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22通目 リネッテからベラへ

『常冬の宮殿』より

親愛なるベラお姉さまへ


前略 詳しい報告は陛下から届くと思うので、簡単に。


  満月草を、採ってきました!


 十年分くらいの冒険をした一日だったと思います。とっても大変だったけれど、やり遂げたんですあたし達!


 それで、疲れ果てて晩餐の時間まで眠っていたのをルネに起こされて、まだ寝ぼけまなこで(隣の陛下があくびを噛み殺してるのも見ました)コルセットを締められて、夕食の間に向かいました。すると


「両名共に、大義であった」


 すっかり聞き慣れた、あの独特の低く響く威厳ある声が、妙に低い場所から響いてきたのです。


 夕食の間にあったドラゴン族用の大きなテーブルがなく、人間用のテーブルの中央に、見たこともないほど美しい蒼い髪と瞳の、見たことはないはずなのに、どこか見覚えがある、年の頃は三十ほどの殿方が腰掛けておいででした。


 美丈夫、って言葉はきっとこのために使うのかしら、といった感じそのものの、不思議な殿方を前に、さっきまで寝ぼけまなこだったはずのボトム王が言いました。


「我が兄上よ。満月草、お気に召していただき恐悦至極」


 そう、あたし達が眠っている間に早速、満月草を食した、あのアルベリッヒお義兄さまだったのです。


「流石は我が弟である。匂いでわかるか」


「きっと匂いなどなくとも、義姉上もわかるであろう」


 ドアが開くとそこには、とびっきり美しいドレスを着たアンフィーサお姉さまが、立ち尽くしていました。


「………あなたなのね、わたくしの、愛しい陛下」


 ぽろぽろとアンフィーサお姉さまの美しい目から涙がこぼれます。


 お姉さまったら、あたし達が山の頂上から帰ってきた時も泣いていたのよ。


 せっかくのお顔が今日一日だけで台無しになってしまうわ。


「わたくしの可愛い妹と義弟が、命をかけて手に入れてきてくれた、あの『満月草』を」


「そう。いかなる果実よりも美味であった。一口だけ口にして、あとは保存しておるがな。……そして朕はこの姿で妃に謝りたかった。汝の妹を危ない場所に送り出したことを。そして我が弟にも試練を課したことを」


 ボトム王がくつくつと笑います。


「ドラゴンというものは古来、冒険する者には試練を与える生き物である。我らはそれに応じただけのこと。だが我が兄よ。義姉上にこってりと絞られたかな?」


「何故それがわかった。もしもそなたらが帰ってこなかったら『三種族同盟など知らない』『シュトラスレートル城に帰る』とまで言われたのだ」


 もしかして、ボトム王は本当は(ゴブリン族の年齢って見た目だけだとよくわからないのだけれど)アルベリッヒお義兄さまよりも歳上なんじゃないかしら。


「アルベリッヒお義兄さま、それに、アンフィーサお姉さま、あたし達、やりたかったからやったんです。すごい冒険もしたけれど、陛下……ボトム王がいるから大丈夫だと思って……」


「リネッテ………」


「お姉さまたちにいつも花冠を編んでいて良かったわ。花を傷つけずに採るのは、得意なのよ」


 アンフィーサお姉さまが、お義兄様を見ます。


「そうね、わたくしたち、リネッテとボトム様に、大きな『借り』が出来たのです」


「心得ておる。こうも間近で汝を見ていると、その美しさに触れねば、この者らの今日の冒険が全てふいになってしまうような、そんな気がするのだ」


「ずるいお方。でも、わたくしは………」


「アンフィーサ。誇り高き我が妃よ。朕はまだ人間となって数刻しかたっていない故、人間のように跪いて許しを請う術もよくは知らぬ。ゆえに、はっきりと言おう。赦してほしい、と。そして、この世で一番美しく燃える焔の花を、今宵我が腕の中に招き入れる名誉に浴することを」


 アンフィーサお姉さまが、静かに歩み寄ります。真っ赤な美しい瞳と、蒼く深い色の瞳が交差します。


 腕の中で、静かに涙するお姉さまのその涙を、絡め取るように不器用に舌先で舐めてから(これって、ドラゴン族ならではの仕草なのかしら?)、次に、唇に、優しくキスをしたのです。


 ああ、なんだか、絵物語の中にいるみたい。


 今日の大変だった冒険が、なんかまだ身体にこびりついている気さえしたあの山の冷たい雪が、一瞬で全部溶けてしまったような、そんな気持ちです。


「本当に、ずるいお方だわ……」


 蕩けるように美しい声で、お姉さまが、呟きました。


「心の氷って、たった一瞬で溶けてしまうのですね。だから、わたくしの可愛い妹と弟に免じて、赦してさしあげます。…………けれど、二度は、ありません。妹と弟を、わたくしのように大事に扱うこと。それが条件です」


「心得た」


 お姉さまの燃えるように美しい赤い髪、雪のように白い手に触れて、お義兄さまは答えます。


「我が唯一の焔よ。汝の赤い髪と白い手、燃えるような瞳にかけて」


 髪や手に何度も燃えるようなキスを落としながら、アルベリッヒお義兄さまは誓いました。


 そして晩餐の時間がはじまったのです。カトラリーの使い方をお姉さまに教わる(ドラゴン族には無縁ですものね)お義兄さまの姿は、なんだか不思議な光景だったけれど、とても微笑ましいものでした。


 そして晩餐が終わると、音楽が流れました。天下のドラゴン族といえど、楽師は人間を雇っているのです。


「踊ってはくれぬか、妃よ」


「ええ、喜んで」


 二人が立ち上がって、広間の中央を踊る姿の美しさときたら!


 今ここにベラお姉さまがいたら、きっと感動のあまり涙するんじゃないかしら。


 広間の隅に控えていたルネが服の裾で溢れる涙を拭いて、ゴブリン族のマリィもまた顔を赤らめながらうっとりと見入っていたのです。


「美しいものだ」


「………満月草、本当にありがとう、陛下」


「何、あれはベラ義姉上の知恵。我はそれにしたがったまでのこと。それに、そなたがいなかったら我は今頃ドラゴン族の山の谷底に転がり落ちていたであろう身。リネッテよ。今宵は実に佳い夜である」


「あたし、あんまり飲めないのだけれど……でも、一口だけ頂くわ」


 世界中がきらきらと輝いているような、そんな一晩。きっとお姉さまとお義兄さまにとっては、もっともっと輝いているような一晩だったに違いありません。


 ええ、そうでないと!


 だって、あたし達、すごく頑張って、おかげでこうして、こんなにも美しいものを目の前にしているのよ。


 宝石と宝石が踊るなんて、どんな宝石だって敵わないでしょ?


 晩餐の広間から部屋に戻る途中、あたしはボトム王に言いました。


「あたし、いつか陛下と踊る気がするわ。今はまだ、何だかちょっと早い気がするのだけれど」


「……そうか」


「もしも満月草があったら、『でっかい姫さま』のままかしら。それとも、小さなゴブリンの娘になるのかしら。なんだか、どっちでもいい気がするわ。ねえ、陛下は………」


 このあたりから、お酒が回ってしまって、何を聞いたのかすら記憶がないのだけれど、ボトム王は、確かにこう言いました。


「………その時が来たら、我が、そなたに教えようぞ。いつか、必ず」


 そして今、この手紙を寝室で書いています。お姉さま達が口づけする場面なんて、こうして酔ってないと報告できないんじゃないかしら!


 ボトム王も寝室にいらっしゃいます。あの山で、寝る前にはきちんとおでこに口づけをする約束をした覚えがあります(お姉さま達みたいな、あんなに素敵なものは、恥ずかしくて恥ずかしくて出来ないけれど!)


 なので今日はここまで。 草々


あなたの恥ずかしがり屋な妹

リネッテ・ブリンク

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― 新着の感想 ―
ボトム王とリネッテ妃の大冒険の末はアルベリッヒ竜王とアンフィ―サ妃の愛の成就! なんとドラマティックなのでしょう!このお話は「仲良し姉妹のお姫様がそれぞれ強く豊かな王様のもとに嫁ぎました。めでたしめで…
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