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Un Cease (R15版)  作者: EMM
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Case0 邪神ハスターの落第




 ウィアードエイジの1906年……まだ二人が夜の闇を狩り、裏の事件解決におけるプロとして名を馳せる前の物語。





「霊子構成を解析……レイヤー変更、解析……矛盾点なし、か……は、ぁ」


 灰色の霧がアーカムの夜を覆う中、ミスカトニック大学の学生寮の一室は淡いランプの光に照らされて、異界の吐息のように息苦しい。

 男は、焦りと疲弊に息を乱すーーこれも彼の邪神として送ってきた悠久の生において初めて……いや、二度目のこと。

 彼は人の身のままベッドの上で身を寄せ、少女の左手を握っていた。

 ライラ=シュルズベリイと名付けられた、かつての少女、今は生贄にされた恐怖と衝撃によって、怒り以外の全てを失ったーー空っぽの人形。

 彼女の瞳は虚空を映す鏡のように曇り、怒りの残滓だけが、かすかな棘となってハスターを睨み返し、心の奥底に刺さっていた。

 ハスターの指が、彼女の左手に刻まれた紋様を優しく撫でる。


「…・・・・っ、あ」


 電気が走ったように、ライラの身体だけが跳ねる……契約の力で維持された互いの肉体は、完璧に反応する。

 息が乱れ、唇が微かに開き、吐息が漏れるのに、ハスターの霊的視界に映る少女の魂は沈黙したまま。

 味のない飴のように、甘く溶けることなく、ただ形だけを保つ。


「おいおい、ライラ……契約の夜の熱情は、どこへ消え失せた……?」


 ハイタの声は、軽薄な仮面の下で震えていた。

 今でこそ見られる女好きの学生として振る舞う彼の日常は、まだそこにはなく……旧支配者としての焦りだけがそこにあった。

 思考入力でプログラムを調整する精度が乱れ、ノイズが彼女の魂に走る。


「かはっ、あが……かっ」


 ハスターは焦り、修正を加える。

 ノイズが肉体を駆け巡り、身体だけはびくびくと痙攣するのに、彼女の目は動かない。

 声は出ない、ただ苦しげに肺が萎縮しているだけだーー魂の震えが、ない。


「ふぅっ……ふっ、くそっ……これでも、駄目かっ……」


 ハスターは知っていた。この契約は、彼女の怒りを燃料に彼の存在を繋ぎ止めるだけ。

 だが、彼自身の霊子の不足が、徐々に彼の肉体を蝕み始めていた。

 指先が冷たく、視界がぼやけ、異次元の本体から引き出される力が、細く途切れがちになる。

 消滅の予感が胸を締めつけるのに、どうしようもない。

 方法はあるがーー彼女の脳を都合よく改変する事はこれ以上したくない。

 有史以前の間違った神であった記憶が、それを許さない。

 ただ、ひたすら調整するしかない。この空っぽの人形を、優しく、執拗に。


 彼は彼女の口に唇を寄せ、甘いキスを落とす。

 舌が這い、味を確かめるが、無味。

 体は震え、彼女の指が無意識に彼の背に爪を立てるのに、心は繋がらない。

 ハスターの心臓――死体の依代が脈打つそれ――が、焦燥に速くなる。

 致命的なエラーがハスターの脳内を駆け巡り、霊的ノイズがハスターの魂にすら苦痛を与える。

 もっと、もっと深く。手を伸ばしたいのに伸ばすほど彼女を汚してしまう。

 ハスターは呻く。


「くぅ……っ、お前を……取り戻したい……この味のない蜜を、甘くしたいのに……っ」


 彼女の中に注がれる、意味のない魂の文字列……それをただ無言のまま受け入れる人形の瞳を覗き込む。

 金色の髪に、深緑の瞳。

 それは彼がかつて心の底から愛したーー空虚そのものであった彼の心の中身を愛で満たした『羊飼いの一族』の名残……そして今や、その最後の遺児。

 悲しみと、焦燥と、諦念と、寂しさが……人となった邪神の胸に容赦なく去来し、耐えがたいそれに項垂れ、ポタポタと汗が滴り落ちる。


「どうすれば……どうすればお前を救える……っ!」


 だが、夜は深く、霧は濃く、彼の努力はまだ、果てしない渦の始まりに過ぎなかった。




 正午のミスカトニック大学ーー屋上は灰色の空の下で、蒸気の霧が薄く立ち込め、鉄の臭いと腐敗の甘い香りが混じり合う。

 太陽の光がぼんやりと差し込み、屋上のコンクリートを温かく撫でる中、学長ヌトス=カァンブルは、露出の多い水着姿で日光浴を楽しんでいた……いや、正確には『食事中』。

 彼女の肌は、青白く滑らかで人間らしい曲線を帯びつつ、どこか非現実的な光沢を放っていた。

 本来の姿は樽型のウミユリのような古きエルダーシング、独自のアプローチで旧神に覚醒し半分霊的な存在となった彼女は、人類に合わせて肉体を改造した超常の宇宙存在である。

 片手に持った栄養ジェルチューブをゆっくりと吸い上げ、光合成でエネルギーを補充する姿は優雅で、しかしどこか官能的な怠惰さを湛えていた。

 胸元がわずかに膨らみ、陽光に照らされた肌が、微かに輝く。


 その傍らで、ハスターはパンツ一丁の姿で同じく栄養ジェルに頼り、死体の肉体に無理やり生成した葉緑素で霊子を補充しようと努めていた。

 駆逐戦争以前からの旧知、ヌトスは満身創痍で現れたハスターとライラをこの大学に迎え入れた。

 だが、ヌトスの表情は苛立ちを隠しきれず、彼女の唇が、甘く毒のある笑みを浮かべる。


「いや、しなさいよ洗脳。 得意でしょ、そういうの」


「貴様、それでも旧神か?」


 彼女の声は、屋上の風に乗り、甘く響く。


「あいにく旧神達の中でも堕ちかけの過保護者よ、新人の方が上手くやってる」


 ヌトスは、水着のストラップを指で弄びながら、嘲るように続ける。

 彼女の目は、深淵を覗くような輝きを帯び、ハスターの脆い肉体を、優しく、しかし容赦なく見つめる。

 ハスターは息を吐き、栄養ジェルを一気に吸い上げる。

 霊子の渇きが体を震わせ、触手の本能が抑えきれずに微かに蠢く。


「羊飼いの一族にいつまで義理立てしているつもりなのよ、深淵を見返すものに召喚されたのだってそのころの間違いに対する義理でしょう?」


 彼女の言葉が、ハスターの胸を刺す。

 羊飼いの一族の記憶……愛した者たちの残滓が、心の奥で甘く疼く。

 あの義理が、彼を邪神に変え、逃げた過去が、今の脆さを生んだ。


 ハスターの指が、死体の腹に残る修復中の傷跡に触れる。

 わずかに内部が紅く放電し、異次元の負傷が疼くように脈打つ。

 あの召喚の記憶が肌を粟立たせ、旧支配者の本体をも脅かす痛みが今もジクジクと魂を焼く。


「それを続けられず逃げたから俺は今邪神と呼ばれているんだろう、もうあのような過ちは負いたくないのだ……よしっ!」


 ハスターは、思い立ったように立ち上がる。

 屋上で耳をすませ、人外の集中力で周囲の学生たちの言動を収集する。

 笑い声、ささやき、軽薄な会話……それらを自身の中で組み立て、効率のいいペルソナを構築する。

 肌が陽光に晒され、死体の肉体がわずかに熱を帯び、日光浴の結果として霊子の微かな回復を感じる。


「仕方ねえ、今の人類のやり方に合わせてみるか!」


 軽薄そうな人間の男の口調で、彼は宣言する。


「『ハイタ』だ、その名前で学生名簿に登録しといてくれぇ! 姓は好きにしてくれ、どうせ名乗らん」


「あんた、その名前まだ覚えてたの!?

……はぁっ、何処まで入れ込んでるのよ……あんた私以上の人間馬鹿だわ」


 ハスター……ハイタの勝手な申請にヌトスは呆れたようにため息をつき、水着の縁を指でなぞりながら、鋭い視線を投げかける。


「そのうち本気で死ぬわよ、あなた」


 重く鋭い彼女の言葉は、予言のように甘く、しかし本気の苛立ちを孕んで、屋上の黄色い風に溶け込んだ。

 風の王はそれを聞いてなお、どこ吹く風と言わんばかりにヌトスに後ろ手を振り、いそいそと服を着直して屋上を後にした。



 灰色の霧が窓ガラスを曇らせる中、ミスカトニック大学の図書館は静寂に包まれていた。

 禁断の知識が貯蔵された棚は、古い革の表紙が息づくように並び、クトゥルフの古文書やハイパーボレアの遺産が、甘い腐敗の香りを放ちながら、読者の魂を誘う。

 埃っぽい空気に混じるインクの匂い、ページをめくる微かな音……ここは、知識が貪られる場所。

 ライラ=シュルズベリイは、そんな深淵の中心で、ひたすらに本を貪っていた。

 彼女の指がページを滑り、深緑の瞳がステルスで隠れたビヤーキー越しに文字を飲み込むように、そのうちの空虚へと吸い込む。

 怒りの棘だけが、心の奥底で疼き、復讐の燃料となる。

 効率よく邪神と【深淵を見返すもの】を狩るため、学歴を上げる……飛び級に飛び級を重ね、神童と呼ばれる栄光など、彼女には無味の飴のように溶けない。

 白い肌がランプの淡い光に照らされ、慎ましい曲線が椅子に沈む姿は官能的な人形のようで周囲の気を惹く。

 だが、魂の震えは……まだない。

 そんなライラの傍らに、ハイタが忍び寄るように近づく。

 彼の心は、ハイパーボレアの昔を夢想していた。

 嘗て人の姿で土地の土壌を調べていた自分の、柔らかく細い腕をゴツゴツした手で掴み、優しく語りかけてきた『羊飼いの青年』その姿を思い浮かべ、

 あぁ……あいつはどうやってたっけ?ーーと、胸の奥で甘く呟く。

 死体の肉体が霊子の渇きで微かに震え、触手の本能を抑えつつ、彼は実践に移す。

 軽薄な笑みを浮かべ、女好きの学生らしい口調で、細く柔らかいライラの手にゴツゴツとした手を置き。


「やぁ、ライラ? 今日も勉強かい?」


 ハイタの声は、図書館の静寂を甘く乱す。

 ライラの瞳が、一瞬だけ彼に向けられる。

 深緑の鏡のような目が、虚空を映しつつ、かすかな棘を閃かせる。

 だが、何も言わずに、本に視線を戻す。

 ページの文字が、彼女の肌のように滑らかに流れる。


「無視すんなよぉ、邪神だって寂しさで死んじゃうんだぜ?」


 ハイタは、肩を落としてがっくりと項垂れる。

 死体の心臓が、焦燥に速く脈打つのに、諦めない。

 ……ライラの唇が、淡々と開く。


「なら死ね」


 その言葉は、無感情の刃のように冷たく、しかしハイタの胸を甘く刺す。

 ああ、彼女の声が、ようやく響いた……味のない蜜に、わずかな棘の甘さが加わる瞬間だった。

 ハイタは、肩を落としたまま、諦めずに語りかけ続ける。


「おいおい、そんなこと言わずにさ? ちょっと休憩しようぜ?

俺が面白い話してからさぁ……」


 と、軽薄な仮面の下で、人間らしい努力を重ねる。

 図書館の禁断の空気が二人の間に渦を生じ、魂の覚醒を甘く予感させるのだった……



 夕暮れのミスカトニック大学カフェは、蒸気の霧が砂糖の香りを混ぜて優しく立ち込める中、鉄とコーヒーの苦い香りが甘く混じり合う。

 アークランプの淡い光がテーブルを照らしはじめる頃まで、ライラは論文を淡々と制作していた。

 細くしなやかな指が階差機関式小型タイプライターのキーボードを滑り、論文の山がこんもりとテーブルの上に積み上がっていく。

 そんな中でも、ハイタの問いかけは昼夜を問わず、彼女の周りを優しく回る風のように続いていた。

 軽薄な仮面を被った男は、ライラの隣にそっと座る。


「さっきの講義、アーミティッジ教授にまたドヤされちまったよ。あいつ、俺が邪神って知ってても臆さず怒ってくるからなぁ……まるで親父だ、なぁ?」


 ハイタの声は、カフェの喧騒を甘く乱し、ライラの耳に忍び込む。

 興味なさそうに無視する彼女の瞳が、論文に固定されたまま……だが、ハイタは諦めない。

 軽薄な笑みを浮かべつつ、指を鳴らして彼女の注意を引こうとする。


「コーヒー奢るからさ、一杯どう?」


 その言葉に、ライラの深緑の瞳が、一瞬だけ彼に向けられる。

 きゅっ、と、迷うように唇を固く結ぶが……その口は緩み、言葉を紡ぐ。


「ブラック」


 短く、しかし甘いカフェラテのような声が漏れ出してしまう。

 ハイタは、目を細めて揶揄うように微笑む。


「大人だねぇ」


 そう言いながら立ち上がり、注文しに行く彼の背中が、カフェの霧に溶け込む。

 ライラの指がキーボードで止まり、彼の持ってきたコーヒーを受け取るが……


「あっ」


 ハイタの手が震え、カップを持つ指が緩んでしまい、コーヒーが完成した原稿の一部を真ん中から染めてしまう。


「あっちゃあ〜やっちまっ……っでぇ!!」


 ガスっ! と彼の靴が思いっきりライラのブーツに踏まれハイタは悲鳴を上げる。

 振り返るとライラは不満げに原稿用紙を変えてまたはじめから現在書いている論文を書き直し始める。

 それに、ハイタは痛みよりも喜びに目を輝かせて……


「すんませんでしたねっっと」


 と言いつつ立ち上がり、その隣に座る。

 無視するが、ライラの眉は今の自らの行動に疑問を持つように僅かにしかめられていた。



 ミスカトニック大学の学生パーティーは、ウィアードエイジの灰色の夜空の下で、拡声器から響く音楽と蒸気機関の低いうなりが甘く混じり合う。

 異界の宴のような渦巻きを生じフリルのドレスやタキシードが揺れる中、ライラは、今期の学生として異例の若さで修士課程を超え、助教授の座に上り詰めた麒麟児としてスピーチをして欲しいと呼ばれていた。

 ハイタの用意したドレスを着せられ、彼女の白い肌が黒い生地に優しく包まれ、慎ましい曲線が微かに強調される姿……仕方なく壁に突っ立ち、深緑の瞳が虚空を映す鏡のように曇る。

 パーティーの喧騒が彼女の周りを優しく回る目まぐるしい光景の中、ライラの魂は凍りついたように静止する。

 そんなライラの前を、フリフリのドレスを着たハヤマが通り過ぎようとして静止する。

 金に染めた長髪が揺れ、ライラに目を止めた瞬間道端に珍しい植物を見つけたかのような気軽さで。


「あ、壁の花だ」


 と、相変わらずの毒のある意見を呟く。

 『壁の花』、踊る相手のいないひとりぼっちを壁の花と呼ぶ事を知識として知っていたライラは興味なさげにそっぽを向く。

 ハヤマは目を細め、「踊る?」と手を差し出そうとする。

 細い指がライラの白い肌に近づき、触れそうになる瞬間……ハヤマは何かを感じ取り、即座に手を引いた。

 ライラもまた、何かを感じ取ったのか一歩後ろに引いていた。


「それが正解だね、『味が混ざる』と困るし」


 と、ハヤマは甘く嘲るように呟き、手を引いて去っていく。

 ハヤマのドレスが揺れる後ろ姿が、パーティーの溶け込みライラの肌を微かに粟立たせる。

 

 そんな中、ハイタは遅れて現れ、落第通知の書かれた紙を握りしめ、ポケットに乱暴に詰め込む。

 死体の肉体が霊子の渇きで微かに震えるのを抑え、彼の軽薄な笑みがライラに近づく。


「よぉ、お姫様。一曲どうだい?」


 と、女好きの仮面を被った声で誘う。

 ハイタの紅色の瞳が、彼女のドレスの曲線を優しく撫でるように滑る。

 ライラはフイと横を向き、深緑の瞳を逸らすが、ハイタは構わず彼女の手を引く。

 その手は握力が弱く、震えていて……霊子の不足が、指先を冷たく疼かせる。

 無理を察したライラは目を細め、自然と彼の動きに歩調を合わせてしまう。

 白い肌がハイタの指に絡みつくように、甘い緊張が生まれ踊りが始まろうとした時ーー


「邪神のステップを教えてやるよっ」


 そう言って指を鳴らす。

 霊子通信経由でパーティーの蒸気式音響システムをハッキングし、軽快なリズムに変える……拡声器から流れるメロディーが、宴の空気を熱くする。

 ハイタが踊り出し、ライラはそんな彼が転ばないように、動きを合わせて一緒に踊る。

 ドレスの裾が揺れ、彼女の体がハイタの脆い肉体に寄り添う瞬間……魂の棘が、微かに甘く溶け始める。


 遠くからハヤマはそれを見て、毒のある笑みを浮かべ続けた。

 羨ましそうに、見下しながら。


「馬鹿だね、腹空かせながら皿を抱えて踊るなんてさ」


 そう言って嘲笑う彼の唇が甘く歪み、パーティーの渦が、二人の禁断の絆を優しく回す。




 淡いランプの光が宿舎のベッドを照らし、シーツの皺が二人の影を優しく歪める中、ハイタは、ライラの霊子端末に触れていた。

 彼女の白い肌が彼の指の動きで強張り、息が乱れ、緊張の汗ががシーツを染めるのに……魂は沈黙したまま。

 味のない飴のように、未だに彼女の魂は固まったまま空虚な無味だった。

 ハイタの魂が細く伸び、内側を満たす感触はあるのに、見えない霊子の底にさらに見えない壁があるかのように、ライラの深緑の瞳は虚空を彷徨うだけ。

 体は震え、魂が繋がるのに、心は繋がらない。

 ハイタの胸が、霊子の渇きと焦燥で熱く疼く……。


「もうやめよう、ハスター」


 ライラの声が熱に浮かされた部屋を切り裂く。

 ハイタの息が切れ、集中を途切れさせられた苛立ちを帯びながらも、言うことを聞いて操作をやめる。


「あぁ?」


 と、疲弊交じりの声で呟き、死体の心臓が速く脈打つのに、彼の視界からコンソールが消失する。

 ライラはベッドから立ち上がり、白い肌がランプの光に輝き、汗に濡れたパジャマが微かに揺れる姿で淡々と続ける。


「生贄は他所から見繕え、私はもう何も感じない」


 その言葉には、どこか諦観が混じっているような気がした……金色の髪が肩を滑り、深緑の瞳が棘のように鋭く輝くのに、魂の奥底で甘い絶望が渦巻いていた。


「きっと、家族と共に全部お前の腹の中に置いてきたんだ

私は復讐ができればそれでいい、私もお前の復讐の道具だ、それで良いじゃないか」


「……っ」


 ハイタは、泣きそうな顔でライラの肩を掴む。

 死体の指が震え、パジャマの柔らかい生地に食い込み、俯いて体を震わせる。


「そうじゃねえ、そうじゃないんだよ……俺はハイタとして、お前を救いたいんだよ」


 その発言に、ライラの中の空虚は疑問に包まれる……目の前の邪神は、本当にあの邪神なのか?

 深淵の闇を纏った傲慢な存在が、こんな人間らしい脆さを露わにするなんて。

 だが、その疑問は邪神そのものへの憎しみを増幅させる。

 これは邪神の気まぐれな欺瞞だと、彼女の心が断ずる。

 だとすればこれは、拒絶する他ない。


「理解できない、冗談は沢山だ」


 そう言うとライラは反対を向き、シーツを被る。

 白い肌が布に包まれ、慎ましい曲線が隠される瞬間……部屋の空気が、甘い緊張で重く沈む。


「……冗談か」


 ハイタはそう呟き、心が深く傷ついていた。

 死体の瞳が曇り、溢れ出る暗黒が抑えきれずに微かに伸び、虚空を掴むように震える。

 羊飼いの一族の記憶が甘く疼き、ハイタは声もなくただ……涙を堪えていた。




 ある日の夕方、アーカムの街は大雨の渦に飲み込まれ、灰色の空から降り注ぐ水滴が蒸気機関のうなりと混じり街を覆っていた。

 蒸気機関の街並みが雨のベールに包まれ、モノレールの軌道が雨水を跳ね上げ、拡声器から漏れるプロパガンダの声がぼやけて響く……そんな中、二人の心理は、街の機械的な冷たさと熱い蒸気の狭間で疼くように揺らめく。

 ハイタは黄色い傘を差し出し、相変わらず優しい笑みを浮かべる。


「傘要るかい?」


 その声は、雨の音に甘く溶け込み、ライラの白い肌を優しく撫でるような響き。 ライラは透明なビニールの折り畳み傘をポケットから取り出す。


「要らない」


 魂の壁が雨のように冷たく張り巡らされる。

 二人で歩く帰路、雨のアスファルトが足元を濡らし、街の蒸気管が熱く息を吐き出す中、ライラの心は、機械の歯車のように軋み始めていた……

 宿舎への道を辿る中、雨の幕が二人の影を優しく歪め、ライラの唇が微かに開く。


「ごめん」


 短く、しかし魂の奥底から漏れ出る言葉が、街の鉄の臭いを甘く染める。

 ハイタは目を見開き、すぐに優しい笑顔に戻る。


「良いよ、フラれるのも慣れてきた」


 冗談混じりに返す声が、雨の音に絡みつく。

 死体の指が傘の柄を握りしめ、霊子の不足が体を冷たく震わせるのに、彼の胸は人間らしい温かさで疼く。


「お前は邪神だ、私はどうしても信用できない」


「そりゃそうだ、素直に信じてりゃ逆に不安になるわな」


 即答するハイタに、ライラは切なげに見返し、深緑の瞳が雨に濡れて輝く……街の蒸気機関が低くうなり、熱い息を吐き出すように、彼女の感情が熱く膨張する。


 バシャ

 と、投げ捨てられた折り畳み傘が水たまりに落ち、音が雨に飲み込まれる。

 ライラはハイタぬ胸ぐらに掴みかかっていた。


「じゃあ!なんで私を迷わせる!」


 白い肌が雨に濡れ、コートの曲線が彼の肉体に絡みつくように、甘い緊張が生まれる。

 魂にはまだ壁がある、しかし溜まりに溜まった感情の濁流が、溢れ出しかけていた……街のモノレールが雨を切り裂く音が、二人の心理を映すように、軋みと熱を増す。


「お前何なんだよ!何度も何度も私の決意を阻害する! 頼むから私に、私にお前を憎ませてよ!恨ませてよ!殺意を抱かせてよぉっ!!」


 絶叫のような叫びが、雨の渦に浴びせられ、ライラの金色の髪が濡れて肌に張りつき、慎ましい胸が震える……憎しみと疑問の狭間で、復讐の炎が感情の嵐に揺らぐ苦痛にライラは苛まれていた。

 ハイタは、涙のように雨に濡れたライラの顔をグイッと手で拭い、黄色い傘を彼女の上に差し出す。


「俺の事はな、恨んで良いんだ。それが俺の役割だ、それで良いんだよ」


 ライラは、はじめて真正面からハイタの優しい笑顔を見た気がした。

 息をのみ、そして復讐の炎が揺らぐ、揺らぐ……


「俺には俺の目的がある、それはなライラ……俺は、お前を……」


 言いかけた、その時ついに限界が来た。


 ハイタは膝から崩れ落ち、雨の溜まったアスファルトの上に倒れ込む。

 街の蒸気管が熱く息を吐き出すように、彼の死体の肉体が冷たく沈む……霊子の渇きが、機械の故障のように体を蝕み、触手の本能が微かに蠢くのに、反応はない。


「ハス……ター?何の冗談だ?」


 ライラは呆然と問いかけ、降り頻る雨の中、倒れたままのハイタに駆け寄る。

 白い肌が雨に打たれ、深緑の瞳が恐怖と疑問で揺らめく。


「ハスター!おい、しっかりしろ!冗談にならないよ、おい!ハスター!」


 叫ぶ声が、街の拡声器のように響き、ハイタの呼吸は雨の中でどんどん弱くなっていっていた……魂の壁が、雨の渦のように甘く溶け始める予感が、二人を優しく、しかし残酷に包む。




 ミスカトニック大学の霊子放射診察室は、黒い合金で重厚に守られ霊子工学を織り交ぜた蒸気機関の低いうなりが重く響く異界の聖域のような場所だった。

 遠くで雨の余韻が断続した音を奏で、励起した霊視の眩い燐光が瞬く中、ライラの涙ながらの通報で意識のないハイタが担架に乗せて担ぎ込まれる。

 学長ヌトス=カァンブルが、俯くライラの手を乱暴に引いて、解析装置の部屋へ向かう。


「学長!霊気汚染がありますので防護服を……」


「人間以外には要らん!」


 研究者たちが霊的放射防護装備を促すが、無視して入る。

 事態はそれほど逼迫していた……街の蒸気管のように熱く息を吐き出す機械が、部屋の空気を重く孕む。

 横になったハイタの顔を見るや、予想通り最悪の状況を察したヌトスは、怒り混じりの声で叫ぶ。


「シュルズベリイ、繋げろ!贄だろう、せめて皮膚接触で少しでも魂を与えるんだ!早く!」


 ビクッ!と震えたライラは、怯えるように言われるがまま、ハイタの上着を脱がせて掌の霊子端末をハイタに重ねる。

 死体の浅黒い肌がランプの淡い光に露わになり、弱々しい体の震えに合わせて揺らぎ、濡れて冷えた身体が部屋の燐光に撫でられるように輝き朱を帯びる。

 脆い肌が冷たく、彼の体からは細く震える暗黒の触手が溢れて弱々しく震えていた。

 ライラがコートを脱ぎベッドに登り、二人がベッドの上に密着し、ライラの温かな左手がハイタの死体に絡みつく、皮膚が触れ合う、触手が水を与えられた乾き掛けのミミズのようにライラの左腕に絡みつき、ライラは小さく吐息を吐いた。


「あっ……?」


 ライラが、久しぶりに上擦った矯正をあげた。

 ガタガタと大きく触れていた計器が、落ち着くように触れをおさめ、部屋の緊迫した空気が若干の落ち着きを見せる。

 ひとまず安心したヌトスは、その声に怒りを混じえてライラに問う。


「何故これ程になるまで放置した?」


「……っ! っ、う」


 びくりと震えたライラの唇が震え、ぼろぼろと涙をこぼす。


「私、は……私は、彼が信用できなくて……それでっ、彼の優しさをっ……冗談だって、決めつけてぇ……!」


 金色の髪が肩を滑り、深緑の瞳が絶望と後悔の狭間で大きく揺れていた。

 なんて、不器用なーー呆れて頭を抱えるヌトスが言う。


「ライラ教授……お前はなぁ!あいつにとっての……」


 ヌトスが言いかけた言葉を、弱々しい声が遮った。


「言うな、ヌトス……」


 それは、苦しそうに瞳を開けるハイタの声。

 死体の瞳が曇り、触手が抑えきれずに微かに伸び、虚空を掴むように震える。


「これは自業自得だろう……俺は、ここで大人しく消えるさ……」


 その言葉に、ヌトスの感情が爆発する。

 彼女の胸元がわずかに膨らみ、陽光のような光沢を放つ肌が熱く震えた。


「バカを言うんじゃない!仮にも旧支配者が……そんなことで消えて良いならこのマルチバースに邪神なんて存在しないんだよ!

お前の言動は、我々神々への冒涜だぞ!?」


「それが贖罪だ……俺の、ライラの一族への……

良き羊飼いの守護神として、間違った俺の償いなんだよ……」


 部屋の蒸気が甘く立ち込め、ライラはついに……ハイタの心の奥底に触れる。


 部屋の蒸気が甘く立ち込め、燐光の淡い輝きが二人の密着した肌を優しく照らす中、ハイタは腕で顔を隠し、死体の肉体が霊子の渇きで微かに震えながら、声を発する。

 触手がライラの白い肌を弱々しく這い、温かな柔肉に絡みつく余韻がライラの震えとなって部屋の空気を熱く孕む。


「ライラ……俺はな、邪神としてハイパーボレアでの版図を広げてきた」


 その震える声が、ライラの胸を甘く刺し、深緑の瞳がハイタの瞳の奥の後悔を映す。


「だがその一方で、守ってきた『ある一族』が居たんだ……そいつらにとっては、俺は『良き羊飼いの守護神』だっただろうさ、でも俺は邪神に変わりなかった……駆逐戦争が始まった途端

俺は……俺を庇った一族の皆をおいて、魔法使いから逃げたんだよ……っ、侵略した人々も、守ってきた人々も、全てを裏切って……!」


 ハイタの悲痛な告白が、ライラの耳に刻まれ、魂の奥底で味のない蜜が熱く熟されていく。


「だから彼らの呼び声に答えたんだ、今度こそ彼らを助けられると思って……飲み込んでいたのが、それが彼らだと気づくのがもう少し早ければ……俺は!

……あぁ、俺はぁっ!!」


 ハイタの言葉が、涙まじりの喘ぎのように部屋に響く。

 これは孤独な王、邪神なのか、人間なのか、仮面の判別がつかない、純粋な懺悔他ならない。

 死体の指が震え、触手がライラの腕に巻きつき魂を刺激するのに、脆い肉体が限界を訴える。

 ヌトスは目を細め、青白く滑らかな肌を微かに震わせながら傍らで見守る……

 だが、ハイタの告白を遮るように、ライラはハイタの唇を奪う。


「……!」「んんっ、ちゅる……はっ、あ…じゅ、ぷっ」


 甘い、甘い蜜のような唾液を交換するように、舌を絡ませ、ライラはハイタの頭を抱きしめる。

 布越しの魂が彼の死体に押しつけられ、ライラは彼に密着し、背徳の震えが体を駆け巡る……

 ライラの唇が震え、涙が頰を滑り落ちる。

 震える唇が、舌が、ぬちゅりとハイタの口から糸を引いて離れる。

 上気した顔に流れる涙を拭いながら、ライラは怒りと何か強烈な感情をない混ぜにして叫ぶ。


「はふ……なら、その罪を抱えて生きなさいよ……!

勝手にきて、勝手に私たちの一族を巻き込んで、勝手に後悔して消えるんじゃない!

だからあんた達は邪悪な神なのよ!……っ、あ!」


 その言葉が、部屋の蒸気に溶け込みハイタの胸を甘く刺す。

 触手がライラの肌を優しく撫で、震える肌から球の汗がシーツを染める中……ライラは己の内に溢れる感情が熟しきった事を自覚する。

 『あぁ、今こそ私は……熟しきった』と。

 ライラは、生贄たる己に刻まれた魂の欲求と、目の前の哀れな邪神への復讐を兼ねて……

 先の感情の表出からは信じられないほど妖艶に、誘惑するように、囁いた。


「食べてよぉ……ハイタ……」


「……っ」


 その言葉は甘い毒のように飢えた邪神であるハイタの耳に染み込み、ビグリと触手が力強くライラの身体にしがみつき、ライラの身体もまたその強い渇望に反応して仰け反った。


「……ぁ、ハスター、ハイタ……どっちだって良い、私を……食べてぇ?」


 浮かされたように懇願する彼女の声が、部屋の空気を熱く孕ませ、身体がハイタの死体に押しつけられ、慎ましい胸の膨らみが微かに震える……

 魂の奥底で蜜が熱く熟れ、溢れ出してくる暗黒の霊子に包まれるように、ライラの体が優しく這わせられる。

 金色の髪が肩を滑り、深緑の瞳が陶酔の棘で輝き、温かな魂が触手に刺激され、魂の底から捕食を望む獣の喘ぎが漏れ始める。


「まずい……」


 と呟いたヌトスが目を細め、ライラの肩を掴み制止の声を上げる。


「しっかりしろ!正気に戻れ、飢えた邪神に熟れた生贄の身を差し出したら……どうなるか分かっているだろう!」


 その言葉が、部屋の蒸気に溶け込み、ライラの耳に甘く刺さるのに、彼女の上擦った笑い声が響く。


「うっ、ふはぁ……っ」


 左手をヌトスに突き出し、暗黒と黄金が混ざった霊子の濁流が一瞬、光でできたヒエログリフのようなシールドを展開したヌトスを、シールドを突き破り隔壁の外に押し出す。

 それは死にかけた邪神の出せる力ではない、ビグリと力強くしがみつく霊体が、ライラの体を熱く震わせ、温かな柔肉が仰け反り、苦痛の波が体を駆け巡る。

 同時、肺を押しつぶられたヌトスが苦しげに咳き込む。


「がはっ、お前……もうそこまでハスターと『繋がって』……っ!」


 ヌトスの驚きの声が、隔壁の外からぼやけて響く中、霊体触手の一本が非常レバーを下ろし、ガゴンと頑強な隔壁を降ろす。

 外界と遮断された診療室の中で、ライラは陶酔した笑顔のままで、暗黒の中心に残るハイタの顔に唇を重ねる。


「はすたぁ……好き、好きだよ……憎いけど、好き……私が、あなたの蜂蜜酒になるから……」


 ハイタの目がゆっくりと開き、その顔が悍ましい眼と獣のような牙だらけの口へと変わり、咆哮を上げながら、不定形の暗黒に包まれていくライラを睨めおろす。

 ああ、名状し難き邪悪の皇太子の姿が、両手を広げて甘えるように囁いたライラの胸に飛び込んでかぶりつく。


「来てっ……私を、食べて!」


 その懇願が、部屋の空気を甘く熱く染め、白い肌が力を込めた牙に噛みつかれる瞬間、ライラの身体が震え、蜜のような湿りが溢れ出し、体が仰け反る。


「っ、あ、あああぁぁっ!!」


 絶叫が、隔壁の外まで響き、魂の壁が熱く芳醇な香りを伴って溶け出し、快楽の波が体を駆け巡る。


「ぁあ゛っ……はぁ、あっ」


 血は、不思議と流れなかった……じゅる、ごきゅ、と黒い触手の塊であるハスターの本体が脈打ちながら、ライラの胸のうちから溢れ出す黄金色の霊子の蜜を嚥下し、その度に突き刺さる牙が魂を直接の熱い快楽で刺激する。


「ぁう゛っ、はっ……ぁはっ」


 喘ぎ声が部屋に甘く響き、嚥下の度にびくり、びくりとライラの体が震え、白い肌が熱く上気して金色の髪が肩を滑り落ちる。

 温かな柔肉が牙の蠢きに震え、慎ましい胸の膨らみが微かに波打ち、霊子の蜜が身体中を伝ってベッドの上から溢れ出し部屋の床を甘く染めていく……

 ぶぢゅ、ごぼっ、と押しつぶされる体からさらに蜜が溢れ出し、ライラはハスターの本体を愛おしそうに抱きしめ、細い指で優しく撫で、身を委ねる。

 深緑の瞳が陶酔に澱み、いつまでも啜らせたいという欲求が母性を刺激して止まらない。


「俺も……」


 黒い触手の塊から、愛おしい声が聞こえ、その度に噛みついた牙が蠢き、苦痛と共にくすぐったさが体を駆け巡る……

 ハイタの声がライラの肌を優しく撫でるように響き、魂の奥底で熱く熟れた蜜がさらに溢れ出し、温かな柔肉が牙に絡みつく。


「俺も、お前を愛したい……愛して、償って、お前を助けたい……もっと、食べていたい」


「……死が、二人を別つまでっ…………」


 触手が、『二人』を包んでいく……それは再誕の儀式のように部屋全体を脈動させながら、熱い背徳の儀式として、永遠とも思える嚥下を行う。

 じゅる、ぶぢゅ、と蜜を嚥下する音が響き、牙の刺激が魂を熱く震わせ、ライラの体が仰け反り、喘ぎ声が甘く部屋を満たして……捕食は、朝まで続いた。




 翌朝のミスカトニック大学の霊子放射診察室は、朝日の光が窓から差し込み蒸気の余韻が甘く立ち込める中、昨夜の儀式の熱気がまだ部屋を優しく震わせていた。

 ハイタは元気に復活し、死体の肉体が霊子の蜜で満たされ、スッキリしたようにベッドから起き上がる。

 ああ、白いシーツに残る蜜のような湿りの跡が、昨夜の捕食行為を甘く匂わせ、ライラの白い肌がまだ熱く上気して、金色の髪が肩を滑り落ちる。

 ヌトス学長の声が部屋に響く。


「ハス……ハイタ、あなたは教育者への暴力でもう一段階落第ね」


 その言葉が、ハイタの胸を刺し、彼の紅色の瞳が目を丸くする。


「何でだよ!? あれやったの俺じゃねぇしほとんどライラだし!」


 軽薄な仮面の下で抗議する声が、部屋の空気を優しく乱す。

 ヌトスは目を細め、青白く滑らかな肌を微かに輝かせる。


「ほほう、じゃあ教授に昇格が決まったライラに責任を押し付けるかしら?私はそれでも構わないわよん?」


 と、甘く毒のある笑みを浮かべる。ああ、ハイタの死体の指が震え、


「ぐがぐなっ……ぁぁもう、良いよ分かったよ!予定が狂ったなもう……」


 と、項垂れて呟く中、ライラはベッドの隅で「はー……はー……」と、初めての感覚と一晩続いた興奮に息を荒くし、惚けた顔のまま二人から視線を外していた。

 深緑の瞳が陶酔の余韻で澱み、温かな身体が微かに震え、慎ましい胸の膨らみがまだ熱く波打っていた……

 魂の奥底で、もっと食べさせてと、熟れた蜜が甘く囁き続ける。

 そこに、ハイタは振り返って笑顔を向け、紅い瞳がライラの白い肌を優しく撫でるように滑る。


「しかし、美味かったぜ……お前の蜂蜜酒」


「〜〜〜〜〜っっ!!!!」


 その言葉が、ライラの耳に甘く染み込み、カァっと赤くなって意識を現実に浮上させる。

 彼女の細い指が震え、間髪おかずハイタの股間を蹴り上げる。


「ひゅっ!?」


 悲鳴をあげてうずくまるハイタに、どこか嬉しそうに怒るライラの声が響く。


「人前で二度というな、馬鹿邪神っ!」


 白い肌が熱く上気し、深緑の瞳が棘のように鋭く輝くのに、唇の端に甘い微笑みが浮かぶ……




奇妙な相棒、二人の歪で背徳的な関係はーーここから始まったのである。





Case0 Fin 



アザトースのひとこと「後の『直飲みプレイ』誕生の瞬間であった」

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