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34通目 侍女マリィから侍女ルネへ

『鷲の大崖』から

親愛なる大先輩ルネ様へ


 拝啓 この雨期の中びしょ濡れになって頑張っていた妖精便の子達に、温かいお湯と布と美味しい果物を用意してあげたら、ちょっとだけ割安で届けてくれるそうです。善行っていいものですのね。


 そういうわけで、皆が手紙をやり取りしているのがとっても羨ましかったので、わたしもこうしてペンを取ってみた次第です。


 陛下はわたしたちゴブリン族のために嫁いできてくれたリネッテ様を、本当に、大事に大事にしています。


 けれど、それと同時に、わたし、聞いてしまいましたの(ここから下の部分はあとでインクか何かで塗りつぶしてやってください)


 崖のバルコニーの下のテーブルでビーゼン老とシーバスレリア様が喋っていたのを。


「…………シーバスや、お前さん、嫁はいるのであるか?」


「お嫁さんにしてみたい可愛い子はいるけど、他の人のものなんだ。でも、まだ『ものにされてない』くらい、大事にされているんだ。………だからいっそ、僕のものにしてみたいんだけど、大事な人が大事にしている人だから、もう、どうしようもなくってね」


「それはとてつもなく難しい問題であるな。さあ、飲め飲め。難しい問題は酒でゆっくり溶かさねばならぬであるぞ。わしも、百年ぶりに、恋歌など弾いて進ぜよう」


 竪琴から美しい音色が流れて、鷲の大崖に響きます。


 シーバスレリア様は、多分ですが、リネッテ様のことがお好きなのでしょう。音色に誘われてバルコニーに現れた、寝間着姿の陛下ご夫婦をじっと見つめて、笑うのです。


「大好きな人達が幸せであるのを願うのが、少しばかり苦しいことがあっても、良い音楽とお酒があれば、なんとかなるものだね………」


 ビーゼン老が、かっかと笑って、こう言うのが聞こえました。


「若者たるもの、難儀な恋とやらは老いる前に一度はしておくべきものであるぞ。………だがそれは、人生で、一度だけでいいのであるぞ。さあ、シーバスや、飲め飲め」


「はは、ありがとう。いい夜だ。エコールが来たら、『木叢の館』か『常冬の宮殿』にでも連れていってもらって、兄上夫婦のご機嫌伺いでもしてこようかな」


 そして、翌日やってきたエコール様と一緒にシーバスレリア様が旅立つと聞いて、陛下もリネッテ様もとっても寂しい顔をされていました。


「君達がそんな顔をすると、すぐに帰ってきたくなっちゃうじゃないか。僕はもう立派な『外エルフ』のはずだったのになあ。『帰りたい場所』があるなんて、不思議な気分だ」


 そして、


「じゃあ、行くよ。恋する君達が、雨に振り込められて、より親密になる夜を願いながら、ね」


 陛下があんなに慌てる姿、というのをわたし、初めて見た気がするのです。


「そうあるべき時がきたら、そうあってもいいんだよ。ボトム王、君はちょっとばかり思いやりを持ちすぎなんだ。もうそろそろ、わかちあっても良い頃合いなんじゃないのかい? さもないと、僕みたいな悪い狼がいつ現れて、王様の大事な宝物を、ここぞとばかりにかっさらっていってしまうとも限らない。そう、僕が本物の悪党だったら、間違いなくそうしていたところだ。そうしたいって、何度思ったことか。………意味は、わかるね? ビーゼン老のいうところの、『ご注進! ご注進!』ってやつさ」


「そうか。シーバスレリアよ。感謝しよう」


「そうさ。だから、そういうことなんだよ」


 そろそろ、このちょっとした秘密の手紙にペンを置こうと思います。


 けれどルネ様。わたしがもしもいつか、ゴブリン族以外の誰かを好きになったら、その時は一緒にお酒を飲んでくださいませ。よろしくお願いいたします。 あなかしこ


侍女マリィより


追伸 例の香油はきちんと届きました。ビーゼン老のお髭を整えるお仕事はわたしがすることになっています。あのごわごわのお髭にお櫛は通るのかしら?

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