお城に入るのは、ちょっと良くないかもしれないことを、すっかり忘れていたのです」
「え、姫さん、俺、退治ってほどじゃ……」
「あなたがいなかったら、あたしもマリィも今頃あなたの靴と一緒にトロルのお腹の中よ。こういう時は、どんと構えていれば良いの。陛下から、臣下って呼ばれてたじゃないの」
「いや、まあ、それは………」
「というわけで、親方さまのお話も、オリバーから聞き及んでいます。素敵な煉瓦をありがとう。おかげで平原の村からの被害の声は聞こえてきません。それで……そうね、きっとこれからもっと色々な資材を発注することになると思います。どうか、その件宜しくお願いします」
深々と頭を下げられて、親方がしどろもどろになって慌てて手を顔の前で振った。
「い、いいってこった。何でも相談してくれりゃ、煉瓦一個から焼き窯まで何でも揃えてみせるんでな!」
お袋が言う。
「えっと、その、リネッテ姫様、お召し物ならそこの角の突き当たりのお店が、種類も大きさもいっぱいで、なんでも早く手に入りますです、はい」
「まあ、じゃあマリィの分も手に入るかしら」
樽の中から、さすがにこの群衆を見て、外に出るべきなのか迷っていたらしいマリィがおそるおそるやってくる。
「お買い物ですか、姫様」
「………あたし、自分の故郷の城下町なのにあんまり外に出して貰えなかったから、実はあまり詳しくなくって」
俺のお袋が言った。
「こちらでございますよ。案内しますわ」
親方がマリィを見て、言った。
「おめえさんが、ゴブリン族の侍女ってやつのマリィかい?」
「は、はい。あの………」
「………うちの坊主を助けてくれてありがとうな。ちっこいの。坊主が、迷惑かけてなきゃいいが」
ぱっとマリィの表情が明るくなる。
「迷惑だなんて! それどころか何度も助けてくれて! 本当に、わたし達にとっては騎士みたいでしたのよ、親方さま」
「騎士だぁ?」
「いや、そりゃ大袈裟だろ………」
「でも、本当ですわ! 砂金百袋でも足りないくらいの大活躍でしたもの!!」
そのやりとりが面白かったのか、かっかと親方が笑いだす。
「ほれ、お前も一緒に行ってきちんと靴を買ってこい。仮にも騎士様なんだろ? じゃあ、城まで見送ってやらなきゃなんねえ。こいつぁきちんと勤めた賃金だ。領収書はいらねえ」
そして掌に金貨をいくつか握らせてくれた。
「ありがとうな、親方。めちゃくちゃ会いたかった。正直もう死ぬかもって、何度も………思ったんだ………」
「泣きべそかくんじゃねえ。こっちも死ぬほど心配したんだ。さあ、行け行け。お前に何かあったらあの世のお前の父ちゃんに申し訳が立たねえが、騎士様になって帰ってきたとなりゃ話は別だ。胸ぇ張っていけ!」
ばんばんと背中を叩かれて、俺とマリィは姫様のほうへ走り出した。
人間の子供用の服の大きさがぴったりだったマリィと、質素だけどきちんとした清潔な服に着替えた姫さん、靴を買い直した俺で、店の前に来てくれたエコール(初めて間近でドラゴンを見たらしい店の主人が目をひん剥いていた)の樽に乗って再び城へと向かう。
「あたし、家出同然で出てきちゃったのよ。今更、門を開けて貰えるかしら……」
「俺は人生で三回くらい、お袋と喧嘩して家出したっけな。その時は窓から帰ったっけ……」
エコールが笑う。
「最悪、私が力づくで開けてやるから安心しなよ」
すると城下町がまた大きくざわついた。
振り返ると、そこにいたのはエルフ達の一隊を引き連れた、あの真っ赤なドラゴン、リネッテ姫の姉さんことアンフィーサ様だった。
背中には、これまた泥まみれのゴブリン達を乗せている。
「あの時の……皆、無事だったのね!」
「あったりめえよ姫さん! この姫姉さんがいてくれたおかげで千人力さ!!」
アンフィーサ様が悠然と空を飛んできて、ぎょっとして固まって腰を抜かさんばかりの、跳ね橋の門番に言った。
「心配は無用でしてよ。……さあ門番、跳ね橋を下ろしなさい。わたくしはアンフィーサ・ドラコスリーベ。この城で生まれ育った姫ですが、三種族同盟の『秘術』で今はこの姿。さあ、わたくし達の同胞達の馬車と戦士達を中にお入れなさい。中庭に、入るでしょう?」
凄みを効かせるっていうのは、こういうことなんだなって俺は心底実感した。
中庭の噴水で、トロルと戦い抜いた泥まみれのゴブリン達を洗ってやる。それをアンフィーサ姫が優しい吐息で乾かして言った。
「この姿も思っていたよりずっと、役に立つのですね」
ゴブリン達が笑う。
「姫姉さんの人間の姿、見てみたいなあ」
「さぞかし別嬪さんなんだろな!」
リネッテ姫が胸を張る。
「お姉さまはとっても美人よ。今だってとっても美人だけれど、ドラゴンに『美人』って言葉は使えるのかしら」
馬車の中から出てきたゴブリン達も総出で、エルフ達の武器やら甲冑やらの泥や汚れを落としている。
「わしら、こういう仕事は得意じゃからなあ」
「細けえところまで磨いてやらあな」
「何せ恩人だからなあ!」
エルフ達が少し申し訳なさそうに言う。
「君達の『崖』を、守ってやりたかったなあ」
「すっかり崩れちまったって話だが、何とかならあな!」
「エルフの兄ちゃん達が気にするこっちゃないさ。いつでも遊びに来てくれりゃいいってもんだ」
「うちのカカアも娘達も喜ぶってもんさね!」
甲冑を洗うゴブリン達女性陣から、黄色い声が飛ぶ。さっきまでの戦いが嘘のようにのどかな風景だった。
「いいもんだな………」
座り込んで、まだ脚に馴染まない真新しい靴を撫でていると、マリィがやってきた。
「そうだ。陛下へなんかこう、報告書っぽいもん書いた方が良いのかな。ペン、持ってないか?」
「すぐに取ってきますわ」
いつものように、でもいつもより真新しい服をなびかせながら小走りで走るマリィが呟いたのが、風に乗って微かに聞こえた。
「……わたしの騎士さま!」
というわけで、今こうして皆で、王様達の帰りを待っているってわけだ。忠実な臣下って大変だけど、悪くないな。
エルフ族の皆からも、エルフの族長さんの人となりを聞いたり、リネッテ姫のもう一人の姉さんの話を聞いたりしているところだ。
で、たった今、何かそれっぽい言葉を、やっとのことで思い出したので、締めの文に使わせて貰おうと思う。俺の死んだ親父が(俺が生まれるよりずっと昔、お城に一兵卒として務めてたって言ってた)よく聞かせてくれた、騎士道物語ってやつだ。
我ら臣下一同、お早い帰りを、お待ち申し上げる次第にて候。
オリバーより




