16
昼休みである。おかしいな先ほど学校に着いたはずなのにもう時計の針がてっぺんを指している。
いつの間にか俺は時間操作の能力に目覚めてしまったらしい。
「和泉ー頬の机の跡すげーぞ」
通りすがりの1匹の男子生徒がそう声をかけてきた。
ふむ、時間操作に目覚めた訳ではないようだ。それはそうと誰だお前。
まあいい、昼になったのなら学食に行ってスペシャルチケットを使うことにしよう。
伸びをしつつ体を机から話した俺は式を迎えに行くことにした。
教室のドアを開けるとミニマム山脈が走り寄ってきた。
毎度毎度俺の顔を見るたびに駆け寄ってこなくてもいいと思うのだが、犬っぽくていいな。
「よーしよしよし」
「わわっ、髪が乱れるからかき回さないでー」
寄ってきた忠犬を撫でまわす。こいつのふわふわのウェーブヘアはいつ触っても触り心地がいいな。
手櫛で髪を直しつつ忠犬もとい式が俺を急かす。
「えへへ、今度はお部屋で撫でてね。じゃあてっちゃん学食に行こうか」
何が嬉しいのか俺の手を引き、歩き出す式。そのかわいい尻からしっぽが生えてぶんぶん振り回しているのを幻視してしまう。
と、そこに廊下の向こうから姉さんが現れた。
「む、鉄に式か。これから昼食か?」
「ああ、そうだ―――」
「はい!今からてっちゃんと学食デートなんです!もう私楽しみで楽しみで、それでは私たちは先を急ぎますので」
俺の言葉を遮り、早口で述べた式は姉さんの横を過ぎ去ろうとするが、その肩をガシッとつかまれる。
「式よ。私はこれから生徒会室で資料の整理があるんだが、多少量が多くてな、悪いが数日付き合ってくれないだろうか?なに心配するな。ケータリングを頼んであるから作業しながら昼食も食べられるように取り計らっている」
「お断りします。私はとても忙しいんです。入ってもいない生徒会の業務を手伝っている暇は残念ながらありません」
振り返らずに肩をつかまれたまま前に進もうとする式に姉さんは耳打ちをする。
「ほぅ。柴田とかいう男の情報を持ってきたのは一体誰だったかな?借りを返すと思って頼むよ」
何を言われたかはわからないが死んだ目で振り返り、はぁとため息をついた後、涙を流しながら俺を見る。
「てっちゃんごめんね。残念だけど、本当に本当に残念だけど、私和歌さんのお手伝いをする約束をするのを忘れてたの。だから1人で行ってもらって・・・い・いか・・・な?」
「あ、ああ用事があるなら仕方がないな。今日は一人で行くことにするよ。また今度一緒に行こうな」
号泣しながら俺に手を振る式に背を向けて寂しく1人で学食に向かうことにした。
学食に入るとそこはほどほどに賑わっており、すでに注文を終えた生徒が席に着き、思い思いの昼食を摂っていた。外にはテラス席もあり、天気がいい日は気持ちよくランチができそうだ。
ここはカウンターに券売機で買った食券を渡す方式のようなので、早速券を買おうと券売機に近づいてみると人だかりができていた。
「なんですのこれは!ボタンを押しても券が出てきませんわ!故障しているに違いありません。そこのあなた、技師さんを呼んできてくださります?」
俺を指さしてそういうのは萌える山々のように輝く緑色の縦ロール。その髪に負けずこちらの山脈も立派ですよとばかりに主張している胸、すらっとした足は白いタイツに包まれている。
指をさすのは大事だね。誰かといっても自分は言われていないに違いないと応答しない場合があるからね。
俺は無言で近寄ると、券売機に金を投入してA定食を購入した。
「これはね?お金を入れないと券が出てこないんだよ?わかったかい?」
「なるほど!そうでしたのね!感謝いたしますわ」
横にずれて縦ロールさんに譲る。自信満々に取り出したのは黒く光るカード。それをお札の投入口にねじ込もうとするのを止める。なんかそんなことだろうと思ったわ。
「あら?なぜ止めますの?お金を入れてカツ丼というものを食べるんですわ。邪魔をしないでくださいまし」
「あのな、この券売機はカード非対応なんだよ。現金のみ可ってやつだな」
「困りましたわ。わたくしお父様からこのカードしか持たされていませんの。どうにかなりませんこと?」
後ろに並んでいる奴らの早くしろオーラが強まってきたのを感じた俺は1000円をすっと滑り込ませ、カツ丼のボタンを押すと券とお釣りを取り、ついでに縦ロールさんの手も取ってその場から離脱した。
「ほら、これをカウンターにいるおばちゃんに渡せばお望みのカツ丼が食えるぞ。じゃあな」
「あ、ありがとうございます。あんなに複雑な機械だとはわかりませんでしたわ」
購入した券を縦ロールさんに渡して、俺は自分のA定食を注文しに行こうと思ったが、手が引っ張られる。
「私は1-Aの宝山芙蓉と申します。我が宝山家の家訓は受けた恩は必ず返せ。受けた仇は10倍返しで返せですの。このご恩は必ずお返しいたします。あなたのお名前を伺ってもよろしくて?」
えーなんか面倒くさそうなオーラぷんぷんだなこの人。
あんま関わりたくはないけどもクラスも違うしたぶん大丈夫だろう。
「1-Cの和泉鉄だ。この程度なんともないから気にしないでくれ。それじゃ」
再度立ち去ろうとした俺の前に立ちはだかり顔を赤くする宝山。
吐息がかかるほどに接近してくると恥ずかしそうに言った。
「お恥ずかしながらこれからの所作がわかりませんの。よろしければご一緒させてもらってもよろしいですかしら?」
あーだりーなんとか抜け出せないものかな。
「宝山は友達と来たんじゃないのか?それを邪魔するのも悪いよ」
「わたくし今日は1人で来ましたの。社会勉強の一環と思いましたが、どうやらまだ経験不足だったようですわ」
たりないのは経験じゃなくて常識だろう。喉まで出かかった言葉を飲み込むとその代わりに了承の返事をした。