42通目 シーバスレリアからリネッテへ
『我らが花冠の姫』ことリネッテ・ブリンク妃へ
拝啓 君に手紙を書くことになるとは思っていなかったけれど、今の僕は事実上のボトム王の近衛隊長みたいなものだ。
なら、報告書のようなものがいるだろう。そう思ってね。
こちらはゴブリン族総勢四十五名に、エルフの僕とドワーフのビーゼン老。相手は二十フィーバスの『大トロル』に百体もの『小トロル』だ。
「まったく、分が悪いどころの話じゃないね」
「うむ。命が惜しい者は馬車へ! 我はそれを止めたり謗ったりはせぬゆえ!」
ゴブリン族の小さな一隊が笑って言った。
「命が惜しいなんてとんでもねえやな!」
「ここでケツまくるわけにはいかねえんでさ!」
ボトム王も言った。
「我らみすみすトロルどもの昼食になるわけにはいかぬ。だが、そろそろだ。正午には腹を空かせて出てくるであろう。おそらくは、喰える者を探して我らの崖を掘り進めてな」
ボトム王の指示の素早いことには正直驚いたよ。ゴブリン族が住まいを棄却するなんてことはめったにないことだ。
「というわけで、部屋中に例の香油を撒いた。シーバスレリア、火矢は得意か」
「任せてくれ」
「我らも火の付いた石を使うがな。全部屋に火を放つ」
「……いいのかい」
「崖から炙り出してやらねば首も落とせまい。……最も、『大トロル』は我らだけで首が落とせる相手ではない故、援軍がくるまで持ち堪えねばならぬがな……」
ビーゼン老が呵々と笑いながら、
「小トロルならば、このわしが首を落としてやるぞよ」
斧を構えて言った。
「馬車の方へは行かせられぬ。大トロルを炙り出しているうちに、小トロルの頭を狙え。皆、良いか。絶対に近づいて戦おうなどと考えるな。目潰しと攪乱ならばこちらに利があるのだ」
ボトム王の言葉に、一同が『応!』と応じる。美しい甲冑も、煌々たる武器もないのに、どんな軍隊よりも僕はここが好きだな、と漠然と思った。どうせ死ぬならこういう場所が良い、と思っていたら、
「……シーバスレリアよ。我らが兄上フィロストレリア殿は、なんとも良い酒を多く、それもこっそりと所持していると噂で聞いたのだが」
ボトム王が問いかけてきた。
「間違いないよ。勝利の宴の暁には全部放出させてやるさ。館の地下に隠し持ってる極上の分もね」
「我らには酒を飲む習慣はないが、そなたとは一度飲み交わしてみたいと思っていたのだ」
ああ、さすが、心の機微に聡いだけあるなあ。
僕は長く放浪してきたけど、こいつには敵わない、と思ったのはこのボトム王とエコール、そして君くらいだよ。
そして、言ったとおりになった。大地が大きく揺れて、ぼこり、ぼこり、と陥没し、小トロル達がゆっくり現れる。そしてひときわ大きな地鳴りの後に、ばきり、ぼきり、と部屋の掘られた崖の中を無理矢理突き破って進んでいく音。僕にもしも家があったら、あんな風に壊されるのだけは御免被りたいものだ。そう思うような、音だ。
顔にわずかに滲んでいる哀しみをぐっと押し殺しながらボトム王が、静かにその音に耳をそばだてる。そして傍らの、布と縄で出来た投石器の、特製の石に火をつける。
「全員構えよ! 長きにわたる愛しき我が家への懐古の情、捨てねばならぬときが来た!! これは弔いの火、そして戦いの炎である!!」
火を纏った石を、特製の燃えない縄に巻き付けた小さな投石器を持ったゴブリン達が、音を立てながら投石器を回す。そして
「投擲!!!!」
炎をまとった不死鳥の群れのように、燃える石が崖へ目がけていくつも、いくつも飛んでいく。『鷲の大崖』のそれぞれの住居の穴の中へ寸分違わず飛んでいき、そして部屋が一つ一つ燃え上がっていく。
立ち上る芳ばしい香りは、あの魔除けの香油のものだ。大トロルの醜い悲鳴が響き、鷲の翼のように美しい形だったあの崖が半壊する。そして、土に染みこんだ香油に肌を焼かれた大トロルが、熱さに耐えかねてぼこりと崖の上に巨大な頭を出した。
「シーバスレリア!」
「任された!」
つがえていた弓を、放つ。同事に、投石器からも大きな石が飛ぶ。あの煉瓦職人見習いのオリバーが射程を計算したものだ。見開かれた目を燃える矢が居抜き、毛のない側頭部に燃える石が激突する。
「よくやった!」
ところが、悲鳴を上げながら大トロルがぐるりと頭を回す。そこには、なんと、『もう一つ頭があった』。
頭が二つもある生き物なんて前代未聞だ。流石に一瞬声を失っていると、無傷の二つの目が、こちらをぎょろりと見る。
そして、青々とした穢い口が大きく開かれ、耳をつんざくような大声で、吼えた。ビーゼン老が、言う。
「……我らドワーフ一族でも持ち合わせがない、忌ま忌ましく汚いことこの上ない罵り言葉であるな」
思わず立ちすくむゴブリンの皆を鼓舞するように、ボトム王が叫ぶ。
「身体を焼かれておきながら威勢の良いことだ!! 頭が二つ、つまりは目が四つ。的が増えれば狙い甲斐があるというものよ!!!!」
大トロルの大声と共に、こちらの様子を窺っていた小トロル達が一斉に、こちらを目がけて襲いかかってくる。
「散開せよ!! ひとところに固まらず、攪乱!! 必ず目を狙え!!」
ボトム王の一声のもと、蜘蛛の子を散らすように、石袋を腰から下げたゴブリン達がぱっと散開していく。僕とボトム王とビーゼン老は壊れていたロバの馬車の上によじ登って、三人で背中合わせに立つ。
「狙えるだけ狙うぞ」
「任せてくれ」
「この場で仕留めねば」
「リネッテ姫を安全に逃がさないとね」
「うむ」
「姫に、愛してるってちゃんと言ったかい」
「こっそりと、な。……眠っているときに、だが」
「それじゃあ意味がないじゃないか! しっかり言わないと」
ビーゼン老が楽しげに笑う。
「なんじゃなんじゃ。気骨ある王かと思えば、ずいぶんとウブな話をなさる! 竪琴を捨てずにおいてよかったよかった。夜毎窓の下で恋歌を奏でるのは百年ぶり! 百年ぶり!」
ビーゼン老の背中には、縄でしっかりと竪琴が括られていた。
「まだ死ねぬな。竪琴の音と共に、告げるべきことを告げるときまで」
「全くだよ。それを肴に、月明かりでひとり旨い酒を飲むんだ」
「お前さんたちは実に、良き戦士じゃなあ」
襲ってくる小トロル達に矢と石、そして斧を叩き込みながら、僕たちは笑う。状況は決して良いはずじゃないのに、布を織るように息はぴったりだった。多分一生忘れない瞬間だと思う。
さて、あまり長い報告書というのも楽しくないしね。この続きは他の誰かが書いてくれるだろう。だから一旦ペンを置くよ。楽しみに待つといい。 敬具
君の愛する夫の信任深き『近衛隊長』
シーバスレリア・エルフェンノルン




