45通目 煉瓦職人見習いオリバーから親方へ
親方へ
『鷲の大崖』からゴブリン族一同とリネッテ姫と一緒に、シュトラスレートル城へ行くことになった。
一介の煉瓦職人見習いが、今では姫様の護衛だ。びっくりするよ。
剣も弓も使えないのにって言ったら王様が言った。
「機転が利くのは最良の武器である。天が必ず味方するゆえに。……それよりも、そなたを巻き込んだことを詫びねば」
「いいんすよ。しっかり、頑張ってきます」
「これを持っていくと良い。天候が気になるゆえな。馬に乗っていると特に」
見ると、蝋引きされた布でできた合羽だった。
「少し小さいかもしれないがな」
見るとリネッテ姫もきちんとそれを着込んでいる。
「ありがとうございます王様。こういう時って………えっと、なんていうんだっけ………ああ、そうだ、『我が王よ、ご武運を!』だった」
ボトム王が笑う。そして、姿勢を正して言った。
「では聴かせてやろうぞ。『我が勇敢なる臣下オリバーよ。我は汝に星よりも大事な者を託すのだ。勇敢な者に運命は味方する。さあ、行くが良い』」
お袋が寝る前に聴かせてくれたどんな物語よりも、俺はこの物語が好きだ。どうしたって終わらせるわけにはいかない。
しっかり姫さんを守って、城まで行くんだって心に決めた。
素手で、というのはさすがに心許ないので、馬車にあった槌(リネッテ姫が看板を村の入口に立てるときに使ったやつだった)を馬の背中に結んで、出発する。
昼までは何事もなかったけど、昼食を食べ終わって皆で再度出発した頃から、ぽつり、ぽつりと雨が降り出した。
「急ぎましょ。道がぬかるんだら進みにくくなるわ」
「そうだな」
雨脚が強くなる中進んでいこうとしたその時、ぼこり、と土が凹む不吉な音がした。
反射的に
「マリィ、これ着てろ」
脱いだ合羽をマリィに押し付けて、槌を手に馬の上で構える。
「姫さん、皆、走れ!!!」
ところが、ぼこり、ぼこりとあちらこちらから聞こえてくる。後ろからも、前からもだ。
「全員、馬車から出ちゃ駄目よ!!」
姫さんが手にしていたのは、先端にいくつも矢尻がついた、長い棒だった。
「昼休みに作ったのよ」
「最高だ。だけど後ろはもう無視だ。前にいるやつを倒す」
少しずつぬかるみ始めた地面から頭を出したその瞬間の小トロルを、槌で全力で殴る。
嫌な悲鳴と共に小トロルが頭を引っ込めていく。
「走って!!」
ロバの馬車がその傍らを猛スピードで走り出す。頭や腕を伸ばそうとする小トロルを、馬の上から棒で刺したり槌で殴ったりして土の中に追い返し、俺達も走り出す。
「見つかっちまった。こりゃあもう、時間の問題だ、くそっ……」
雨が強くなってくる。俺が両腕で槌を振るう間、手綱を手に必死で馬を操作するマリィが叫ぶ。
「馬車が!!」
前方の馬車が一台、ぬかるみにはまって傾いている。
「助けに……」
姫さんが馬の上で踵を返そうとしたその時、土の中から伸びた手が馬の足をがしりとつかんだ。
恐慌状態になった馬が、姫さんを泥まみれの地面に振り落とす。
「姫様!!」
止めるよりも早くマリィが馬から飛び降りた。
「う、あ、大丈夫……」
「お怪我は!?」
集まってきた小トロルに、すさまじい悲鳴と共に馬が見る見るうちにむさぼり食われていく。
「皆は」
泥の轍にはまった馬車から、鋤や鍬を手にしたゴブリン達が駆けてくる。
「駄目よ、戻って!!」
「くそっ………」
小さくなった馬の死骸が、土の中に引きずり込まれていく。そして、ぼこりと姫さんのすぐ横に、穴が空いた。
慌てて姫さんとマリィを突き飛ばして槌をぶち込んだその俺の脚に、薄気味悪い白い手が絡みついた。
「オリバー!!」
何も持っていないマリィが、その白い手に飛びついて力いっぱい噛みつく。白い手がびっくりしたように一瞬緩んだそのすきに脚を引っ張り抜くと、靴が脱げる。
ぼこり、と出てきた頭が、脱げたばかりの靴をむしゃむしゃと喰らう。
素足に、冷たい雨が打ち付けた。見ると、血が付いている。引っかかれたらしい。
「大丈夫だ、立てる!」
俺の靴をむさぼり食う小トロルを、全力で槌でぶん殴る。姫さんが叫んだ。
「駄目よ皆、戻って!!!!」
馬車から駆けてきたゴブリン達が、姫さんと俺達を取り囲んで輪になった。
「おら達の王様が、世話になっとるでね」
「そうよ。行商してるうちの夫は昔、人間に石を投げられたけど、姫様が来てくれたおかげで、そんなこともなくなったのよ」
「でっかい姫様がきてくれたおかげで、うちの崖はいつもより楽しくなった」
「お礼をせんとなあ」
ぼろぼろと、降りしきる雨の中でリネッテ姫が涙を流す。
「あなた達になにかあったら、あたし、王様になんて言えばいいのよ」
ゴブリン達が笑う。
「でっかい姫様になにかあったら、おら達だって王様になんて言えば良いかわかんねえ」
ごぼり、ごぼりと地面に穴が空く。十体ほどの小トロルが、俺達を取り囲む。舌なめずりしてるやつもいる。
今度こそ、万事休すだ。そう思ったとき、上空から大きく、そして美しい声が響きわたった。
「伏せなさい、リネッテ!!!!」
巨大な影が、雨を遮った次の瞬間、俺は上空を見上げて目を疑った。
真っ赤に輝く美しく大きなドラゴンが一体、すさまじい勢いで口から火を噴いたんだ。
「まさか…………まさか、アンフィーサお姉さま!?」
小トロル共が、すさまじい炎で焼かれ、半死半生で土の中に潜り込もうとしている。
「助けに来たぞお!!」
「行きな、あんた達!!」
翼の音がもう一つ。大きなドラゴンを先導していたのは、あのエコールだった。
樽の扉が開いて、石を手にしたゴブリン達が飛び降りてくる。
そして、火傷を追って動きが鈍くなっている小トロル共の目玉を、的確に石で潰していく。
リネッテ姫が上空へ叫んだ。
「お姉さま!! 馬車が、ぬかるみにはまっているの!!」
赤く美しいドラゴンが答える。
「ふふ、この姿でも気付いてくれて嬉しい限りよ、可愛いリネッテ。さあ、後は任せなさい」
そう言うなり、丸で歌うかのように、ぬかるんだ道に熱い息を吹きかけた。
蒸気が立ち上り、道があっという間に乾いていく。
そして大きな爪で馬車を引っ掛けて、すっかり渇いた道へ器用に戻しながら、ドラゴンの姿のお姫様が言った。
「エコール。リネッテと、そこの少年を樽へ入れてあげてちょうだい。あなた、お名前は?」
「え、お、俺ですか。オリバーです」
「わたくしの可愛い妹を守ってくれてありがとう。それとマリィも。さあ、もう大丈夫。皆で、城まで駆けなさい。わたくしはこの忌々しいトロル達を『始末』してから参ります」
降りてきたエコールの樽の中に、俺はリネッテ姫とマリィと共に向かう。入れ違いになったゴブリン達が
「でっかい兄ちゃん、怪我したのか!」
「いけねえいけねえ。泥と怪我は相性が悪いんだ。怪我をしっかり洗ったらこの毒消し草を食んで、この薬を傷口にたっぷり塗るんだ」
「おれのこっちの水筒を使いな。口つける暇もなくてよ。清潔な水だぜ」
ポケットや腰の荷物袋から、いろんな品を出してくれる。
「皆、ありがとうな………」
「でっかい兄ちゃん、あんたはうちの姫さんを助けてくれた。あんな状態でも逃げねえ男ってのは見込みがある!」
「あと少しでお城だ! ドラゴンの姫姉さんもいる。ここは俺らにまかせて走れ!! あとは嬢ちゃん、頼んだぜ!!」
「任せな!」
その瞬間、うす暗い空を覆う雨雲を割って、真っ青で荘厳なドラゴンを先頭にした一体が、『鷲の大崖』へと羽音を響かせながら飛んでいった。
「あれは、一体………」
「わたくしの夫、アルベリッヒ王でしてよ。二十フィーバスもの大トロルの討伐は、エルフやゴブリンだけでは心許ないことでしょう。さあ、急いで」
今日から神様を信じても良いな、なんてことを頭の片隅で考えながら、俺は思わず樽の中にへたり込んだ。
言われたとおり苦い毒消し草を噛んでなかったら、気絶してたかもしれない。
マリィが丁寧に脚を洗って傷口に薬を塗ってくれた。馬から落ちた姫様も、泥だらけにはなったけど怪我はなかった。
「もう駄目かと、思ったんだ。本当に、良かった………」
涙が出そうなのは、毒消し草が苦いせいにした。お袋の顔が浮かぶ。また会えるんだな、と思ったら、また涙が出そうになった。
見ると、リネッテ姫がまだぽろぽろ泣いている。
「もし、皆が来てくれなかったら……」
「考えるのは、やめとこうぜ。そもそも姫さんが王様に嫁いでなかったら、ここの皆そろって全滅してたかもしれないってことだろ」
「…………そ、そうね。そうなのかしらね」
「普通の姫さんってのはきっと、姉ちゃんがドラゴンに変身して……変身、したんだよな? まあ、詳しいことはとにかく、こんな場所に一気に飛んで助けに来てくれたりはしないさ。王様だって無事に決まってる。シュトラスレートル城で待とうぜ」
「そうね。ありがとう、本当に」
「マリィもありがとうな。あやうく俺が小トロル共の昼食になるところだった。命の恩人だ」
「そんな、そんなことはありませんのよ……」
もう涙も出てこない、といった顔でぐったりしているマリィを撫でてやる。
こうしてようやく、俺の人生で一番大きい冒険、まさに『一番長い日』が終わったってわけだ。
冒険者組合にも連絡をよろしくな。
城に姫さん達を送り届けて、諸々済ませたら、一回顔を出しに行くよ。今は、無性に、皆の顔が見たいんだ。
オリバーより




