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32通目 煉瓦職人見習いオリバーから親方へ

親方へ


 『たとえドラゴンのお妃さんの言うことでも、ゴブリンなんぞにくれてやる煉瓦なんてねえんだ』だなんて大人げないことをどこぞの誰かさんがぶつくさぶつくさ言いやがるので、あるだけの在庫を半日かけて一人で馬車に積み込んで、地図を片手に出発したんだけど、暗くなって道に迷っちまった。


 すっかり日が落ちた頃に、やっとのことで『鷲の大崖』に辿り着いたら、やたらちっこい人影が駆け寄ってきて、


「煉瓦職人組合の方ですか? お待ちしておりました!」


 礼儀正しくピョコリとお辞儀をしてくれるもんだから、俺ときたら思わず驚いちまって、


「あ、う、うん。親方に代わって煉瓦を運んできたオリバーってもんでさ。これが納入分で、こっちに署名をしたら妖精便で送り返せばいいんだけど……お前、ゴブリン族だよな。へえ、普通に女の子もいるんだなあ」


 って思わず言っちまった。


「い、いますっ。こ、こうみえてもわ、わたしは、ボトム様のお妃のリネッテ様お付きの侍女なんですからっ」


「ああ、あの、ゴブリン族の王様と結婚した……シュトラスレートル城のお姫様だっけ?」


 すると、そのちっこい侍女が顔を曇らせてこう聞いてきた。


「あの………リネッテ様は、人間族の間では、どう思われているのでしょう?」


 俺は率直に答えてやった。


「まあ、普通ならたとえ相手が王様だろうが、ゴブリン族なんかと結婚する姫様なんていねえよなあって組合でも話題になってたところだぜ。上の二人がとんでもない美女だから、まあ、しょうがないよな、とか………」


 するとその侍女は、あからさまに悲しい顔になって言った。


「何が『しょうがない』んですか。あんなに素敵な姫様なのに……」


「へえ、そうなのか。ちっこい侍女さん、名前は?」


「マリィでございますわ。それと、言わせて貰いますけど、リネッテ様はご自分の意思でボトム陛下の元に嫁がれたのですよっ! わたし、その場におりましたの。確かですわっ! お二人はこの上なくお似合いなのですっ! なのに………」


 そこに、


「組合からの納入物であるな? 誠にご苦労であった。もう外は暗く、最近は少々物騒ゆえに、今宵はここに泊まっていかれると良い」


 威厳のある声が、何だかちょっと下の方から聞こえてきた。


「それで、この書類に署名をすれば良いのだな」


 やってきたのは、木の実で出来た冠を被った、マリィよりは随分と背の高い、いかにも『王様』っぽい感じのゴブリン族の男だった。


「え、えっと、もしかして、王様………こういう時、何て言うんだっけ、そう、陛下? こ、こちらに陛下のお名前と………」


 仰天しすぎて思わずアタフタしていると、


「あたしの名前もいるかしら」


 もう一人、俺とそんなに歳も変わらなさそうな女の子が、カンテラを手に、麻のスカートを着て駆けてくる。


「も、もしかして」


「今頃、街は変な噂できっといっぱいなんでしょうね。でも、そう言うのを気にしていたら、進む話も進まないわ。トロルって本当に怖いのよ。で、ここの署名は『リネッテ・ブリンク』で良かったかしら? 陛下のお名前の下に書かせて貰うわね」


「うむ、ではここに我が名を認めさせてもらおうか」


 ボトム・ゴブリンロード、とさらりと署名をくれたその王様は、ゴブリン族にしては背が高かったけど、お妃様の腰くらいの身長しかなかった。それでも俺は慌てて帽子を脱いだってわけだ。


「えっと、俺の名前はオリバーっていいます。うちのお袋が言ってた。もしもゴブリンに会ったときには、きちんと礼儀正しく振る舞えば、いいことがあるって」


 すると陛下は微笑んで言った。


「よき御母堂であるな。今夜はここに泊まって、帰ったらこれで土産を買ってやるが良いぞ」


 そして掌に小さな砂金袋をくれた。こんなにもチップを弾んで貰ったのは初めてなんだけれど、つまりは、お袋の言ってたことは間違いなかったってことだ!




「我はゴブリン族が人間から害されることのないよう、人間の妃をこうして娶ることになった。……オリバーよ。人の街では我が妃に悪評など立ってはおらぬか?」


「ま、まあちょっと変わったお姫様がいるな、とか、そのくらいですよ王様」


 マリィが満足げに食卓にパンを運んでくる。『畏れ多くも』(って言うんだっけ?)陛下とそのお妃様の食卓に招かれたんだけれど、断る理由も特になかったし、帰ったら話のネタになるだろって思ったわけだ。マリィが言う。


「リネッテ様の魅力は、今のところ陛下だけがご存じなのです」


 お妃様ことリネッテ姫の頬がぽんと赤くなったのを見て、なんだか街のあれやこれやの噂とは随分『話が違う』な、と俺は思った。


 このゴブリンの王様だってものすごく親切じゃないか。-食卓にいたってきちんとしてるし威厳がある。街の酒場で毎日酔っ払ってクダを巻いてる職人連中とは大違いだ。上の二人の姫様が美人すぎてどうこうっていうけど、この三番目の姫様、つまりゴブリン族のお妃様のリネッテ姫だって、俺から見ればそこそこ可愛いと思う。


 それに、マリィが切り分けてくれた白いパンはとんでもなく美味しかった(ヤギの乳やチーズで出来ているとか)こんなの人間の街のパン屋にもない逸品だ。正直、毎日でも食いたい。


 色んな大きさの横穴に、それぞれゴブリンの家族が住んでいるらしいこの『鷲の大崖』は、色んな家庭の愉快な声と、はじめて聞くようなちょっと変わった音楽が響いてた。お妃様が楽しげに言う。


「ビーゼン老とシーバスレリアはすっかり仲良くなったのね」


 思わずそっちをみると、エルフ族の青年と、見たこともない(当たり前だった! だって百年もの間、誰もその姿を見ていなかったんだから)ドワーフ族の老人が、木の枝を適当に組み合わせて作ったらしい出来合いのテーブルを囲んで、楽器を手に愉快な歌を歌っていた。


「………なんだか、良い場所だなあ」


 思わず呟くと、掘ったばかりの土の匂いがする『客間』の横穴に案内してくれたマリィが胸を張って言った。


「ここはわたし達の故郷ですわ。王様がいて、リネッテ様もお輿入れしてくださって、他の皆様も来てくださるようになって……」


 胸を張ったマリィが、緑色の小さな手を胸の前でぎゅっと組んで、言った。


「わたし、もっともっと役に立ちたいのですわ。今のわたしはまだこんな小さなお付きのゴブリンだけど、いつかは、もっと、陛下とリネッテ様のお役に立ちたいのです」


 俺は言ってやった。


「出来るさ。何せこの世は今、ドラゴンとエルフとゴブリンが兄弟になってるんだぜ。なんだって、出来ないことはないさ」


 さて、諸々の必要な書類はさっきの妖精便に同封してあるからよろしく。親方も腰を痛めないようにな。奥さんとの喧嘩はほどほどに。


 それで、しばらくは平原に煉瓦を配って回るゴブリン族の隊商に加わろうと思う。人間がひとりいたほうが話が早そうだなって思ってさ(手伝うって言ったらマリィも、それに陛下やリネッテ姫もすごく喜んでくれた)お袋にも珍しい土産が買えるし。


 街に戻るのは大分後になるけど、組合の皆に宜しく。


オリバーより

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