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37通目 煉瓦職人見習いオリバーから親方へ

親方へ


 昨日の夜、馬車の中で皆で雑魚寝してたら、なんかものすごく揺れて、ゴブリン達と一緒に飛び起きた。地震だったらしい。


 街の方は大丈夫だといいけど(もちろん、うちの組合のお抱え職人が組み上げて漆喰で塗り固めた煉瓦はそう簡単には崩れないって知ってるけども)、それよりも気になる知らせが妖精便で入ってきたんだ。


「一番揺れたのは、我らが王様とでっかい姫さまがいらっしゃる『鷲の大崖』のあたりらしい」


「あのあたりで地震なんて百年はなかったぞ? 珍しいこった」


「ちょっと崖が傾いて難儀しとるってよ。どうする?」


「職人を半分ほど『鷲の大崖』に戻そうか」


「おれぁ独り身だからこっちの村の煉瓦敷きに残るけど、かかあや子どもがいるやつぁ、一度帰って顔を見せてやったほうが良くねえか」


 ゴブリン達がガヤガヤしてて、ふと俺は『鷲の大崖』で出逢ったあの小さい侍女マリィを思い出した。


「……じゃあ俺も『鷲の大崖』に行ってみる。入り用な資材とかがあったら街の組合に問い合わせておくよ」


「ありがとよお。でっかいオリバー! お前さんがいてくれたおかげで、こっちは大分助かった。あとはおれたちに任せて、王様とでっかい姫さまを助けてやんな!」


 というわけで、近くの村で馬を借りて、『鷲の大崖』まで戻ったらちょうど、手に櫛と小瓶を持ったマリィと出くわした。


「まあ、オリバー様!」


「『様』なんてつけなくていいって。それより、まあ、なんだ、無事で良かったよ。で……こんなところで何してるんだ?」


「ビーゼン老がいらっしゃらないのですわ。いつもだったらご朝食のお時間には真っ先に、席についていらっしゃるはずなのに………」


「ああ、あのドワーフのじいさんだっけか。一緒に探してやるよ」


 そこに、でっかい姫さまことリネッテ姫が、スコップをちょっと大きくしたような土掻き器を両手で抱えてやってきた。


「あら、オリバーじゃない! 帰ってきてくれたのね」


 俺にとって帰る場所っていうのはお袋の待ってるあの古い家だけだけど、この『鷲の大崖』にはなんか別の、妙な居心地の良さがある気がする。


 ゴブリン達が、歪んだ窓枠や扉をせっせと直しているのを見て、


「俺でよければいくらでも手伝おうと思ってさ。簡単な図面くらいなら引けるしさ。それより、ビーゼン老はどこいっちまったのかな。マリィと一緒に探そうって………」


 俺が言うと、リネッテ姫が


「昨日の地震で一カ所、崩れた箇所があるのよ。もしかしてって思って………」


「手伝うっすよ」


「本当に助かるわ。じゃあ行きましょ」


 こうして、リネッテ姫に連れられて、俺とマリィは『鷲の大崖』の根元近くの地面が大きく崩落している場所に来た。穴の大きさは五フィーバスほどだけど、どうやら奥に続いているらしい。


「何だか空気が随分澱んでるな………」


「大丈夫かしら……」


 リネッテ姫が心配そうに呟く。ゴブリン族には人間の街と違って下水道はないはずなのに、妙な臭気が辺りに漂っている。マリィが鼻を布で覆いながら聞いた。


「香油は、炊いた方がいいかしら」


「なんか変な匂いがするところで火をつけると大変なことになるって、うちの親方が言ってたぜ」


 リネッテ姫が、地面をじっと見つめて言った。


「やっぱり、足跡があるわ。ビーゼン老ったら、中に入っていってしまったのね」


「早く呼び戻そうぜ。足場が崩れると危ないけど、ロープか何か………」


「持ってきてるわ。一フィーバスごとに結び目もつくっておいたから、穴の深さもきちんと測れるわ。陛下に後で報告しておかないと」


 どうもこのリネッテ姫、見た目によらず、ずいぶんと冒険慣れしてるような気がしたんだけど、ゴブリン族のお姫様って案外、そんなもんなのかもしれない。


「こっちからだと降りられそうね……」


 俺とマリィとリネッテ姫で、頑丈な岩にロープを巻いてから、それをたどって穴へと慎重に降りていく。


「嫌な臭いですわ」


「嗅いだこともありませんぜ。こりゃ一体何の臭いだろう………」


「ビーゼン老! いたら返事を………」


 すると、穴の奥から悲鳴のような、獣の咆哮のような雄叫びが響き渡る。


「大トロル!!!! 大トロル!!!! わしの、わしの同朋達を皆、『百年かけて』喰ってしまった!!!!」


 ぐらり、と足元が揺れる。ぱらぱらと穴の淵が崩れて、砂が顔にかかる。


「マリィ、オリバー、逃げて!!」


 ロープを手にしたリネッテ姫が短い声を上げる。


「だ、ダメですっ!! 姫様を置いていくことなんて……」


「陛下を、呼んでくるのよ!」


 リネッテ姫が穴の奥に駆け出す。マリィが反射的に、手にしていた香油の小瓶を俺に握らせた。


「魔除けにもなる香油です、お役に立てて! 姫様を、私達の姫様をよろしくお願いしましてよっ!!」


 そして、言われたとおり、ゴブリン族ならではの素早さでロープを伝って穴を駆けのぼる。


「姫さん!!」


 慌てて踵を返して俺は凄まじい悪臭の穴の中を駆けていき、その先で息を呑んだ。


 地面から、俺の身長よりもでかくて太い『指』が一本、突き出していたんだ。


 青白い肌に、鋭い爪。トロルだ。でも、『指先』だけでこんなにでかいトロルなんて、聞いたこともない。


 竪琴を背中に、斧を構えるドワーフのビーゼン老が真っ青になっている。


「あ、あんた、トロルの言葉が……わかんのか」


「………ドワーフ族とトロルは、よく似た言葉を使うであるぞ」


 地面の下から耳がおかしくなりそうな巨大な唸り声が聞こえてくる。ビーゼン老が、その意味を呟くように教えてくれた。


『……あの日は「大漁」だった。「猪の大穴」に集まっていたドワーフどもを………ひとりのこらず穴の底まで落とした。百年かけて………全員を喰った………』


 真っ青になっているリネッテ姫と、多分同じように真っ青になっているであろう俺が、息を呑む。


『そしてこの巨大な身体と、「百人の子」を得た……この崖なら、一度にまたより多く餌を喰える………さすれば南の森も、北の山も、我が手に………』


 つまりリネッテ姫の真っ青になった顔から、更に血の気が引いた。


「この崖の皆を、食べる気で………だから………でも、だめよ、それは、それだけは。それに、北と南には、お姉さま達が、いるのよ、絶対に、だめ………」


 ビーゼン老が斧を握り直す。


「おい、無茶だ、逃げないと!!」


 おもわずその肩を掴んだけど、老人とはいえドワーフ族のビーゼン老の力には敵わない。


「一族の、我が一族の仇であるぞ!!」


 巨大な親指に、斧を打ち込もうとしたその瞬間、穴の一部が突然崩れて、小トロルの集団が現れた。


 万事休すだ。せっかく土産を買ったばかりのお袋の顔が思わず頭を過ったが、掌の中に握ってた小瓶の感覚で我に返る。それをポケットに突っ込み、


「逃げろ!!!!」


 全力で(火事場の馬鹿力ってこういうことを言うんだろうな)ビーゼン老とリネッテ姫の手を握って、俺は駆け出した。まだ後ろに未練があるビーゼン老に、リネッテ姫が言う。


「ビーゼン老、お願い、陛下に伝えて。『黒い狼煙を焚いて』って!! ドワーフ族のあなたの方が、私たちより脚が速いのよ!! どうかお願い!!」


 後ろを向きながら引きずられるように走るビーゼン老が、ぐっと唇を噛んだ。


「……姫様の願いならば、このビーゼン、聞かねばならぬであるぞ」


 ビーゼン老が駆け出した。そして地面から沸くように出てくる小トロル達と、微かに動いている大トロルの親指。


「………姫さん、火はあるか」


「火打ち石ならいつも持ち歩いてるわ」


「穴の上まで行ったら、火種を落とすんだ。たぶん、あの匂いなら、爆発する」


 そして、ポケットから香油を取り出した。


「ちょっとしかねえけど、ないより………」


 リネッテ姫がロープに手をかける。けれど小トロルが追いついてきて、俺達の襟首を掴もうとする。けれど次の瞬間、


「貴様ら、我が妃と知っての所業か!!!!」


 穴の上にいたのはボトム王だった。目にもとまらない速さで投げた複数の石が、真後ろにいた小トロルの目を寸分違わず、容赦なく潰す。


 文字に書き起こすこともできない、甲高くて不気味な悲鳴。でもリネッテ姫と俺は、すんでの所で小トロル達の『朝食』になるのを免れることができたというわけだ。


 穴の上に辿り着いたリネッテ姫が、懐から火打ち石を出す。そして、俺は手にしていた小瓶を穴の中に投げる。


「ないよりはましだ!」


 割れた小瓶の方に向かって、リネッテ姫が火を切った。俺が二人に抱きついて地面に押し倒しながら


「伏せろ!!」


 と言った瞬間、大爆発が起きた。


「…………オリバーよ、とにかく、そなたは我が妃を助けてくれた。我がゴブリン族には騎士の勲章はないが、きっとそれに値する」


「いや、王様、すいません。なんかもっと早く逃げられれば、こんな危ないことには………」


 降り注ぐ砂ぼこりで喉が痛い。上着を脱いで、顔を押さえて、ボトム王と一緒に立ち上がる。


「穴は塞がれたか。これも一時的なものであろうな。走れるか」


 ボトム王が聞く。


「リネッテ姫は」


「気を失った。我が抱えよう」


 その小さい身体には不釣り合いなはずなのに、俺が抱えた方が、というよりも早く、ボトム王は気を失ったリネッテ姫を抱きかかえて走り出した。走りながら、今聞いたばかりの詳細を話すと、ボトム王が顔色を変えた。


 『鷲の大崖』前に建てられていた、少し地震で傾いたらしい狼煙台からごうごうと黒い煙が立ちのぼる。そして、何かを打ち鳴らす金属の音と、


「緊急避難! 緊急避難! 急いで全員、この崖を離れるように!!」


 という声、ゴブリン達があちらこちらへ行き交う姿が見えてきて、俺は思わずへたり込む。そのままぼんやりと、黒い煙をみていると、マリィが走ってきた。


「すまねえ。香油、ダメにしちまった……。水、あるか?」


「ありますっ! ありますから……」


 腰から下げていた木製の水筒を俺に押し付けて、その場でマリィがわんわん泣き出した。


「わ、わたし、わたし、陛下や姫様や、ビーゼン老に、なにかあったら、どうしようって、あなたに、もう会えなくなったら、本当に、どうしようって………わたし、いつもはこんなに、泣いたりしないんですのよっ…………」


「わかってる、わかってるって。俺ぁただの職人見習いだけど……こんなところでおっ死んだら、親方に死ぬほどどやされるんだ………おちおち死んでもいられない」


 それでもって、水筒の水でうがいを繰り返して、やっと声がまともに出るようになった。


「とにかく、これはまじでやばいやつだ。冒険者組合に連絡しとかないとな。リネッテ姫は」


「お休みになられてますわ」


 緊急で張られた天幕らしき何かの方を見ると、ボトム王が気を失っているリネッテ姫の頭を膝の上に乗せている。


 あんな複雑そうな顔、なんて言ったら良いのか俺にはわからない顔をして、王様がリネッテ姫の頬を撫でるのを、俺は見ちまった。


「……姫さん、怪我とかはないよな」


「はい」


「俺に手伝えることがあったら、遠慮なく言ってくれよ。とりあえず組合に緊急連絡したい。砂金は三倍で。特急料金だ。ペンと紙も借りて良いかな」


「用意しますわ」


 麻の服の袖で涙を拭いて、頭をプルプルと左右に振り、軽く自分の頬を叩いてマリィが立ち上がった。


「今はわたしが、しっかりしないと」


 というわけで、トロルについては別途で同封した紙に子細を書いて置いた。冒険者組合に緊急連絡してくれ。俺がこの目で見たあのでっかい指から計算したところ、大トロルの大きさはどんなに計算しても、『鷲の大崖』の高さよりもでかかった。二十フィーバスはある。


 昔、図面の書き方を夜遅くまで教えてくれてありがとうな。親方。トロルの大きさを測るのにめちゃくちゃ役に立ったし、ボトム王にも褒められた。いつかたっぷり砂金を送るから、その時までよろしくってさ。


オリバーより


追伸 別料金で妖精便に預けた麻のハンカチはお袋に届けてくれよ。平原の東でしか取れない珍しい染料で染めたやつなんだってさ。帰りがまた遅くなる件もよろしく。

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