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29通目 ゴブリン王ボトムの手紙

ドラゴン族アルベリッヒ王、

並びにエルフ族の長フィロストレリア・エルフェンノルン殿

両名へ


 粛啓 目出度い知らせに沸く中、平原にゴブリン族特有の黒い狼煙が上がった故、『木叢の館』を離れなければならなかったことをお許し願いたい。


 急ぎ、妃リネッテと、我が友シーバスレリアを連れて『木叢の館』で借りた馬に乗って駆けつけると、村の入り口の看板は打ち壊されており(つまり冒険者組合に属さぬ者の仕業である)、藁葺きの家々がいとも恐ろしい巨大な『爪』で破壊されていた。


 民らはすぐ近くの小さな崖に掘ってあった穴に逃げ込み無事ではあったが、あの爪痕は、ドラゴン族のものよりはいささか小さく、そして人間族やエルフ族では到底無理であり、更には平原に住まう熊などの動物のものとも異なっている、という見解がその場にいたシーバスレリアと一致した。


 驚くべきは、そこに現れたもう一人の御仁である。


「トロルであるぞ、小トロルであるぞ」


 長く伸ばした髭を三つに分けて編み、手には楽器を、そして背中には大きな斧を背負った小人、ここ百年ほどはどこにも姿をあらわさなかったという、あの『ドワーフ族』の老爺であった。


「腹を空かせたトロルはなんでも襲うのであるぞ。穴の中から、ひとつかみ!」


「穴の中から?」


 村のはずれの草むらの中にごぼり、と大きく陥没した跡が見受けられる。


「………もしや。シーバスレリア、崖だ。皆が危ない」


「何だって!?」


 怪我をした我が同族を介抱しているリネッテがいるはずの、崖の穴の方から悲鳴が聞こえる。


「リネッテ姫!!」


「先に走れシーバスレリア!!」


 馬にかけては乗り降りに時間がかかるゴブリンよりもエルフの方に利がある。風のように駆け出すシーバスレリアを追って、崖に着くと、そこにいたのは、ヒトの形をより大きくしたような巨軀、不自然に白い肌、大きな牙と爪を持った生き物であった。


 先程のドワーフ族の老爺が言うところの『小トロル』であろう、と我は瞬時に検討をつけた。


 『小』と呼ばれてはいるが、大きさは人間の二から三倍以上はあろうかという、いとも奇怪な生き物である。


 怯えて脚を止める馬から飛び降りて弓をつがえたシーバスレリアが容赦なく、崖の穴の入口付近に突如現れた小トロルの背中めがけて矢を射かける。


 広い背中に矢を射込まれて振り返った小トロルの眼を目がけて我が投げた石が当たり、この世のものとは思えない奇声(おそらくは悲鳴であろう)をあげて、小トロルが横転する。そこにドワーフ族の老爺が斧を手に駆けてきた。


「トロルは、首を刎ねねば倒せないのであるぞ!」


 我は反射的に、中にいたリネッテ達に叫ぶ。


「全員、目を閉じよ! 良いと言うまで開けてはならぬ!!」


 ドワーフ族の老爺が斧を振り下ろし、絶叫を上げた小トロルの首が崖の穴の天井まで跳ねた。


 崖の穴に避難していた女子ども達には見せられない姿となった『首のない小トロル』を穴の入口から引きずり出し、近くの丈の高い草むらへと放り出した。


「もう皆、目を開けても良いぞ。リネッテ、無事か」


「陛下………あ、あたしは大丈夫。さっきの、あの怪物は」


「我達で倒した。あれは『小トロル』という」


 そこに、血塗れになったドワーフ族の老爺が斧を手にひょっこりと現れる。


「用心であるぞ、用心であるぞ。穴の下から現れて、ひと呑み! ひと呑み!」


 血塗れのドワーフ族の老爺を見て、リネッテと、崖の穴の中で震えていた我が同族達が同時に悲鳴を上げた。


 男衆皆で小トロルの死骸を埋めた後、麻のシーツでビーゼン老に替えの服を簡易で作ってやってから、我らはドワーフ族の老爺に話を聞く。


「ここ百年ほどは君達を見かけなかったから、皆びっくりしているよ」


「危ないところを助けて頂き感謝する。貴殿、名をなんと?」


「吟遊詩人のビーゼンであるぞ。一族の館を追い出されて二百年、百年の間、一族の行方を探している者であるぞ」


「追い出された?」


「二百年前、『猪の大穴』のご当主様をちょいとからかう唄を広めたら、激怒、激怒に大激怒。ビーゼンは追い出され、この琴でその日暮らしをしていたであるよ。百年前、突如穴ごと住まいが消えて、ビーゼンは皆を探していたであるぞ……」


 話を聞くところによると、ドワーフ族は一年に一度、当主の生まれた日を『大祝祭の日』と定めて、大鉱脈のある『猪の大穴』で盛大な催しをしていたという。


 その当主に百年追放の刑を受けて放浪し、百年後の『大祝祭の日』に故郷に戻ってきたところ、故郷の穴ごと全てが消え去っていて、そこにはもはや誰ひとり見当たらない状態にあった、とのこと。


「………わしはひとりでずっと同朋を探していたであるぞ。この竪琴だけが故郷の証、故郷の音色を奏でてくれるが、それでも、いつも少し、悲しい気分であるぞ……」


「これも何かの縁である。ビーゼン老、我が名はボトム・ゴブリンロード。『大鷲の崖』に住まうものである。良ければ我が住まいに来られよ」


「いいのであるか?」


「もちろん。これなるは妃リネッテと我が友シーバスレリア」


「……ゴブリン族の長が、人間を妃にしたであるか?」


「話すと長くなるが、我が愛しい唯一無二の妃となっておる。心配は無用ぞ」


 シーバスレリアが笑いながらリネッテに言った。


「ほら、君も」


 リネッテが進み出て、ビーゼン老の前でお辞儀をして言う。


「え、えっと、その、はじめまして。ドワーフ族のお方。先ほどは悲鳴など上げてしまって、ちょっと、びっくりしてしまったの。どうか許してね。あたしの名前はリネッテ・ブリンク。ボトム王の妃です」


「僕はシーバスレリア。この二人の『友』の、いわゆる『外エルフ』なんだ。お会いできて光栄だよ。大昔はエルフとドワーフは仲が悪かったっていうけれど……」


「それはわしにまだ髭が生えていなかった頃の話であるぞ。先代の長が先代の長と『喧嘩は不要』の同盟を結んだはずであるが」


「それは良かった。僕は大きな斧を持っていないからね」


 シーバスレリアの弓は、折りたたみ式の短いものである。


「それより、小トロルがこの平原に出たのを見たのはいつ以来だろう。もう思い出せないほど昔なんだけれど……」


 ビーゼン老が言う。


「雨で土が軟らかくなっている時期には注意であるぞ。此奴らも、百年ほど前から姿を見なくなった気がしていたであるが……」


 こうして我が『鷲の大崖』に珍しい賓客、ビーゼン老を迎え入れることになったというわけである。


 まだ気にかかることがいくつもあるが、平原の村々、もちろん人間の村にもまた、および冒険者組合には小トロルの件を速やかに通達しておくことにした次第。


 もうすぐ雨期である。土が軟らかい時期は特に気を付けよ、とのことで、穴の床に敷き詰める煉瓦を、冒険者組合を通じて人間族の職人達に発注することに相成った。


 トロルは地面に煉瓦を敷いておくと、土がまだ硬いと勘違いして去っていくという。


 ドラゴン族の山脈は地盤が固く、エルフ族の森は大きな木々の根が深く張り巡らされている故、安全とのことであるが、一応の通達と警告を持ってこの手紙を締めくくることとする。


 諸兄、どうか注意なされよ。 頓首啓白


ボトム・ゴブリンロード

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