15
「てっちゃん起きて、朝だよ。ふへ、かわいい・・・」
頭上から声が聞こえる。誰だ俺の睡眠を邪魔するものは。
寝ぼけながら声のするほうに腕を伸ばし、目覚まし時計だろうそれを止めようとする。
「あんっ!もう、てっちゃん朝からなんて」
嬌声が聞こえたのでなんだと思い見ると、式の胸を鷲掴みにしていた。というか俺目覚まし時計持っていなかったわ。
なんとなく最後にもう1回揉んでから起き上がると、何食わぬ顔であいさつをする。
「おはよう式。いつもありがとうな」
「いいのいいの。ここに着替え置いておくからね?1人で着替えられる?手伝ったほうがいい?」
「大丈夫。着替えに関してはプロ級だから」
適当な返事をして着替えだす。式もいるけどまあいいだろう、今更だ。
「あぁ、てっちゃんのてっちゃんが今日も凛々しい・・・尊い・・・」
着替え終わり、何故か顔の赤い式とともに階下に向かう。
リビングに行くとテーブルには朝食が用意されていた。
席に着くと、式はキッチンに向かい温めた味噌汁を持ってきてくれた。
「はい、しっかり食べて今日も1日頑張ろうね!」
ズズと味噌汁をすすり、鮭の塩焼きを切り分ける。和定食は美味しいなあ。日本人に生まれてよかった。
「あれ?姉さんは?」
「和歌さんなら生徒会の仕事があるって言って早めに出たよ。ほら、てっちゃんほっぺたにお弁当がついてる」
頬に手を伸ばした式が米粒を摘み取り、それをパクリと口に入れる。
さんきゅーと生返事をしつつ、食事を終えて支度を整えて家を出る。
「ほら、てっちゃんネクタイがまーたぐちゃぐちゃ、こっち向いて?」
玄関で式にネクタイをキュッと締めなおしてもらう。でも少し窮屈なんだよな。きっちり閉めないで少し緩めてYシャツの第2ボタンまで開けるのが俺のトレンドなのに。
「さ、行こう。忘れ物はない?ハンカチティッシュは持った?財布は持ってる?家の鍵は?」
身だしなみチェックを終え家を出て玄関のドアを施錠する。
全く、子供じゃないんだからそんないちいち確認しなくても大丈夫だって。
「あ、体操着忘れた」
「もーだから確認してるのにー待ってるから早くとってきてね」
言いながら家の中に踵を返す。今日は体育があったはずだ。
まあ体操着に関しては毎日持っていくものじゃないからな。習慣が無いのもしょうがないというやつだ。むしろ思い出しただけ偉いまである。
登校中、昨日の夜に姉さんからもらったチケットについて話す。
「昨日さ、姉さんから学食のチケットをもらったんだけど今日の昼にでも一緒に行かないか?」
「いく!」
即答する式の勢いに押されながら、俺はかばんからチケットを取り出して渡す。
「これなんだけどさ、どうやらかなり貴重なモノみたいなんだ」
「うちの学食は食券だけど、券売機で買って発券するチケットは白いからね。こんな黒いの初めて見たよ」
眺め終わった式にチケットを返してもらって再度しまい込む。
スペシャルメニューとは何だろう?メインなのか丼物なのかはたまたデザートなのか・・・
考えている俺の腕に柔らかな感触、見ると式が飛びついて大きな胸の中に挟み込んでいた。
「てっちゃんよそ見していると危ないよ!電柱にぶつかったり事故が起こるかもしれないから私がしっかり様子を見ます」
上機嫌な式に引っ張られるように学校に到着する。
ちょっと待っててと先行する式を待ち、入り口前で待機する。もういいよとの声がかかり、下駄箱に移動する。
毎日靴を履き替えるときにもしかしたらラヴなレターが入っているんじゃないかと期待するのだが、残念ながら今だに見たことがない。というか今時そんな古風なことする奴いるんだろうか?
人類は紙を捨てて電子の奴隷に堕ちた訳で、つまり告白もなにもかもそちらに移行したわけだと思うのだ。
これはモテてないから僻んで言っているわけではない。ないのだ
「じゃあお昼休みにね!私今からちょっと用事があるから一緒に行けないけど泣かないで。あとで慰めてあげるからね」
走り去っていく式を見るとその手にかわいらしいピンクの封筒が握られていた。
俺の幼馴染はモテるんだな・・・
・・・悲しくなるから見なかったことにしよう。そりゃ時代に逆行する奴も中には居るさ、でもきっと少数派に違いない。
でも念のためもう1度自分の下駄箱を開けて中を隅々まで確認することにしようかな。
「てっちゃんより先に開けてほんとによかった。花に群がる害虫はきちんと駆除しないとね」
俺より先に俺の下駄箱を開けて中身を取り出していた式の呟きは誰にも届くことはなかった。