43通目 侍女マリィから侍女ルネへ
ロバの馬車から
親愛なる大先輩ルネ様へ
前略 愛する『鷲の大崖』を離れて、あのシュトラスレートル城へ行くことに決まりました。
感じの悪い、いえ、大変お宜しくなかった(あんな恐ろしい目でにらんでくるなんて! 人間族にはゴブリン族が嫌いな人も多いけど、やっぱりああして睨まれると心がしょぼしょぼしてしまいます)あのお后様は門を開けてくれるのでしょうか。わたし、とても心配です。
その旨を、一緒に馬に乗ることになったオリバーに話したら、
「うちの親方もゴブリン族が好きじゃねえしなあ。でもまあ、何とかなるさ。きっと。俺だってマリィやボトム王にこうして出会わなかったら、好きになれたかわかんねえしなあ……」
正直にオリバーが言ってくれました。
「またここに皆で戻ってこようぜ。ああ、そうだ、その前に、うちのお袋に新しい友達が出来たってマリィを紹介したい。街に行く余裕があったら、さ」
「まあ、オリバーのお母様!? わたし、ゴブリン族なのに、事故で親兄弟が一人もいなくて……嬉しいですわ………」
「そうだったのか。うちも事故で親父を亡くしてるんだ。まあ、親方が親父みたいなもんなんだけどな」
「そうでしたの……」
抱えられて馬の上に登り、手綱を握るオリバーの前に座ります。
「よし、良い感じだ。姫さんの方は……」
「こっちも大丈夫。出発するわ。天気が悪くならなければいいのだけれど」
空はどんよりとしていて、馬車に乗り込むゴブリン族の皆も、名残惜しげに崖の方に視線をやったりしています。
「大丈夫ですわ皆様! 皆で無事に、戻ってきましょう。ちょっとの間の辛抱でしてよ」
「マリィの言う通りよ。陛下だって頑張ってくださってるもの。ちょっと頑張ればすぐよ。だから、雨が降る前に出発しましょ」
わたし達、馬二頭の後ろを、主に女性と老人、そして家畜と最低限の荷物を積んだロバの馬車達三台がついてきます。リネッテ様が目を伏せて、小さく呟きました。
「いってきます、っていう暇もなかったのは、少しさびしいものね」
オリバーが言います。
「ただいまって百万回言ってやれば、きっとあの王様なら喜ぶさ。ついでにおかえり、もさ」
「……そうね、ありがとうオリバー。元気が出たわ。あたし、元気しか取り柄がないのよ。こういうときこそ、頑張らなきゃ」
オリバーがわたしだけに囁きます。
「王様はリネッテ姫にべた惚れなんだと思うけどさ、元気以外のところにもしっかり惚れてると思うんだよな……」
一緒にいる期間はまだ長くはないのに、このオリバーは皆をしっかり見てくれているのが、とても嬉しくて、わたし、胸がぎゅっとなりました。
「わたし達にとって、わたし達と一緒に寝起きまでしてくれて、お食事だって一緒に食べて、朝から晩まで一緒にいてくださる人間のお妃様がいてくれるのは、本当に新鮮で、それで、心強くて、とても嬉しいことなのですわ」
「ナントカって同盟だよな。組合でもちょっとした騒ぎになったって噂の」
「ええ。最初はどうなることかって、皆で不安がっていましたのよ。でも、あんなに可愛らしい方が来てくださって、万々歳でしたの。なのに、こんな苦労をかけてしまうなんて……」
思わず落ち込むわたしの頭を、オリバーはポンポンと撫でてくれました。
「あの王様は優しいし立派だ。人間にだってあんなヒトはそうそういやしない。リネッテ姫だって立派だ。普通の姫さんって奴はこういう時に率先して皆の先頭で馬に乗ったりしないもんさ、多分だけどな」
「は、はいっ」
思わずどぎまぎして、
「わ、わたしも頑張らなきゃですっ!」
背筋を伸ばすとオリバーは笑いました。
「よし、俺もだ」
馬と馬車は、こうして曇る平原を、からから、ガラガラと駆けて行きます。ものすごい速さは出ないけれど、なんとかなるかもしれない、そんなくらいの速さで。
ルネ様、人間の殿方というのは皆優しいのでしょうか。それともこのオリバーだけが特別優しいのでしょうか。そんなことを考えている場合じゃないのに、少し湿っぽい平原の風が、わたしをそうさせてしまうのです。
もうすぐ休憩時間が終わります。エルシノアの実が生っていて皆で美味しく食べたところです。今度お会いしたときには、ルネ様に聞いてみたいことがいっぱいあるのです。その時まで。 あなかしこ
侍女マリィより




