18通目 侍女ルネからベラへ
『常冬の宮殿』より
いとも優しく賢き私達のベラ姫様へ
恭啓 この老骨がよもや樽に詰められてドラゴンに運ばれることになろうとは、人生とは最後まで本当によくわからないものでございます。
荷物と毛布を樽に詰めて、私はマリィを抱えて樽に入りました。リネッテ姫様は言います。
「あ、あの、陛下」
「何か不都合でもあったか」
「な、なんであたし………陛下に抱えられているの?」
「それは樽の中が決して広くはないからである」
振り返って見ると、リネッテ姫様がなんと、ボトム様に抱えられているではありませんか。思わず抱きかかえているマリィを地面に落とすかと思うほどびっくりしましたが、
「あ、あたしのほうが大きいから、その、きっと、重いと思うんだけど………せめて、逆………ってのは、ありかしら」
真っ赤になった姫様がボトム様に問いかけます。
「残念ながらそれはゴブリン族の王たる我の、否、どちらかと言えば別の何かの沽券に関わるので却下である」
樽の横にいるドラゴン族の運び手エコールが大笑いしながら
「見た目より力持ちなんだねえ、王様!」
と口笛(ドラゴン族が吹く口笛は巨大なフルートのような音でしたが)を吹いて冷やかすのも意に介す様子もなく、ボトム様は悠然とリネッテ姫様を抱きかかえて樽の中に入っていってしまったのでございます(ゴブリンの職人達が急遽側面に頑丈な扉を作ってくれたのです)
私も慌ててマリィと共に樽に入ります。ボトム王はリネッテ姫様を抱えたまま悠々と毛布に埋もれるように座り込み、
「ふむ、これがエルフ族の毛布か。暖かさが段違いであるな」
などと真面目に呟いておられました。
「め、綿花の育て方と紬ぎ方がわかれば………絹の布とか羽根のお布団とかは無理でも、ちょっと良い感じになるかもしれないわ」
嫁いでからまだ数ヶ月も経っていないのに、リネッテ姫様はすっかりゴブリン族の生活に馴染んでしまいました。
「さすがは我が妃である。かつては綿花の糸を紡ぐ道具もあったのだが、修理するドワーフ族がいなくてはなんともならずに困っていたのだ」
そこにエコールの声が響きます。
「出発するよ。しっかり捕まってな!」
樽がふわりと浮き上がります。未知の感覚に小さな悲鳴を上げるリネッテ姫様をしっかり抱き寄せて(余談ですが『鷲の大崖』の寝室はただいま建造中であり、ボトム王がリネッテ姫様の寝室へお越しになったことはまだ一度もなかったはずです)
「大事はないか。ないならよいが」
などというボトム王を見て、私は思ったのです。
器用なのか、それとも不器用なのか、気位が高いのか、それともそうでないのか、どうにもわかりにくいところがあるこのボトム王ですが、この方は本当は心底、リネッテ姫様を愛していらっしゃるのではないか、と。
例の赤い本にあった、アルベリッヒ王に献策したき儀をボトム王にお伝えした時も、ボトム王は大変驚いておられましたが、
「我が兄もまた、義姉上を愛しておられる。……ただ、愛する方法が、わからぬだけであるゆえに、これは我々が授けることの出来る策としては、最も佳いものかもしれぬ」
思いのほかしっかりと、確証を持っているかのように、言ったのです。そしてしみじみと、こうも付け加えました。
「男という生き物は、種族が違っていても皆、難儀であるな………」
それはともかく、少しばかり樽の隙間からは上空の冷たい風が入り込んではきたものの、私達はつつがなくドラゴン族の宮殿の前までやってきました。門番のドラゴン族達が何か奇妙なものを見る目で(致し方ない気もします)、樽の中から転がり出てくる私達一同を取り囲みますが、
「『レーデルランド三種族同盟』の『末弟』ボトム・ゴブリンロード、我が高貴なる兄上アルベリッヒ王の元に参上仕った次第。開門を要求する」
冒険者組合が用意した子供用の防寒着と、愛らしい赤い靴下を履いたまま、堂々たる態度で、リネッテ姫様を隣に声を大にして言いました。
途端に、
「リネッテ!」
ゴブリン族の『鷲の大崖』の横穴にあるドアの十倍はありそうな巨大な城門が開き、懐かしきアンフィーサ姫様がまろびでるように駆けて参りました。
「ああ、可愛い子。遠くからはるばるよく来てくれました。待っていたのよ」
妹姫を抱きしめて、ほろりと涙をこぼしながら言ったのです。その傍らで、
「こうして直に会うのは初めてであったか、我が末の弟よ。子鬼の王にしては、随分と珍妙な服を着ているようだが」
「兄上よ、これは『人間の子供用の防寒着しかなかった』と冒険者組合の者達が言っていた故、何卒許されたい。後ほど謁見つかまつる際には、妻と共に、きちんとした服で参ろう」
見るも美しい、輝く蒼い鱗の一際大きなドラゴン族の王が仰っています。そしてその姿を前にしても、堂々と臆することもないボトム王がこんなにも頼もしく、誇らしく見えるなんて!
侍女の私もすっかりゴブリン族の一員になっていたということでしょう。人生とは本当にわからないけれど、これも悪いものではない、と思うのです。
「そして『風のエコール』よ。ドラゴン族が他種族と相まみえる時代が来た今、汝には先見性があったのやもしれぬ。我が宮殿で過ごすことを許そう」
エコールがびっくりして目を白黒させながら、それでも恭しく頭を下げました。そんなエコールに、アンフィーサ姫様は言いました。
「わたくしの大事な者達をここまで連れてきてくれたこと、本当に感謝していますわ。エコール、なんて優雅な名前。何か運びたいものがあったら、これからは貴女に頼めばいいのかしら」
エコールが笑います。
「もちろん。この私に万事任せてくださいってもんです。我らがお妃様!」
アルベリッヒ王が言いました。
「では今宵晩餐の時間まで、皆、旅の疲れを癒やすがよかろう」
こうして私はようやくペンを取る時間を得たのです。
椅子やテーブルは噂通り、私達が使うそれの五倍の大きさですが、何もかもがとても美しく壮麗な宮殿。
そして晩餐の時間まであと数刻。
これからリネッテ姫にはシュトラスレートル城から持ち出した一番美しいドレスを着て頂きます。 あなかしこ
姫様方の忠実なる侍女ルネより




