41通目 ベラからリネッテへ
『木叢の館』より
私の花冠リネッテへ
前略 黒い狼煙の件は館の学者たちが遠眼鏡(とても珍しい品です)ですぐに気付きました。彼らのために眺めの良い部屋を図書室にした甲斐があったというもの。ほぼ同時に付いた妖精便の内容を報告すると、夫のフィロストレリア様は言いました。
「全隊収集を。兄上から押し戴いた剣、役立てる日が来たよ」
森中に金属のラッパの音が響きます。それを聞きながら、夫は悲しそうに言いました。
「…………ドワーフ一族の長に、まだ幼い頃よく遊んで貰っていたっけね。和睦がなって、交流が再開して、この館にもいくつかの宝飾品が納入された。……君のその冠も、そのひとつさ。『お前さんがでっかくなって、可愛い嫁さんが出来たら、こいつをちょいとその女の頭に載せてやるとよい。わしは宴で良い酒が飲めればそれだけでいいからのう』……僕は幼い頃から、豪快に酒を飲むドワーフ達に、ちょっとだけ憧れていたんだよ。君との結婚の宴に、呼びたかったなあ」
そんな夫をそっと抱きしめてやりました。
「………今大事なことは、僕らの可愛い弟と妹だ。君にも、僕にも大事な者を奪わせはしないよ。でも、謹厳実直なボトム王のことだ、相手がどんな奴であろうと、戦い抜こうとするだろう」
「………ええ」
「もちろん、君の可愛い妹を未亡人になんかさせやしないさ。安心して待っていておくれよ」
その時、甲高いフルートのような音と共に、空から一匹のドラゴン族が飛んできました。窓を開けると、
「『木叢の館』ってのはここでよかったかい? 私はエコール。ちっこいゴブリン族と妊婦さん、連れてきたよ!」
ルネが駆けてきました。
「まあエコール様! よくこの森に迷わずいらしてくれました!」
「シーバスレリアの奴に、コツを教えて貰ったんだ」
見るとドラゴンの歯と歯の隙間に、銀の笛が挟まっています。
「エルフ族の森では『金属の楽器の音』を鳴らせば迷わないって。………あいつはボトム王のところにいる。二人とも、ちょっと無茶をする男達だから心配だよ」
そして樽の扉を開けました。
「このちっこいのと、妊婦さんの面倒を頼むよ」
わっと飛び出してきたゴブリンの子供たちが、初めて見るのであろうエルフ族の深くうつくしい森を見渡して、皆、大きな目をキョロキョロさせています。その後からやってきた妊婦は、ルネが館の方へ連れて行きました。
フィロストレリア様が聞きました。
「その樽には、何人ほど乗れるのかな」
「ゴブリン族の子供ならこうしてありったけ詰めても何とかなったけど……」
「……うちの精鋭中の精鋭を真っ先に、『鷲の大崖』まで運んでもらってもいいかな」
「まかせて。七人だ。一番度胸がある奴は私の背中に乗りな!」
「じゃあ背中は僕だな。僕の近衛隊隊長はちょうど六人。頼んだよ」
「へえ、さすがはエルフ族長。リネッテの姉ちゃんの旦那だ。任せといて!」
フィロストレリア様は微笑み、そしてバルコニーへ出ます。既に集まってきた、エルフ族の戦士達に、大きな声で檄をとばしたのです。
「全隊収集、風より速く『鷲の大崖』へ疾駆せよ! これは三同盟の救援、そして嘗ての友の仇討ちなるぞ! 我らこれより森で寛雅に暮らす民にあらず、ひとたび武器を手にすれば一騎当千なりしと、世に広く知ろしめろ!!」
バルコニーからエコールの背に、剣を手にひらりと飛び乗りました。そして、近衛隊長達がエコールの樽に速やかに入り、エコールが声高く嘶きます。
「行くよ七人の勇者達!!!!」
そして、砂塵と木の葉を巻き上げて、共に舞い上がっていったのです。
リネッテ、この手紙が届く頃には、希望も届いているはず。
あなたは、あなたの言葉で、あなたの愛する人に、『愛している』を言うのです。その日は来ます。間違いなく。絶対に。
避難民のことは任せて。
きらきらとした大きな瞳で、馬で駆け出していくエルフ族の戦士達を見送るゴブリン族の子どもたち、ルネの隣で目を潤ませる妊婦の女性、そういった全ての希望を、私達もまた、必ず、全て後世に繋いでいきましょう。どうかそれを忘れないで。 かしこ
あなたの姉
ベラ・エルフェンノルン




