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その日の帰り、付き合えなくてごめんねと泣きじゃくる式を宥めつつ帰宅した。
翌日も登校中にお昼は悪魔に拘束されるから今日も申し訳ないけど1人で食べてねと号泣する式の頭を撫でながら学校に向かう。
そして昼、俺はまた学食に訪れていた。
さてあのお嬢様はどこかなと見渡すと先に来ていた宝山がこちらに優雅に歩み寄ってきた。
「ごきげんよう和泉様。昨日は大変お世話になりましたわ。今日はわたくしがご馳走いたしますので何でもお好きなものを注文なさってくださいね」
「ああ、ありがとう。じゃあ遠慮なく頼ませてもらおうかな」
緑の縦ロールを靡かせて券売機に歩いていく宝山に付いていく。
券売機に着くと宝山はその豊かな胸を張りながら高らかに言った。
「さあ、どうぞですわ。何を頼むのかお手並み拝見させていただきますわ。ちなみに本日わたくしは金沢カレーを頼むつもりですの」
「じゃあ俺は札幌スープカレーにしようかな」
「むむむ・・・なかなかやりますわね」
何がやるのかわからないが、お眼鏡にかなったのなら何よりだ。
メニューも決まったところで、宝山が券売機にお札を入れる。
ウィーン。ピーピー
「あら?おかしいですわね」
ウィーン。ピーピー ウィーン。ピーピー
「あらあら今度こそ故障のようですわ。和泉様申し訳ありませんが技師の方を呼んできてくださいまし」
何度入れても返却されてくるお札にはてなマークを浮かべる宝山。
どれ見せてみろと券売機を見るが、異常を示すランプ等にはなんの変化もない。
ならばと宝山の入れたお札を借りると原因が判明した。
「いいか?券売機というのは大概千円札しか受け付けていないんだ。宝山が持ってきたこの一万円札では入金できないという訳だな」
「えぇ!大変ですわ。これでは和泉様に御馳走をするどころかわたくしも本日お昼抜きになってしまいますわ!」
俺は自前の財布を広げて数枚の千円札があることを確認して言った。
「いいよ。今日も俺が立て替えておくから今度また頼むよ」
「うぅ・・・わたくしが格好いい所をお見せしようと思っていましたのに。情けないですわ。一度ならずに度までもありがとうございます和泉様」
しょんぼりと万券をマネークリップに戻す宝山。おいおい社会人か?
学生でマネークリップ使ってる奴なんて初めて見たぞ。というかつり銭が出た後はどうやってしまうつもりだったのだろうかこいつは。
自分の分と宝山の2枚の食券を購入して無事注文を済ませると席を確保してくれていたらしい宝山のもとへ行く。
「では、アクシデントはありましたが、いただきますわ!」
「ああじゃあいただきま――」
ガツガツガツ!おおよそお嬢様とは思えない豪快な食いっぷりで食べ始める宝山。
「うめえですわーーー!ぱくぱくなのですわーーーー」
俺が一口分のご飯をスープカレーに浸して食べる間に宝山はすでに半分を食べていた。
「この銀の平皿に盛られた黒いルーはドロッとしていて非常に濃厚ですわ。それにこの豚カツ。油に油を食べているようで少し罪悪感がありますが、付け合わせになっているキャベツを食べることで帳消しになっていくようですわ。つまりうめえですわあーーー」
小学校で使っていた先割れスプーンのようなものでカレーを掻っ込むその顔はまさに喜色満面といった感じだ。というか飯食うたびに食レポしないといけない決まりでもあるのかな。
御馳走さまと食べ終わり、今更お行儀よく口元を拭くが、その頬にご飯粒が付いている。
無意識に手を伸ばしてそれを取ってパクリと食べると流石に恥ずかしかったのか恥ずかしそうに赤面する。
「あ、ありがとうございますわ。和泉様も早くお召し上がりください」
「そうだな。見てるだけじゃ腹は膨れないからな」
今度は具材にも手を付けるとするか。具もかぼちゃ、ジャガイモ、レンコンなどの根菜に加えてブロッコリーやパプリカ、ヤングコーンなど普段のカレーでは見かけない具材が多くてなんだか嬉しい。
「そちらのカレーのお味はどうでしょうか?」
ほら来た。なんか昨日のがあったから来るんじゃないかなとは思っていたけどな。
「あー気になるなら一口・・・」
「いいんですの!いただきますわ!」
ご飯を一口掬ってカレーに浸す。そこに具材を適当にのせて差し出すと雛のようにパクリと食べる宝山。
「あら、こちらもうめえですわ。先ほどの金沢カレーが濃厚なソースのようなルーだったのに対してこちらのスープカレーはさらっとしていながらスパイスが効いていて風味がダイレクトに伝わりますわ。まさに滋味あふれるといった感じですわね。それに素揚げされているお野菜のおかげで見た目も楽しめて一石二鳥ですわね」
美味しそうでよかったよかった。今度から取り皿をもらっておこうかな。
「和泉様。わたくしの野望がこの学食のメニュー制覇であることは昨日お話した通りなのですが、そこに最大の障壁があるようですの」
深刻そうな顔でそう告げる宝山。どうした?好き嫌いでもあるのか?
「お友達にお聞きしたんですが、どうやらこの学食には一般には販売されていない裏メニューがあるらしくて、それの注文方法がわかりませんの。和泉様が来る前にカウンターでおばさまに伺ったのですが、意味深に笑うばかりで教えてくださらなくって・・・」
ふーんそんなメニューがあるのか。
残りのカレーを食べ終えた俺はスパイシーなカレーを食べたせいで乾いたのどを潤そうと空のコップをもって冷水器に向かおうとする。
その時、落とした財布を宝山が拾うと驚愕の叫びをあげる。
「こ、これですわーーーーーーーーー!!!!!!!!」
財布から引っ張り出した1枚の紙を穴が開くほど見つめながらわなわなと震える宝山。
いや、勝手に財布の中身出すんじゃないよ。お嬢様だろ一応。
「和泉様!こちらは一体どこで手に入れましたの!?」
目の前に差し出された紙には『special food ticket』の文字、姉さんから貰った例のチケットだった。
「ああ、それは生徒会長である俺の姉さんからもらっ―――」
ガクガクガク!!!
俺の肩をつかんで前後にすごい勢いで揺すると捲し立ててきた。
「どうかこのチケットをお譲りいただけないかしら?少々お待ちを」
ぱちんと指を宝山が鳴らすと突然黒服にサングラスをかけたガタイのいい大男が学食に入室してきて、宝山にアタッシュケースを手渡す。
それを開けると中には帯の付いた1万円の束が数えきれないくらい入っていた。
「こちらとそのチケットを交換していただけないでしょうか?足りなければおっしゃってくださいまし」
非常に魅力的な提案だ。断る理由がない。俺は口を開く
「駄目だ」
あれ?何言ってるんだ俺は
「だ、駄目とはどういう意味でしょうか?足りないのなら不動産でもジュエリーでもなんでも・・・」
「その頼み方が気に食わないな」
「これ以上どうしろっていうんですの・・・?土下座でもしろということでしょうか?」
困惑する宝山に俺は告げる。
「違うよ宝山。二日も一緒に飯を食った仲じゃないか。もう友達だろう?さっきみたいに分けてって言ってくれよ。一緒に食おうぜ」
そうだ。こいつも俺の中ではもう有象無象なんかじゃなくなっている。世間知らずで、ご飯が大好きで、食レポをすぐにして、ちょっと遠慮がなくて・・・そんな宝山芙蓉という個人なのだ。
こんな風に家の力を借りて解決しなくても友達としてお願いしてくれれば普通に了承するくらいには俺も心を許しているのだ。
「い、和泉様・・・よろしいのですか?」
涙ぐむ宝山。アタッシュケースを閉めて黒服に返すと立ち上がり、深々と頭を下げて言う。
「それを使用するときにわたくしもご一緒させてくださいまし」
「ああ、いいぞ」
でもちょっと惜しかったかもな。変にかっこつけちゃうのは俺の悪い癖だな。
「でも1つ言っていいか?」
「なんですの?」
首をかしげる宝山に俺は言う。
「喉乾いたから水汲みに行かせてくれ」