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21通目 ゴブリン王ボトムからエルフ族長フィロストレリアへ

『常冬の宮殿』より

いとも貴きエルフ族の長にして我が兄フィロストレリアへ


 謹啓 我が長兄アルベリッヒ王の要請の元、我は妃リネッテと共に、このドラゴンの宮殿がある山の頂に咲くという『満月草』なる花を取りに行くことと相成った。


 人間族の防寒具だけでは甚だ心許なくはあったが、同行していたエコールが山頂近くまで安全に送り届けてくれるとのこと。この女史を紹介してくれたシーバスレリアに感謝の儀を何卒お伝え願いたい。


 それと、例の本にてこの度の献策が叶ったゆえ、我らが賢きベラ義姉上にも。


 幸いにも当日は朝日も眩しく(故あって、多少睡眠不足ではあったが)、天候に恵まれることとなった。我が平原でも時には雪が降るものの、このように積もることなどなかったが、降っていないだけましというもの。


 腰に命綱をつける金具を用意していたロープに巻いて(貴姉からの手紙を見て真っ先に用意しておいて正解であった。こちらにも何卒感謝の念を何度もお伝え願いたい)出発したのである。


「頑丈なロープの結び方や、靴の滑り止めの方法まで書いてあって、本当にすごいわよね、この本」


 リネッテが言う。我々は荷物を手分けして、貴重な蝋紙に緑の本と予備の手袋などを包み、ドラゴンの炎で温めた特別な滑石で出来た温石(これはアルベリッヒ王とアンフィーサ義姉上が夜の間に用意するよう取り計らってくれたものである)をいくつかと、突風でも消えぬ特別なカンテラなどをそれぞれ持った。


 そして手持ちの服を何枚も重ね着して、何枚も重ねた靴下には厨房から拝借した唐辛子をまぶして(ゴブリン族も人間族も凍傷になってしまえば指を落とさねばならぬゆえ、その予防である)、雪用のブーツに滑り止めの縄を巻き付けて、我とリネッテは樽に入って頂上を目指すことにしたのである。


 樽の中で、


「満月草とは、虹色の小さな花である。この収集瓶に詰めて持ち帰ろう。マリィとルネが『酒に浸して保存する』準備をしておる。ドラゴン族の元には強く純粋な酒が幾つもあるゆえ、最適であろう。根まで抜いてしまえば二度と咲かぬであろうから、気をつけるように」


 我がリネッテに満月草について教えると、リネッテは言った。


「そうね。一回っきりじゃ、ただの奇跡になってしまうわ」


「ただの奇跡?」


「奇跡って、素敵な言葉だと思うけど、一度しか起こってくれないじゃない。『アルベリッヒお義兄さまは、奇跡的に、一晩だけ、お姉さまを愛したのです。めでたしめでたし』っていうのは、なんだかちょっと話が違うと思うの。あたしと陛下が頑張って、何度だって何度だってずっと、愛し、愛させるの。あたしのお姉さまには絶対に、それだけの価値があるんだもの。ああ、せめて種が採れたらいいのに。種さえあれば、いっぱい育てられるんじゃないかしら」


「我らは野草を栽培するのは得意であるが、このような標高も高く雪も多い気候で咲くという花を育てて増やすことは………うむ………シーバスレリアに聞いてみるか」


「ありがとう、陛下」


「ボトム、で宜しい」


「まだ慣れなくて……。あたし男のヒトを名前で呼んだことってないの」


 たとえ腰までの身長しかなくとも、我はこの初々しい妃にそう認識されているとわかっただけでも、気合いが入るというものである。 


「そなたがずいぶん情熱的な考えを持っていることはよくわかった」


「陛下は?」


 満月草には限りがあるゆえに、己の今のこの姿で、そのように若く情熱的なそなたに言えることなどまだ少ないのだ、などといった言葉が一瞬喉元まで出かかったが、


「……我は従順かつ賢明な『弟』である故、こういうのは、兄上や義姉上達から順に解決していくのが世の習いというものである」


 そう答えるに留めておいたのである。


「我が兄アルベリッヒは、そなたの麗しき姉が如何なる姿であっても、心から愛しているには違いないが、ドラゴン族と人間が婚姻し、心から互いの立場となって触れ合い、愛し合うに当たってはやはり『満月草』は必要不可欠なものである。エルフ族に感謝せねば」


「そうね………」


「……我はこんな姿である故、リネッテよ、無理は不要である。ただし我がゴブリン族でなければ、このような厳しい山で草木の収拾など出来なかったであろう。天の差配というやつに相違ないな」


「そんな、無理なんてしてないわ。でも」


「まあ、寝る前の口づけ、あれは悪くない。実に良いものである。この広い額が妃からの口づけに浴する日が来るとは、我にとっては替えがたい喜びであった。帰ったら鷲の大崖の我らの寝室も出来上がっていよう」


「そ、そうね。く、口づけね。約束するわ。だから………」


 樽の揺れが止まる。エコールの声が響く。


「着いたよ!」


 上空で、樽のドアを開けると凄まじい雪風が吹き込んできた。


「………とにかく、無事に、一緒に帰りましょ。満月草を採って!」


「勿論!」


 重石をつけた縄梯子を落とし、ドアにしっかりと結わえつける。二人で、互いに吹き飛ばされて滑落などしないようにロープで括り、雪が吹きすさぶ地面へと降りていく。山の頂上は近いはずだが、見える様子はない。


 それでもかの緑の本に記されていた、雪山での歩行術を元に、長い間二人で無言で歩いていくと、突然視界が開けた。


「ここか」


「そうみたいね」


 すっかり真っ赤になった顔で、真っ白の息を吐いて、リネッテが言う。


「あ、あたしには雪の下のどこにあるのか……ちっともわからないわ……」


「我は鼻が良い故、この風が多少収まれば、嗅ぎ分けることができよう。……しかし、それまでずっとこうして棒のように立っていては、二人して見つけるよりも前に凍ってしまう。穴を掘って、機が熟すのを待とう」


 リネッテは杖代わりのピッケルを、我は背負っていたシャベルを手に、二人でぎりぎり入れる大きさの穴を雪山に掘って、潜り込む。


 ドラゴン族謹製の消えぬ炎のカンテラと暖かい温石がなければどうなっていたか、極力考えぬようにして、我は言った。


「我ひとりだったらとうに吹き飛ばされていたであろう」


「あたし、『鷲の大崖』に嫁いでなかったら、ここまで来られなかったんじゃないかしら……」


「この厳しい山で咲くのならば、強風などに直接煽られない大きな岩の影などが好ましかろうな。正午、太陽が真上に来たら、探せるだろう。腹ごしらえは?」


「お姉さまが暖かいスープを用意して下さったわ。筒に温石が入っているの。今のうちに分け合いましょ」


 身を寄せ合って、暖かく美味なスープを口にすると、少しばかり元気が湧いてきた。


 やはり我らは、なんとしてでも満月草を採って帰らねばという気持ちが湧いてくる。


 そして正午、風も収まり太陽も再び顔を出す中、我らは探索を再び開始したのである。


「岩場の影ね」


「雪が凍っている場所もあろう。気をつけて歩くように。歩けなかったら我を呼べば良い」


「わかったわ」


 必死で、目星を付けた岩の近くまで登る。ほんの僅かに甘い香りが漂い、黄色く輝く小さな花が、岩場の陰に潜むように幾つも咲いている。間違いなく、それは満月草であった。


「見つかったの?」


「うむ、リネッテよ。そこで少々待っておるとよい。すぐに採って………」


 突如拭いた凄まじい風が、我の身体を宙に勢いよく吹き飛ばした。


 それから数刻のことは少々覚えてはおらぬが、気付いた時には雪の中でリネッテに抱きかかえられていた。頭をしたたかに打ち付けたらしく、包帯が巻かれている。


「気がついた……?」


「そなたとの間のロープがなかったら、転げ落ちて即死だったかもしれぬな。リネッテよ、そうも涙を流すと、凍って顔に傷が出来てしまうではないか」


「お姉さまに怒られて……しまうわ………」


 雪の中、岩の影までたどり着き、我の冷えた身体を擦ってくれていたらしい。


「………怒られることは、なかろう。そこに生えているのが、満月草である」


「私が採るわ。道具は………」


「幸いにも、収集瓶は無事である。……瓶の中に小さなナイフがある。我の代わりに、頼む」


「ええ、ええ。すぐに」


 手袋を脱ぎ捨て、凍り付いた瓶の蓋を開けて、折り畳みの小さなナイフを取り出し、リネッテが丁寧に花を摘んでいく。


「……私、花冠を作るのだけが特技なの。だから、花の綺麗な摘み方だけは、誰にだって負けないわ」


「……帰ったら我にも編んで貰うか。平原の花畑に案内しよう」


「楽しみが増えたわ」


 瓶に花が溜まっていくのをぼんやり眺めているうちに、やっとのことで意識が明瞭になってくる。頭の包帯をしっかりと巻き直して、寒くて真っ赤になっているリネッテの手に、懐に入っていた温石を握らせた。


「もう大丈夫である。交代して摘んでいくとしよう」


「本当に?」


「……ゴブリン族は寿命が人間族ほどには長くないが、ゴブリンロードと呼ばれる長の一族は多少は長く生きることができる。人間の妃を娶ったこの我、決してこの命を無駄にはせぬ」


「約束して」


「よかろう」


 何かを喋っていないと辛いのであろう。太陽は傾き、日が落ちかけている。


「よし、これだけの量があれば問題なかろう。撤収である」


「エコールを呼ばないと。でも、どうやって」


「アルベリッヒ兄上から貴重なものを預かっている。これを合図に使おう。『光石』といって、火を付けると上空へ光を放ちながら飛んでいくものだ」


「ああ、あんた達ってば、本当に、無事で何よりだよ………」


 夕日を背に飛んできたエコールが降ろしてくれた縄梯子を、二人して最後の力で攀じ登って、同事に、敷き詰めてあった樽の中の暖かい毛布へと転がり込む。


「……エルフ族の毛布というのは、天国と同義語なのだろうか」


「……わかるわ。帰ったら『鷲の大崖』にも送って貰わない?」


「大いに賛成である。エコール、宮殿に着いたら起こすように。我らは少々……休息を必要としておってな……」


「二人とも、そのまま本物の天国とやらに行くんじゃないよ?」


 一日に二度も気絶するなどということが、ゴブリン族の王たる我にあっていいものか、と一瞬だけ頭を過ったが、気付いた時には意識が落ちておった。


「リネッテ! ボトム様!」


 なるほど天使のような声である、とぼんやり何かにうっすらと納得しかけながら目を覚ますと、樽の扉を開けたアンフィーサ義姉上が飛び込んできた。


「お姉さま……」


 隣で同じく泥のように眠り込んでいたリネッテもまた目を覚ましたらしい。


「……あたし達、やったわ」


「ああ、わたくし、あなた達が無事なら、なんだっていいの! わたくしのせいで、あの厳しい雪山に行くことになってしまって…………」


 エルフ族の布団に埋もれている我らを抱き起こして、アンフィーサ義姉上が美しい涙をこぼす。


 しっかりと腰に結びつけた収集瓶の紐をほどいて、そんな義姉上に我は満月草を手渡した。


「ボトム様、そのお怪我は……」


「義姉上、これはちょっとぶつけただけであるからして、心配は無用である。さあ、兄上にこれを。晩餐の時間まで、眠ろうと思うのだが………その前に、フィロストレリア兄上達にも、諸々、知らせねばならぬな………」


 そして晩餐の時間まで隣の寝台で妃のリネッテを寝かせ、今こうして報告を書いているというわけである。


 ところどころインクが垂れているのは、我らゴブリン族であっても睡魔には勝てぬ証である。どうか許されたい。 啓白


貴兄の忠実なる末弟

ボトム・ゴブリンロード

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