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新制園芸部が発足した翌日、俺1人で放課後にまた部室を訪れていた。
昨日の柴田の態度から、きちんと活動をしないようならば釘を刺そうと思ったからだ。
部室に到着するとすでに部員の2名は活動前のミーティングの最中であった。
「で、柴田よ、今から花壇の手入れに行くわけじゃが、わしが言ったことは理解したな?」
「もちもちー前に美月ちゃんとおまけ2人が整理してくれた部分以外の雑草を抜いて土に肥料をまいてからこのなんとかの苗木を植えるだけっしょ?簡単簡単」
「おまけではない、鉄と式じゃ。それに園芸は体力勝負じゃからな。あまり気を抜かないようにの」
「おーこわ。てかさ、今度一緒にどこか出かけない?俺美味しいコーヒー出す喫茶店知ってるからさ」
こほんと咳をして来たことをアピールするとほっとした様子の部長と邪魔者を見る目をした柴田。
「こんにちは。様子を見に来ました。人手がいるようならお手伝いしますが」
「おう鉄、よく来てくれたのじゃ。人手はあればあるだけ嬉しいからの。歓迎するのじゃ」
「部外者なんていらねーって、俺と美月ちゃんだけで回せっから帰った帰った」
明らかに俺を排除したがっている柴田だが、ここで簡単に引き下がれない。面倒だが、一応最後まで形を整えておかないと気持ちよく寝られないのだ。
「まあそういうなって、肥料の袋とか重労働もあるだろ?まさかそれも二階堂先輩にやらせるつもりか?」
「チッ、わーったよ。そこまで言うならお手伝いをお願いしますよっと。それはそうと少し顔貸してくれや」
と言って部室を出る柴田、俺は部長に一言言ってからそれを追うのだった。
校舎のはずれに行くと先に待っていた柴田がイライラした様子で問い詰めてくる。
「てかさ、お前なんなわけ?美月ちゃんを落とそうとしてるのに余計な奴にウロチョロされると迷惑なんだわ。お前はおっぱいがでかい恋人がいるんだから邪魔すんじゃねーよ」
「別に式は俺の恋人じゃないぞ?それに園芸部の活動を真剣にするようなら俺も何も言わないが、真面目に取り組んでいる二階堂先輩の邪魔をしているのは誰なんだ?」
「うるせーな、もういいから余計なことして俺の邪魔をするなよ?」
不機嫌そうに去っていく柴田、俺はため息をついてそれを見送るのだった。
用具をそろえてようやく花壇の整理をすることになった俺たちだったが、アドバイスをしながら手入れをする先輩に対してどこ吹く風と適当にそれを行う柴田。果てにはまたナンパまがいの誘いをしている。
これはもう少し強く言ったほうがいいのかなと思っていた矢先に事件は起きた。
「見ててね美月ちゃん。ここらの雑草は俺が根こそぎ掃除しちゃうから。そんで今度デートしてね」
先輩にいいところを見せようと思ったのだろう。柴田が乱暴に雑草を抜きだしたが、端にあるあの青とピンクの花も一緒に抜いてしまった。
後ろからあっという声が聞こえた気がしたが、それをかき消すような大声で先輩がそれに詰め寄る。
「お、お前!これは雑草ではない!これは誰かが植えてくれたアゲラタムという花じゃ!そこは残しておいていずれ植えてくれたものにあったらお礼を言おうと思っていたのに何をする!馬鹿者!」
「な、なんだよ。せっかく美月ちゃんが喜ぶと思って雑草取りしてたのにその言い草は。あーばからし、俺今日は腹の調子が悪くなってきたんで早退しますわー」
持っていたスコップを投げ捨てると柴田はその場から立ち去る。
先輩は抜かれたアゲラタムを元に戻そうと近づいたが、その茎はシャベルによって切られていてぐちゃぐちゃになっていた。先輩はそれを悲しそうに見つめると無言で雑草の入った袋に入れる。
「あの、二階堂先輩。気を落とさないで、柴田も悪気があった・・・訳ではなく、二階堂先輩に良い所を見せようと空回っただけというかなんというか・・・」
「わかっておる。あの男が悪気がなかったことなぞ、というか園芸に全く興味などないのじゃろうな。昨日と今日ではっきりわかったのじゃ」
小さい体に哀愁を漂わせて土いじりを再開する先輩の隣に俺は黙ってしゃがみ込むと作業を手伝った。
あらかた作業が終わり、先輩も下校したのち、俺は再度花壇に足を運んでいた。
なんとなく抜かれてしまった花が気になった為である。
するとそこにはすでに先客がいてうずくまっていた。
ここからでは顔は見えないが背を向けた彼女の肩は震えていた。
「あーもしもし、もしかしてここに植えてあったアゲタラム?は君が植えたものだったのか?」
その声に反応して顔を上げた彼女は思った通り、何度か見かけた花のヘアピンにショートボブの女の子だった。
「アゲラタム・・・です。そうです。最近ここの手入れがされていないようでしたので私が植えました」
目じりを少し赤くした彼女がそういうと、俺に詰め寄る。
「それなのにひどいです。私が大切に育てていた花をあんな風に引っこ抜くなんて、いや勝手に場所を使っておいてそんなことをいうのはお門違いかもしれませんがそれでもひどいです!」
詰め寄る彼女から薫る土と花の匂い。それに問い詰めることに必死なのだろう。その豊満な胸部が俺にあたってつぶれていた。
「それはすまなかった。柴田の暴走を阻止できなかった俺にも反省の余地はある。何度かすれ違ったことがあるよな?俺は1年の和泉鉄。大変ご立派なものをお持ちのそちらは?」
その言葉にはわっと言いながら飛びずさる彼女は先ほどの剣幕からは考えられない小声で2-A小倉カレンですとささやいた。
「先輩でしたか。では小倉先輩。なぜ一人で花を植えたりしたんです?園芸部に入ればこんな間借りみたいなことしないで堂々と好きな花を植えられるのに」
「だって、私なんかが入っても迷惑だろうし、それに知らない人と活動するなんて無理・・・」
どうやら筋金入りの人見知りらしい、だがしかし、園芸にかける情熱は確かなものを持っているようだ。
足元にはスコップにじょうろに種と新しくそこを再建するつもりらしかった。
「俺が間に入って部長と繋ぎますよ。大丈夫、二階堂先輩は怖い人じゃありません。ちょっと口調は変ですけど慣れたらそれも可愛いですよ」
あーとかうーとか言っていた小倉先輩だったが足元の用具を手早くまとめるとごめんなさいーーと走り去ってしまった。ポツンと残された俺は振られちゃったなと帰路に就いた。
家に帰って自室のベッドの上で1人考える。
先輩を悲しませているのは誰だ?もちろん直接的には真面目に活動に取り組まない柴田であることは間違いないだろう。だが、適当に部員を確保するためにきちんとした活動をチラシに盛り込まないで先輩のみをアピールするような物を作った俺にも責任がある。あの時は早いところ人数を確保して、適当に済ませればいいという考えでしたことだが、俺の考えなしのせいで先輩の笑顔を奪ってしまったのだとすると心が痛む。
なんとかならないものなのか・・・
「柴田が園芸部に真面目に取り組んでくれればなぁ・・・」
と、つぶやいたその時、机の引き出しが発光しだした。
ついに俺にも未来から来た猫型ロボットが世話を焼いてくれるのだろうか?
最近は考えることが多くて知恵熱がでそうだからそれを何とかしてくれないものだろうかと思いつつ、恐る恐る引き出しを引いてみるとそこはいつもの様相だった。
何だ見間違いか、本格的に疲れてるのかもなと閉めようとしたが、あるものが目に留まる。
それは親父から送られてきた意味不明なカードだった。なんとなしにそれを拾ってみてみると「田」と書かれていたはずの面が「品」に変わっていた。
何だ?これはマジックのカードだったのだろうか?説明書もきちんと同封しておいてくれよなと思いまたそれをしまい込み引き出しを閉める。
「まあ親父が送ってくる品だ。よくわからないのはいつもの事か」
考えることを放棄した俺は明日柴田になんと言ってやろうかと思いつつ、ベットに横になると瞼を閉じるのだった。