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俺の平凡な日常  作者: 773
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8

数日が経ち、園芸部には期待の新人が入部した。

その顔合わせも含めて俺と式は部室である物置小屋に足を運んでいる最中だった。


「それにしても早速部員が入るとはね~てっちゃんの作ったチラシの効果は絶大だったね!ぎゅーしてあげる」


俺としてもここまですんなりと運ぶとは思っていなかったのでいささか驚いている。二階堂先輩を前面に出したアイドルゲリラライブも視野に入れていたのだが・・・

俺に抱き着こうと両手を差し出して近づいてくる式の顔にアイアンクローをする。


「まあ、二階堂先輩の容姿がいいことはわかっていたしな。あとは入ってくれた新入部員に園芸部の活動の良さを分かってもらうだけだ」

「やっふぁりふぇっふぁんふぁあふーほがふひはんば!!」


急に俺の知らない言葉を話す式にびっくりして顔を見ると俺の手があった。・・・ごめん。放し忘れてたわ。


「っぱあ!やっぱりてっちゃんああいうのがすきなんだ!」


手を離すとすごい勢いで式が詰め寄ってきた。

これは長くなりそうだと思い、適当に切り上げる。


「まあそれなりにな。ほら行くぞ。新人の顔合わせで初対面が桃だと二階堂先輩も気まずいだろ?」


それはまずいとばかりに部室にすっ飛んでいく式を見送り、俺は静かに歩き出す。

何かの気配を感じ振り返ると花のヘアピンをつけたショートボブの女の子が慌てて逃げていくところだった。

あれは先日花壇であった女生徒か・・・何か俺に用でもあるのだろうか?

知らないうちに恨みでも買っているとか・・・

今度会ったら聞いてみるかと気を取り直して部室に向かった。

入ると式と二階堂先輩がお茶を飲んでいた。


「よー来たな鉄!わしが茶を入れてやるからそこに座るのじゃ」


見るからに浮かれている先輩に俺が戸惑いを隠せずにいると先に着席していた式があきらめたように首を振る。どうやら式が入った時からこのテンションらしい。

まあこれで顔つなぎをして俺たちの役目は終了だろうな。

ここ数日の事を思い、満足感に浸っていると先輩が紅茶を差し出してきた。


「ほれ、ダージリンのファーストフラッシュじゃ。奮発したんじゃぞー」

「二階堂先輩、ファーストフラッシュとは何ですか?紅茶にはあまり詳しくなくて」


見るとカップに入った紅茶は黄金のような黄金色をしていた。俺がイメージする紅茶はオレンジ色なので恐らく特別なものなのだろうと思うがいまいちわからない。


「ファーストフラッシュとはその年で初めて摘まれた茶葉で作られた紅茶の事じゃな。まあ緑茶で言えば新茶みたいなものじゃ」


それを聞き飲んでみると確かに違う。普段飲んでいる紅茶と比べて飲み口がすっきりしているというか、飲みやすい。あまり嗜まない俺からしたらなんとなく緑茶に近いこちらのほうが好みだ。


「おいしいですね。なんというかうまく言えないんですが俺は好きです」

「ほかにもな、これにあうお菓子を用意―――」


その時、得意げに説明しようとした先輩の声を遮り、ドアが開かれた。


「ちっすー今日からえんげー部?に入部することになった1-Bの柴田成生(しばたなるお)でーっす。しくよろ」


乱暴に入室してきたのは金髪をワックスか何かで逆立てて耳にはピアスを何個もあけた男だった。

その男、柴田は部室の様子を見て嬉しそうに言った。


「なになに?俺の歓迎会をぶちょーさんがしてくれる感じ?ちょーうれしいわ」


どかっと開いている椅子に腰かけると柴田は机に用意されていた菓子を無造作にパクつく。


「なかなか気が利いてんね、でものども乾いたから茶もくれると嬉しいなあ」


はっと気を取り直したようにお茶を淹れて柴田の前に差し出しながら先輩は自己紹介をする。


「よ、よくぞ入部してくれた柴田よ。わしは園芸部部長の二階堂美月じゃ。これからよろしく頼む」

「美月ちゃんね。これから手取り足取りよろしく頼むよ」


進学校であるここにもこんな時代遅れのチャラ男みたいなやつがいたのか・・・

俺が訝しげな眼を向けているとそれに気が付いたのか柴田が俺たちを見た。


「で?こいつらは誰なわけ?美月ちゃんと2人の部活じゃなかったの?」

「こやつらは和泉鉄と小幡式じゃ。今回のチラシの作成など部員勧誘に手を尽くしてくれた助っ人じゃな」


ふうんと興味なさげに俺たちを見た柴田だったが、式を見ると目の色を変えてはしゃぎだす。


「うお、おっぱいでけー。何喰ったらそんなにでかくなるんだよ。よかったら今度俺と遊びに行かない?」


戸惑っていた様子の式だったが、その言葉を聞き表情が冷たくなる。

それとリンクしたような冷たい声色で言葉を返す。


「初めまして小幡式です。生徒会の要請で園芸部のお手伝いをしていました。あいにくですが私はてっちゃん一筋なのであなたの誘いに乗ることは未来永劫ありえません」


なんだよーもう唾つけられてるのか、とぼやく柴田に俺も挨拶をしておく。

「先ほども紹介があったと思うが和泉鉄だ。俺は―――」

「あーいいっていいって、男は興味ねーから」


興味なさげに俺の言葉を遮り、お茶を飲む柴田だったが、それを吹き出す。


「うぇーなんじゃこりゃ。苦っ!」

「そ、それはファーストフラッシュと言ってな、今日のために取り寄せた高級品で、」

「え?ポーカーか何か?高級だか何だか知らんけど苦いって、砂糖とミルクちょーだい」


受け取った砂糖とミルクをダバダバとカップに注ぎ、綺麗な黄金色からほぼ白色になってしまうカップ。


「ま、まあ、好みがあるからな。今度は苦みが少ない種類を用意しておくのじゃ」

「しくよろー」

「明日から活動を始めようと思う。柴田よ、入部してくれて改めて礼を言うのじゃ」



歓迎会が終わり、式と下校していると怒り心頭といった具合で式が口を開く。


「なんなのあの人!?二階堂先輩だけならまだしも私にあんな視線を向けてくるなんて!ごめんねてっちゃん。でもでもこれで園芸部の問題は解決だね。てっちゃん、今日はご飯何にする?」

「解決か?どうも真剣さにかけているように見えるが。今日は煮魚が食べたいかな」


とはいっても活動を見ないことには憶測の域を出ない。あれが奴の素であり、活動自体は真面目にこなすかもしれないわけだからな。まぁ、砂漠で1粒の米を拾うくらいの難しさだと思うが。


「今度様子を見に行ってみることにするよ。一応あいつを引き込んだのは俺なわけだしな」


もー気にしすぎだってー魚屋さんに行こう?と俺の手を引く式。

そうだなと生返事を返しながら、歓迎会でうきうきで用意をしていた先輩の顔が次第に陰ってくる様子を思い出し、俺は言いようのない気持ち悪さを感じていたのだった。

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