11通目 シーバスレリアからエルフ族長フィロストレリアへ
『鷲の大崖』より
我が兄上フィロストレリア・エルフェンノルン殿へ
拝啓 僕に手紙を書くという習慣がないことは、兄上が一番ご存じでしょう。
ですが、エルフ族長の名代としてゴブリン族の『鷲の大崖』に向かうのであれば、いわゆる報告書などというものが必要と思い、ペンを取った次第です。
無数に横穴が開いた大きな崖、近くには小川が流れていて(水車小屋があるということは、エルフ族の我々が思っているよりは彼らの暮らしは良いものなのかもしれませんね)平原では幾ばくかのヤギ達が草を食んでいます。
一人でやってきた僕を見て、ヤギを追っていたゴブリン族の老人は明らかに警戒しましたが、
「人間のお姫様が嫁いで来たんだってね? ご挨拶に来たんだけど……」
とお辞儀をして言ってやったら、
「あのでっかい姫さまのことかい? おめえさんはエルフ族みたいだが、なんでもあの姫さまのおかげで、人間族もエルフ族もドラゴン族も、もう怖くなくなったと聞いたよ。ありがてえこった」
大崖の一番大きな部屋(『けっこんしつ』と言っていましたがおそらくは『謁見室』のことでしょう)で寝起きしていること、一日に二回はこのあたりを散歩して、丁寧に挨拶までしてくれること、ヤギの乳で出来たバターで焼いたパンを褒めて貰って以来、平原のヤギ飼いのゴブリン達は『でっかい姫様』の立派な信奉者になったことなどを、道すがら話してくれました。
そして、崖の麓に着くと、そこには腰までの身長のゴブリン達に囲まれた人間の娘が、見慣れた緑の本(外エルフの持つあの本です)を手に、ゴブリン達と熱心に話し込んでいたのです。
ゴブリン達は目盛りの刻まれた枝などをそれぞれ手にして、大きな羊皮紙に何事か書き込んでいます。
「でっかい姫さまの新しいお部屋は、こんな感じでよいかねえ」
「ボトム王様のお部屋のお隣じゃ」
「しっかりした寝台に、露台も作らねえとなあ」
そこで、人間の姫君が、となりにいた人間の侍女へ問いかけます。
「露台って何かしら」
「バルコニーのことですよ、姫様」
「まあ、バルコニーも作れるの?」
するとゴブリン達は、緑色の高い鼻を更に高くして言いました。
「任せてくだせえ。ドラゴンが乗っても大丈夫な堂々とした露台があってこそ、立派なお城ってもんでっさね」
「なんでもドラゴンの王様はうちの王様の兄さんになったそうで。なら、ここも、空から見ても恥ずかしくない立派な城にせんとあかんですよ」
「この崖の土の堀り方と固め方はかのドワーフ族直伝でさあ。どんな大雨でも崩れることはないでよお」
長年旅をしていても、ここ百年くらいは出会うことがなかったドワーフ族の技術が、こんなところで生きていたとは。ちょっと驚いていると、
「あら、エルフ族の殿方が来ておりますわ。フィロストレリア様……によく似ていらっしゃるけれど」
小さな侍女が言います。
「大変、ご身内の方かしら。マリィ、急いで陛下を呼んできてくれる?」
慌てて麻で出来たエプロンを脱いで、人間の姫君が足早に駆けてきました。
ああもゴブリン達に囲まれていると、もはや人間として美人かどうかはどうでもよくなるものだな、と思わず頭の隅で不敬なことを考えてしまいましたが、流石はベラ義姉様の妹です。
手や顔に土がついていても、原石の美しさ、初々しさは損なわれないものです。
「こうしてお初にお目もじ叶い光栄の至り。エルフ族長フィロストレリアが弟、シーバスレリアと申します。兄の名代として挨拶をしに参りました」
「ゴブリン王ボトムの妃、リネッテ・ブリンクと申します。陛下がいらっしゃるまで、しばしお待ちを」
緊張した面持ちでスカートの裾をつまんで(動きやすさを優先しているのか、裾がピン留めしてありました)挨拶をしてくれました。
「何か不便なことなどあれば、お申し付け頂ければ取り計らいましょう。リネッテ姫」
「えっと、その………今のところは、大丈夫ですわ。お心遣い、本当にありがとうございます。ああ、えっと、そう、ベラ姉様の贈ってくれたこのエルフ族の緑の本が本当に役に立っていて、困ることも少なくて」
普通ならば『姫君』がこの本を役に立てるなんてことはないはずなのに、ベラ義姉様は、この状況を見透かしてでもいたのでしょうか。
「僕も持ち歩いていますよ。もう何十年以上も使っていて、すっかりボロボロになってしまっていますが」
「では、シーバスレリア様は『外エルフ』なのですね」
「たまには館に顔を出せってよく兄に怒られますが、まあ『外エルフ』は皆、そんな感じですしね」
そこにボトム王がやってきました。濃い緑色の肌に、黒い髪、身長は僕らの腰まであるかないかですが、他のゴブリン達より何故か威厳があります。
ゴブリン族の年齢というのはよくわかりませんが、『弟』とはいえきっと僕の兄上よりは歳上なのだろう、といった感じに見受けられました。
「エルフ族長の名代、ご苦労である。エルフを喜ばせる美しいものを、我は妃以外に持ち合わせてはおらぬが、どうかゆるりとなされよ」
崖の下の広間に、丸太を切って作られた椅子、簡単な枝でこしらえたテーブルなどが用意されました(そういえば謁見室は今このリネッテ姫の部屋になっているのでした)
「確かに、お妃様はお美しい」
「そなたらの『エルフ族の本』とやらで、妻は我らに様々な知識も与えてくれる。我らが兄フィロストレリアおよび、本を贈ってくれたその妻ベラ姫に多大な感謝を」
そして、野趣溢れる平原ならではの果物や飲物とともに、袋に入った砂金が机の上にうやうやしく乗せられました。
「これは……」
「上質な砂金は妖精便のチップに使うと、通常よりもよく働いて貰える。可愛い妹姫、麗しき姉姫達が書簡をやり取りするには良いものである、と我は思った次第である。そなたも『外エルフ』ならば、旅で入り用になることもあろう。皆で上手く使うように」
「義姉のベラ姫が大いに喜ぶことでしょう」
リネッテ姫も嬉しそうです。
「残り半分はアルベリッヒ王にいつか手ずから届けたいものであるが、ドラゴンの山を登ったことは?」
「正直に申しますと、ゴブリン族ならばあっという間に吹き飛んでしまうような強烈な突風があの山の麓には吹いておりまして、おすすめは致しかねます。妖精便の子達にも、チップを倍額必要とするような山ですからして」
「うむ………」
「ですが個人的に、我が知古にもドラゴン族の友がいます故、比較的安全な道を聞き出して参りましょう」
「大変ありがたいことである。シーバスレリアよ、我々は奇なる縁で共に『弟』となった身である。何か困ったことがあれば、いつでも頼ってくるように。我が妃を美しいと率直に褒めてくれた礼である」
リネッテ姫が林檎のように真っ赤になっているのが愛らしくも可笑しく、そして僕は『弟同士』であるボトム王をすっかり気に入ってしまいました。
小さいながらも威厳と気骨、機知に溢れているボトム王と、ゴブリン族に囲まれて麻のエプロンを着ながら一緒に作業をしている麗しきリネッテ姫。
彼らとの食卓は楽しく、有意義なものでした。
鉱脈の開発や製粉、牧畜、規模は小さいけれどどれもしっかりしています。
どれもボトム王の御代になってからのこと。謹厳実直ながら民にもよく慕われていて、身体は小さいながらも、風格すら感じられるのです。
エルフやドラゴン、人間達の食卓に並ぶ品ほどに美しくはなくとも、特に、リネッテ姫もお勧めしてくれた『白いパン』が大変美味でした。
持って帰れたらいいのですが、鮮度が命だとのこと。緑の本には書かれていない、パンを固く焼き締めて保存食にする方法を伝授しておきました。
兄上、きっと僕はまたこの『鷲の大崖』に足を運ぶことでしょう。兄上の名代としてではなく、ゴブリン王夫妻の友として。 敬具
ですがこれからは懐かしき『木叢の館』にもきちんと顔を出すつもりの
「それなりに」忠実なる弟シーバスレリア




