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44通目 エコールからリネッテへ

リネッテ姫へ


 前略 いつもの妖精便の子が『常冬の宮殿』から戻ってきて言ったんだ。


「エコールさま、エコールさま、どうかわたくしを、ドラゴン便の『私書箱』にしてくださいませ。アルベリッヒさまが、許可をくださいました」


「うちの陛下が?」


 妖精便の子が、どこかの『組織』に個人的に属するのを『私書箱』っていうのさ。その契約は、妖精に名前を与えること。


 ドラゴン族ってのは閉鎖的なところだ。私みたいな放浪者なんてそんなにいやしない。ましてや組織を立ち上げようとする者なんて論外だ。それを、アルベリッヒ王は許してくれたってことだ。


「いいよ。あんたにはもう何度も助けて貰ってる。あんたの名前は『アナーサ』、この私の可愛い私書箱。ドラゴン便の可愛い秘書だ。これからも宜しく頼むよ!」


 背中の族長さんが笑う。


「ドラゴン便、か。あのドラゴン族が、他種族との新たな交流の入口に、君を選んだんだね。すごい名誉あることだ」


 ニィ、と笑って私は言ってやった。


「戦いが終わったら人間族のよくやってるあれが欲しいね。開業記念に店先に飾る花束さ。ついでに良い酒を送っておくれよ、族長さん!」


「もちろんだとも!」


 眼下から煙と、なんだか香ばしい香油の香り、そして、凄まじい咆哮が聞こえる。


「………あれが『大トロル』ってやつかい!? ドラゴン族の何倍も大きいじゃないか。しかも頭が、二つある………」


 すると族長さんが、顎に手をやって数秒間考えた後に言った。


「………エコール、開業祝いに最高の花束とものすごくいいお酒を贈ろう。約束だ。あの大トロルの真上に行けたら、の話だけど。君なら、出来るね?」


「酒飲みはこういう時にヒトを煽るのがうまいから困るよ。やってやろうじゃないか! 手紙から兵士までなんでも送る『ドラゴン便』、これが初仕事だよ!!」


 一旦上昇し、狙いを定める。そして、大トロルのでっかい頭をめがけて、猛烈な勢いで急降下した。そんな私の背中を滑るように族長さんが走り抜け、剣を両手で構えて飛び降りる。


「これなら………どうだ!!」


 脳天のど真ん中に、上空から振り下ろされた剣が深々と突き刺さる。大トロルの悲鳴。同時に、空中で樽の扉が開いた。


「エコール殿! 我らも続きます!!」


 頭へ、肩へ、大トロルが土から盛りだしている部分を目がけて、樽の中のエルフ達が飛び降りていく。ロープを手に飛び降りながら、剣を構えて大トロルの巨大な頭のあちらこちらに剣やら弓矢やらを容赦なくぶっ刺していく。


「死ぬんじゃないよ、無事でいな!」


 そして空から辺りを見渡して、小トロルの群れなす中に向けて叫んだ。


「どこにいるんだい、シーバスレリア!!」


「ここだ!!」


 一本の矢が真上に飛んだ。急降下して小トロルどもを体当たりで薙ぎ倒すと、砂煙の中に、ボトム王、ドワーフのじいさんと一緒にシーバスレリアがいるのが見えた。


「生きてたね。無事でよかった。あんたの森から援軍が来る。もう少し持ち堪えな」


「今の大トロルの悲鳴は」


「あんたの兄さんがあんなに豪気だなんて聞いてなかったよ。上空から飛び降りて、ドワーフの剣を、脳天にぶっ刺したところさ」


 シーバスレリアが、七人のエルフ達が組み付いた大トロルを見て不敵に笑う。


「兄上とは喧嘩して勝ったことがなかった。大丈夫。それより……」


「エコールよ。疲弊した者達を拾い上げて下がれるか。こちらは正直な話、そろそろ『ぎりぎり』なのでな」


「任せときな。あんた達、こんな数相手によく頑張ったよ。それと、そろそろあのデカブツ、崖から出ちまいそうだ」


「援軍が来るまで持たぬか……」


 ボトム王が息を吐く。そこに、ぽつり、ぽつりと雨が降りはじめる。


「これは、崖がますます崩れやすくなるな。雨が強くなればこちらの体力も奪われる。火矢も火石も使えない」


「エコール、頼んだよ。本格的に雨が降る前に」


「了解!」


 もう一度飛び上がると、疲れきって肩で息をしているゴブリン達をみつけては問答無用でひっつかんで、樽の中に放り込む。


「何するんだ、ドラゴンの嬢ちゃん!」


「俺たちゃ、まだ戦えるんだぞ!」


 樽の中から案の定、不満げな声が上がってくるけど、


「『嬢ちゃん』だなんて読んでくれるのはあんた達ゴブリン族くらいさ。嬉しいねえ! 今後もご贔屓に願うよ!!」


 全部無視して笑ってやった。


「皆よく頑張った!」


 五十体近い小トロルに囲まれた中で、ボトム王は言う。


「だが、これから土が脆くなる。つまり馬車がぬかるみを走らなければならなくなる。小トロルどもに見つかれば格好の獲物にならぬとも限らぬ。疲れているところで申し訳ないが、エコール、そのまま手勢をつれて我が妃のところへ飛んではくれまいか。シュトラスレートル城へ向かっているはずだ!」


 シーバスレリアが息を呑む。


「…………小トロルの数が少ない」


「ここは不利と知って、どさくさに紛れて地中へ逃げたのだろう。しかも、土はこれから軟らかくなる」


 雨が激しく降ってくる。大トロルの肌を焦がしていた火が消え、崖の一部が破壊されて、大トロルの太い片腕が突き出てきた。


 そこに、甲高いラッパの音が響く。


「僕の一族がきてくれたんだ。もう大丈夫。エコール、リネッテ姫達をどうか頼むよ」


「あんた達の惚れた女だっけね? お代は高ーくつくよ!!」


 男二人が同事に笑う。


「僕は色男だからお金には縁がなくてね。ここの気前の良い王様がたっぷり支払ってくれるはずさ」


「上等である。我は色男ではない故、金ならばいくらでも出してやろうぞ」


 こんな上客の依頼、逃せるはずがないだろう? 雨の音の中に、馬のひずめの音が混じる。


「さて、小トロルどもを土に潜らせるな。投擲を再開せよ!!」


「応!!」


 樽の中に十人ほど詰めて、入れ違いに到着したエルフ達の軍勢が、目を潰されて泥まみれで呻く小トロルどもの首に、容赦なく剣の一撃を加えていくのを確かめて、激しくなってきた雨の中を飛び上がる。


 雨が目に入って、飛びにくいことこの上ないけれど、


「そうそう、嬢ちゃんもイカす女だぜ?」


「全くだ、俺がドラゴン族だったら放っておかねえやな」


 樽の中のゴブリン族の皆が元気に笑う。くたびれきっているはずなのに、ゴブリン族ってのはいつだって、口だけは達者らしいね。嫌いじゃない。とてもいい。


「次はでっかい姫さんを助けてやらねえとな」


「シーバスの旦那もでっかい姫さんに岡惚れってわけかい。まあ、うちの姫さんも、ドラゴンの嬢ちゃんも、イイ女だからなあ」


「ここで死ぬにゃもったいねえな!」


 私は言ってやった。


「全くさ! さあ行くよ! 全速力だ。舌噛まないように気を付けな!」


「応!!」


 打ち付けてくる雨が鱗の隙間に当たってひりひりする。


 でも、私はこんなにも誰かと楽しい時間を過ごしたことは、今までの長い人生で、一度だってなかったんだよ。


 初っぱなからアナーサに長い手紙を代筆させちまったから、このあたりで。あんたも私も『イイ女』だってさ! こんなに嬉しいことはないね!! 早々


 エコール・ド・ラルターレより(ドラゴン便開設にあたって新しく拝命した苗字さ。今後もご贔屓に)

 《代筆者 アナーサ》

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