13通目 アンフィーサからリネッテへ
『常冬の宮殿』より
わたくし達の可愛いリネッテへ
前略 『鷲の大崖』での生活には慣れて? 必要なものがあったら送る、と言いたいところだけれど、こちらも五倍近い大きさのものになりかねないので慎まざるを得ないのが寂しい限りです。
戴冠式もつつがなく終え、妃の仕事も一段落し、わたくしはとうとう陛下と部屋を同じくすることになりました。
「朕が寝返りを打てば、汝を潰しかねぬのでな」
そして、わたくし達が使うそれの五倍の大きさはある寝台の上でうつ伏せで丸くなっている陛下が、ぽつりと、こう仰ったのです。
「……この姿で人間に愛を与える術を知らぬ故に」
思わず、わたくしは言いました。
「隣で眠らせて頂いても……構いませんか、陛下」
「隣で?」
「少なくとも、少しは……その、いいえ、暖かくなるというものです。人間族は、ドラゴン族よりも体温が高いゆえに、温めた石を隣に置くようなものだと、思ってくだされば結構です」
陛下は楽しげにお笑いになって、こう言いました。
「よかろう。許す」
こうしてわたくしは、部屋の壁にかけてある脚立で、陛下の寝台に登りました。
「……わたくしは、妃としての責務を果たせていますか」
「もちろんである。朕の臣下らも驚いておった。『あの小さき人間族の妃はとても有能である』と」
誇らしい気持ちで胸がいっぱいになり、わたくしは聞きます。
「ならばわたくしは、よき『妻』になれるでしょうか。……これは政略結婚である、とわたくしはよく理解しております。人間族はドラゴン族やエルフ族よりも寿命は短く、故に、わたくし達が生きているうちにその両族の誼を深めておくことこそが肝要。けれど……陛下、あなた様の御政道のみならず、よりもっと、身近で、暖かい者でありたい、というのは……不敬なことでしょうか」
陛下はじっとわたくしの目を見て、ほんの少しだけ戸惑いの色を隠せないまま、答えたのです。
「……汝ほどに朕の心を揺らす人間はいまい。朕が人間の姿であれば、と思わぬでもないが、朕は我が一族の王であり、この輝かしい爪と鱗はその証、そして誇りである。……妃よ、こちらへ。今宵は冷える故に」
丸くなったドラゴン族の王の、その青く美しい鱗に囲まれて、わたくし達はただただ静かに、一夜を共にしたのです。
可愛いリネッテ。わたくしは夫を、陛下を、愛しているのです。
いいえ、愛してしまった。恋うてしまった。
わたくしたちは、政略的な意味で結びついたはずだというのにです。
どうしてでしょう。わたくしよりも大きく、姿形も全く違うのに。
あの青い鱗、荘厳なお姿だけでなく、わたくしは夫の、いつも言葉数は少ないけれど、真摯に、人間という小さな存在に対しても、対等にそして少しばかり不器用に話してくれる、そういうところが、どうしても愛おしくてしょうがないのです。
今は平気でも、いつかきっとこの愛は、わたくしを『静かに一夜を共にする者』に留めておいてはくれないでしょう。
わたくしはそういう性分なのですから。
ああ、でも、その日がくるのが、なんと恐ろしいことか。
自分で自分がわからない恋、恋なのかもわからない何かを胸に秘めて良い歳でも立場でもないというのに。
締めくくる言葉が見つからないまま、今日はペンを置こうと思います。少しだけ頭を冷やす必要もある、そんな気もします。
きっと頭も心も冷えてはくれない、そんな予感と共に。 草々
あなたの愚かな姉
アンフィーサ・ドラコスリーベ




