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26通目 侍女ルネからアンフィーサへ

『木叢の館』より

いとも美しく気高きアンフィーサ姫様へ


 恭啓 「エルフの森に入ると人間だろうが魔女だろうが迷い迷っていつの間にか魂を取られる」と私の育て親が言っていた幼き日を思い出しましたが、実際のエルフの森というのは風光明媚な美しい森で少し安心しているところでございます。


 もちろん、森全体にかけられた『道に迷う魔術』を『ラッパの音で解いた』のを、老いたとはいえ、元はそういった心得もある私は見逃しませんでしたが。


 一説によると魔女というのは「外エルフ」達の生き様を、寄る辺をなくした人間の女達が真似たのが起源とも言われています。


 その本拠地にこの老骨がこうして来ているのだから、世の中はわからないものでございます。


 それはともかく、フィロストレリア様とベラ姫様が『木叢の館』で出迎えてくださりました。美しい曲線美で構成された広い館。


 まさしくエルフ族の粋を極めて建てられた館のドアが開き、館の主人とその妻である我らが姫様が出迎えてくださったのです。


「ルネまで来てくれたのね、ああ、本当に嬉しいわ!」


 お美しさに不思議な磨きがかかったベラ姫様。アンフィーサ姫様同様、夫君に愛されている自信に満ちています。


 ベラ姫様には少し不思議なところがあって、あの美しい緑の瞳は先を見通すことに長けています。なので、私が来ることに気付かなかったのは少々不思議ではありました。


「話は聞いているよ、ボトム殿にリネッテ姫。我らが兄上の山で、すごい冒険をしてきたらしいじゃないか」


 フィロストレリア様に招かれて、私達一同は『木叢の館』の応接室に招かれたのでございます。


「あら、美味しそうな実ね。それに可愛いわ」


「平原で採ってきたのよ。甘くて美味しいの。おやつ代わりに少し食べてしまったけど、お姉さまも食べてみる?」


 平原で皆で摘んだ、赤くて小さな『エルシノアの実』です。


「栄養と滋養に満ちているものである」


 ボトム王が手ずから差し出したそれを口にしたベラ姫様が言いました。


「あら、思ったよりも酸っぱくて美味しいわ。いくらでも食べれてしまいそう」


 フィロストレリア様が笑います。


「最近の食欲のなさが吹き飛ぶほどの美味しさかい?」


「ええ、なんだか、ものすごくこの酸っぱさがたまらなくって!」


 『エルシノアの実』はそんなに酸っぱくはないはずです。リネッテ姫様も陛下も私も首を傾げました。


「お姉さま、食欲がないって………」


 リネッテ姫様が心配そうに聞くと、ベラ姫様が微笑みます。


「もうすぐ雨期だからかしら。シュトラスレートル城と違って、ここは少し湿度が高いのかしらね。ちょっと食欲が落ちてしまったけど、もう大丈夫よ」


 ふと、ボトム王が呟かれました。


「身体の具合によっては多少この実も味も変わろうが………酸っぱく感じる、というのは、もしや」


 そしてこの私を手招きして、籠の中から美味しそうに実をつまんでは食べているベラ姫様にそっと視線を投げて、耳元で囁いたのです。


「………確認して参りますわ」


 そうです。そういうことだったのです。


 私はベラ姫様のお側に寄って、色々と、『聞くべきこと』を訪ねました。


「…………まさか、私」


 エルシノアの実を片手に、もう片手を下腹部に当てて、ベラ姫様は呟きました。


「本当に………? 確かに、ここのところ………ああ、でも、どうしましょう、あなた、確かかどうか、わからないことには………」


 フィロストレリア様の顔色がはっと変わりました。


「可愛い僕のみどりの姫、もしかして君は………」


「もしかして、もしかしてでしか、ないのよ。でも、思い当たることばかりで………」


 ボトム王が言われました。


「女性にとっては、雪山を歩く艱難辛苦並みのことであろう。ここは大陸で最も美しく快適な館である。ゆえに、そこで体調が悪いとなれば、それ以外に思いつきはしまいが」


 リネッテ姫様が、まるで顔中に花を咲かせたかのような面持ちで、問いました。


「お姉さま、まさか………お子が出来た、の?」


 ベラ姫様が、頬を真っ赤にしながら、静かに頷きました。


「もしかして、と思っていたけれど、ずっと確証がなくて。………この赤い実が、教えてくれたわ。たった今」


 フィロストレリア様がベラ姫様をしかと抱きしめて、心の底から嬉しそうに言いました。


「ああ、本当に、こういう時何て言えば良いのかわからないのは、どうしてだろう。……ありがとう僕の姫君。最高に、本当に最高に、嬉しいことだ!」


 子供がお腹の中にいる時期は、魔術のあれこれにも支障が出ることがあります。


 先を見通す瞳とて、やはり例外ではなかったということです。


 ベラ姫様のこの不思議な瞳のことを知っているのは、ベラ姫様御本人とアンフィーサ姫様と私だけ。


 『先見』という生まれついての能力は、どんなに微かであっても悪用されがちです。それを、誰にも知られないように育ててきたこのルネにとっても、心からの朗報でございます。


「ねえ、ルネ。ベラお姉さまのためにもこの館に残っていてあげて。はじめての出産ですもの。ルネがいればきっと大丈夫。ベラお姉さまも心強いと思うの。あたしにはマリィがいるから大丈夫よ」


「かしこまりました。マリィや。きちんとリネッテ姫様にこれからも誠心誠意お仕えするのですよ。困ったことが会ったらすぐに妖精便を出してくるように」


「は、はい。必ず!」


 小さなマリィは、小さくはあっても一人前の侍女です。人間の作法もゴブリン族の作法もどちらにも通じています。問題は何もないでしょう。


「お心添えに感謝を、リネッテ姫」


「いいえ、いいえ、お兄さまにおかれましては、お姉さまを愛してくださって、おかげで、こんなにも喜ばしい日が来て、私も夢みたいで…………」


 こういう時の挨拶にまだ不慣れなリネッテ姫様が、もごもごと真っ赤になって返事を返します。


「ああ、でもあたし、はじめて『叔母さん』になるのね! たっぷり産着を用意したいところだけれど、綿の織機が故障したままで………」


「図書室の棚の右端のほうに、良い本があったはず。あとで持っていかせましょう」


 そこに、ふらっとシーバスレリアが入ってきました。


「話は廊下で聞いてしまったよ。とにかくおめでとう。兄上に義姉上!」


「相変わらず変なときにやってくるなあ、お前は。でも嬉しいよ。本当にありがとう」


「元気な御子であればいいけど、元気すぎて僕みたいに外をほっつき歩くタイプじゃないことを祈っているよ!」


 その日の夕食は豪華なものでした。


 ベラ姫様はエルシノアの実ばかり食べておられましたが、ボトム王が仰られました。


「ふむ、我が配下に命じて、その実をこの館まで定期的に届けるよう取りはかろうぞ」


「それでしたら、妖精便の子に案内させましょう。彼女達はこの森でも迷うことはありませんから」


「誠にありがたいことである」


 食卓の机の隅には既に、『ドワーフ族製の織機についての覚書』という冊子が置かれています。


「ルネの荷物もこちらに送るわ。他に何か必要なものがあったらすぐに言ってちょうだい」


「リネッテ姫様も、私が見てないからってお転婆は程々になさってくださいな。淑女の心得は決して忘れないように」


 こうして、幸せな夜は更けていったのでございます。


 ベラ姫様のご懐妊もですが、リネッテ姫様がシュトラスレートル城にいたころよりもずっと、逞しく元気になられたことも、私にはとても頼もしくあります。


 そして、このような重要事をお知らせするに当たって、いつもの妖精便には更なる砂金をたっぷり支払っておりますゆえ、どうかご安心を。 あなかしこ


今日からはこの『木叢の館』に住まう予定の

忠実なる姫様方の侍女ルネ

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