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着いてみるとそこには何度か会った先客がジョウロで鼻歌交じりに水やりをしていた。
「こんにちは小倉先輩」
ピャアっと大げさに飛び上がった小倉先輩は鼻歌を聞かれたことが恥ずかしいのか顔を赤くした。
「い、和泉君。こんにちは・・・」
俯きながら水やりを再開するのをなんとなしに後ろから眺めていると、無言に耐えられなくなったのか向こうから話を切り出してきた。
「この前は急に逃げちゃってごめんね?なんか頭がわーってなっちゃって」
なってたなぁ、わーって感じにあんなにテンパっている人を見たのは初めてだったかもしれない。
「こちらこそ唐突すぎましたね、良かれと思って誘ってみたのですが」
ん?いま校門前で勧誘活動を行っている二階堂先輩の望みは何だったか。
園芸に興味がある部員1名の勧誘・・・
「これだ!」
「ピェッ」
前触れもなくいきなり叫んだ俺に驚いたのか、小倉先輩は飛び上がると目にも止まらぬ速さで後ずさる。
「なになに?どうしたの和泉君?私なにか気に障るようなことしたかな・・・?」
小動物のように怯える小倉先輩に申し訳なく思いつつ、俺は先日の話を再度することにした。
部員数と廃部にかかわる件を詳しく話してみると、小倉先輩が少し近づいてきた。
「なるほど・・・そういう事情があったんだね。でも私なんかが入って役に立つのかな?」
「今、園芸部が最も欲している人材こそが小倉先輩なんです。なんかなんて言わないでください。代役ではなく、あなたが必要なんです」
「あうあうあ」
ショートしてしまった。詰め寄りすぎただろうか?まったく小動物の相手をしている気分だ。ここはもう少しおだてて担いでおくか。
「熱くなってしまってすいません。でも俺は本気なんです。小倉先輩しか考えられません。どうかお願いします」
近距離まで来ていた小倉先輩の手を握って熱弁する。なんで俺はこんなに一所懸命なのだと頭の中の冷静な部分が突っ込みを入れてきたが、我に返ってしまっては負けなので一気に詰める。
「あのあの、い、いずみくん」
「お願いします!あなたが必要なんです!」
「わ、わかりまひた。あたし、えんげーぶにはいりましゅ」
「ありがとうございます!」
押しに弱いなこの人、将来が心配だ
「では部員と顔合わせをしましょう。校門前に段ボールに乗って演説をしているのじゃロリな先輩がいるので行ってらっしゃい」
「え!?和泉君もついてきてよぉ。一人で声掛けなんてむりむりむり」
えー仕事終わったと思ったのにな。もう帰りたいんだけど・・・でもここでやっぱりやーめたなんて言われたら困るので間を取り持つくらいはするか。最後のひと踏ん張りだ。
なんとなく握ったままの小倉先輩の手を引きながら校門前に到着する。
そこには段ボールに寝転がり、駄々をこねているロリがいた。
「いやじゃいやじゃ!廃部は嫌じゃ!」
「に、二階堂部長、人が見てますよ。いいじゃないスか、とりあえず数合わせで俺のダチを入れておいて後でゆっくりと眼鏡にかなう人を見つければ」
「いやじゃいやじゃ!もう幽霊部員は嫌じゃ!廃部も嫌じゃ!なんとかせいアブラムシ!」
そこには先ほど別れたときの凛々しい態度はなく、おもちゃ屋の前で買ってくれと親にせがんで泣いている子供のようにぐずり続ける姿があった。アブラムシも困り果てている。
「二階堂先輩、調子はどうですか?」
「おお、鉄!なに順調じゃ。このままじゃと部室がパンクするくらい殺到するんじゃないかの」
な、なんて変わり身の早さだ。さっきまで泣いて暴れていたのに声をかけた途端キリっとなったぞ。
あの姿を見てないとでも思ったのだろうか?
「入部希望者を連れてきたんですけども、その様子だと必要ないですかね」
「どこどこどこどこだれだれだれ?」
決めポーズをしていた二階堂先輩は俺の言葉に光の速さで反応すると眼前に詰め寄ってきた。
苦笑しつつ俺は手を握りながら背後に隠れてしまった小倉先輩を前に優しく引っ張る。
「さあ、自己紹介をしましょう。大丈夫です。部長は優しいですから」
「お、小倉カレンです。園芸部に入部希望でしゅ」
二階堂先輩はまるで救世主を見たかのようにその大きな目を見開いてから言った。
「ぶ、部長の二階堂美月じゃ。こっちは平部員のアブラムシ」
「柴田成生っす。気軽にアブラムシって呼んでください」
というか柴田よ。お前はそれでいいのか。まあ本人がいいというのなら俺が口を出すことではないか。
「美月部長。アブラムシさん。若輩者ですが精いっぱい頑張ります。よろしくお願いします」
小倉先輩もナチュラルにひどいな。テンパってるんだろうけども
じゃあ俺も潤滑剤として間に少し入っておくとするか。
「小倉先輩は花壇にアゲラタムを植えてくれていた人です。園芸に対する情熱も人一倍持っていることは俺が保証します」
「なんと!あのアゲラタムはおぬしが植えてくれていたのか!会って礼が言いたかったんじゃ。わしの管理不足のところにありがとう。入部はもちろん歓迎じゃ。これからよろしくお願いするのじゃ」
やれやれと思っていると顔を真っ青にした柴田が突然土下座をしだす。
どうしたどうした?虫と呼ばれすぎてついに二足歩行もできなくなったのか。
「本当に申し訳ないです!俺の知識不足と調子乗りのせいでせっかく植えてあった花をダメにしてしまって!」
「か、顔を上げてくださいアブラムシさん。あれは悲しかったですけど、いや本当に悲しかったですけど、おかげで和泉君とも出会えて園芸部にも入部するきっかけになりました。非常に悲しかったので今後は気をつけてくれればいいです」
わたわたとしながらいう小倉先輩。悲しかったって何回言うんだこの人は。結構根に持ってるな。
「あの1件以降こやつも心を入れ替えたのでな。あのような悲劇はもう起こさないことを誓おう。そ、それにしてもおぬしらは恋仲なのか?来てからずっと手をつないでいるようじゃが」
無意識だったのだろう、ピェと言いつつ俺とつないでいた手を離した小倉先輩は弁明をしだす。
俺?わかっていたけど何となく繋いでいました。
「こ、これは違くて、勇気の出ない私に文字通り手を貸してくれたというかなんというか・・・そもそも私に恋人なんて100年早いというか」
「そんなにバッと離されると悲しくなっちゃいますね」
「いやいや!和泉君が嫌いって訳はもちろんないよ!というか私にここまでしてくれてそんなのごにょごにょ・・・」
いいつつ俺がにやけているのがわかったのだろう。からかわれたことを理解した小倉先輩はもぉーといいつつ俺の胸板をぽこぽこ叩く。
「違うならいいのじゃ、鉄よ、結局何から何まで世話になってしまったの。教室で言ったことを覚えておるか?なんでも1つ願いを聞いてやるのじゃ」
「ん?今なんでもって」
「なんでもじゃ、わしに二言はない。恋人になってくれでもなんでもよいぞ」
ネタにマジレスされるとちょっと反応に困る。というかそこまで感謝してくれていたのか。でもなんだか嬉しいかもな。
「ありがとうございます。では園芸部が今後廃部にならなくていいようにしっかりと維持してください。それが俺の願いです」
うわー俺かっこいいな。まあこれから関わることは少なくなるだろうから綺麗に締めておこう。
最後に下種なお願いをして引かれて終わるのもヤダしな。
「そうか、言われんでもこれからも新規部員獲得には力を入れる予定じゃったが、鉄が言うなら120%頑張るのじゃ。おおそうじゃ。ちょっとかがんでくれんか?」
「?まあいいですけど」
俺がその言葉に従ってかがむとチュッという音と頬に柔らかな感触
思わず手を当ててしまう俺に顔を赤くして走り去る二階堂先輩。
それの後を追っていく小倉先輩と柴田
・・・ロリもたまには悪くないもんだな