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19通目 リネッテからベラへ

『常冬の宮殿』より

親愛なるベラお姉さまへ


 前略 知っての通り、あたし達はこの大陸で一番高い山の中腹にあるドラゴン族の宮殿に来ています。何もかもが壮麗で、大きく、圧巻というよりはひたすら圧倒される感じです。


 ルネが久々にコルセットを締めてくれました。こういう場所で着れるドレスをきちんとシュトラスレートル城から持ち出せて、本当に良かったって思っているところ。


 晩餐はとても不思議な会でした。テーブルはあたし達のサイズのものも、きちんと用意されていて、食事はお肉が中心の、大変美味しいものでした。


 エコールによると、山に住む野牛を狩ってくるのがドラゴン族のコック達の朝の仕事なんだとか。コックなのにとても豪快なのね!


 それにしても、ドラゴン族とゴブリン族って何から何まで真逆なのに、お義兄さまは不思議と、あたし達の陛下ボトム王を気に入っているみたい。


 ボトム王も、自分の体の十倍以上はあるお義兄様を前に、堂々と振る舞っています。


 そして、晩餐が終わる頃、ボトム王は、アルベリッヒお義兄さまの隣の席に呼び寄せられた時に、相変わらず生真面目な顔で言ったのです。


「今宵は貴兄の為の朗報を携えてきておるが、朗報かどうかは貴兄次第であるな」


 ルネが静かに、ボトム王に例の赤い本を差し出しました。それを手に、


「…………貴兄は『人間』というものをどう思われるか問うても宜しいか?」


 ボトム王は聞いたのです。


「弱く儚く、だが賢く美しいものであるな」


「我がエルフ族の義姉上が贈ってくれたこの本によると、高く気温の低い山の山頂にのみ咲く花があるとのこと」


「花?」


「『満月草』と言い、満月の日にしか咲かぬ希少な花ではあるが、その花には、食せばいかなる種族であろうとも、たった一夜の間だけ『成りたい姿に変える』効能がある、とのこと」


 マナーにはとても厳しいはずのアンフィーサお姉さまが思わずフォークを取り落とし、アルベリッヒお義兄さまもまた、大きな瞳を見開きました。


「エコールよ。そなた、この山の山頂までは飛べるか。ゴブリン族は収集にかけては他の種族に決して引けはとらぬゆえ、我が兄上と義姉上の返答次第では、すぐにでも山頂へ向かうが………」


 ボトム王に聞かれて、肉に舌鼓を打っていたエコールが


「任せといてよ。でも、山頂は狭いし崩れやすいから、もし行くつもりだったら、近くに降ろすだけになるよ? ドラゴン族が降りたら雪崩になっちまう。それに風が強いから、王様くらいのサイズだとあっという間に吹き飛ばされるんじゃないかな」


 と答えます。


「そんなこともあろうと、ロープは毛布の下に積んできてあるのだ」


 思わずあたしは立ち上がって言いました。


「じゃ、じゃあ、あたしもいきます! 探検はまだまだ不慣れだけど、ロープをきちんと引っ張ることくらいならできます。でも………」


 けれど、ふとあたしは気になったのです。


「あたしたちが………その、満月草を採ってきたら、『どちらが』それを食べるのか、それだけ、知りたくて」


 聞いて良いことなのか、晩餐のマナー違反なのか、色んなことが頭をよぎったけれど、あたしは、思い切って、勇気を振り絞って、聞いたのです。


「………アルベリッヒお義兄さまは、アンフィーサお姉さまを、愛していらっしゃいますか」


 アルベリッヒお義兄さまが、はじめて、このあたしを静かに、深く、見ました。


「末の姫よ」


「は、はい。無礼を、どうかお許しください」


「否、汝はこう聞きたいのであろう。この朕が、人間族の姿になるのか、はたまた、汝の姉なる我が妃アンフィーサを、ドラゴン族の姿にするのか」


「………はい」


 広間に、沈黙が流れました。沈黙って、こんなに緊張するものなのね。あたしは身震いしてしまいそうになるのを、必死でこらえます。


「ヒトを愛するには、誇りを脱ぎ捨てる必要があると、汝の夫は言う。それは、大陸の頂点たるドラゴン族の王にとって最も難しい試練である」


 ボトム王が、静かにアルベリッヒお義兄さまを見つめます。


「だが汝は、満月草を『夫と共に』取りに行くと行った。一介の人間の末の姫よ。この山の厳しさは聞いておるな」


「はい」


「ならば、夫婦で成してみよ。もし無事に持ち帰ってきた暁には、朕はそれを飲み、『人間の』姿となろう。朕は、朕の手に入れたこの世でたった一輪の、美しく燃える焔の花を、ただひとり孤独な閨で枯れさせるような男ではない。そのためなら、誇りなどいくらでも脱ぎ捨ててやろう」


 思わず、あたし達は二人、同時に立ち上がりました。


「行きます!」


 アンフィーサお姉さまが言葉を失って、ただただ立ち尽くしています。


「大丈夫。お姉さま。あたし、きっとこのために、ここにきたのだから。アルベリッヒお義兄さまと、ここで待っていてくれる?」


「リネッテ………」


「あたし、お姉さま達がいなかったら、あの城でただただ、『有象無象の』『ごく普通の』人間の殿方と何だか適当な感じで結婚させられて、特になんともない、なんにも面白くもない生活をしてたに違いないわ。あたしにとってこれは、人生に必要な冒険のひとつだと思うの。ちっとも怖くないわ」


「義姉上。そなたらが愛情込めて育て上げたと言っても過言ではない我が姫であるが、姫はもはや我が一族の宝である。ゆえに、決して失いはせぬ。我々は貪欲な子鬼にて、一度手に入れた宝は、命に代えても手放さぬ性分であるからして、どうかご安心なされよ」


 アンフィーサ姉様はあたしと陛下の元に駆けよって、ぎゅっと、力の限り抱きしめてくださいました。


 暖かい、お姉さまのぬくもり。いつ以来だったかしら。


「………リネッテ、そしてボトム様、わたくし、あなた達が好き。大好きよ。絶対にいつか、このお礼はするわ。忘れないでいてちょうだい」


 そしてお姉さまがぎゅっとボトム王の手を握りました。


「わたくしの、可愛い妹を宜しく頼みます」


 その手の甲に、丸で騎士道物語の絵本のようにキスをして、ボトム王が言いました。


「必ずや」


 ああ、ああ、なんかもっと書きたいことがいっぱいあるけど、今日はもう早く寝なければいけないので(明日の朝日と共に出発することが決まりました)、ここまでです。あたしとボトム王は同じ部屋と大きな寝台を宛がわれています。


 あの『鷲の大崖』ですら、そんなことはなかったのに(もっとも、今頃職人達がせっせと部屋を大きく掘り広げている頃なのだけど)なんだか緊張してしまいますが、アルベリッヒお義兄さまにああ言った手前、なんとも言いようがない、というものです。


 ボトム王はちょっと目を白黒させて、寝台によじ登ってからこう言いました。


「早く寝なければならぬが、眠れるかどうかは別の話であるな」


「……わかるわ。でも、眠れない夜は、こうするといいってアンフィーサお姉さまも、ベラお姉さまも、言っていたわ」


 ボトム王のちょっと広いおでこにキスをしてから、しっかりと眠ることにします。


 殿方との初めてのキスが緑色のおでこになるなんて、ルネだったらきっと『人生とはわからないものです』って言うに違いないけれど、何故か、そうしたい気持ちだったので、そうしようと思います。


 人生って本当に、わからないものね。 草々


あなたの妹(赤い本をありがとうって書くのを忘れたわ。本当に、本当にありがとうお姉さま。明日は早いのでこんな場所に書くことを許してください)

リネッテ・ブリンク

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