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というか冷静に考えてみればどうして俺がここまで心を砕かないといけないのだろう。
もう十分じゃないのか、あと1週間で園芸部はなくなるのかもしれないが、別に部活動でなくとも花壇の管理はできるし、外部委託をするとしたって手伝いくらいはできるはずだ。
ならもういいんじゃないかな。あの先輩とアブラムシは適当にやっていくだろう。
そうさ、管理されていなくても野に咲く立派な花だ。そうだそうだ。
生徒会室での一件を終え、俺はそう結論付けた。
先輩は適当に言いくるめよう。なんかちょろそうだしな。
そうと決まれば先輩に結果報告だなと思っていた放課後、教室に来訪者がやってきた。
「ここに和泉鉄という生徒はおるか?」
そういいながら教室に入ってきたのはおなじみ二階堂美月先輩であった。
突然入ってきた先輩にうろたえている有象無象共を避けながら先輩のもとに向かうと、先輩は突然深々と頭を下げてきた。
「今回の1件、鉄には本当に世話になったのじゃ。改めて礼を言いに来た」
頭を下げ続ける先輩にざわめきだす羽虫共、やめろ、俺が威圧してるみたいじゃないか。
「先輩、頭を上げてください。俺は当然のことをしたまでです。お礼を言われるようなことは何も」
とりあえず謙虚にしておくか、優しい鉄君のイメージがついて今後の俺の生活にプラスになるかもしれないしな。
そうだ、先輩に悲しいお知らせをしなければいけないんだ。来てくれたのなら今言っておくか。
「その件で少し進展があったのでお話があるんですけどいいですか?」
「おお、なんじゃなんじゃ今わしは気分がいいからな。ちょっとくらいエッチなお願いくらいなら聞いてやらんこともないぞ」
いらん。というかあんたのまな板ぼでーで何ができるというのか。
「魅力的な提案ですがそれはまたの機会に取っておきます。話というのはですね、園芸部の幽霊部員が全員退部したのであと5日以内に部員を1人入部させないと廃部になるという件です」
「―――へ?」
ツインテールを犬のしっぽのように振り回しながら喜んでいた先輩が一転、その顔に影を落とす。
「な、なぜじゃ?なぜいきなり退部を?」
「それは生徒会長である俺の姉が部活への参加を幽霊部員たちへ頼みに行ったらしいんです。それでもう参加する気はないと全員が退部をしたと・・・」
「鉄よ、園芸部に入部せんか?特別にわしのマンツーマンで園芸のイロハを叩き込んでやるのじゃ!」
「すいません、放課後は俺も予定がありまして、お手伝いくらいはできるかもしれませんが、入部となると・・・」
帰宅部としての使命があるからな、俺には。先輩のことは嫌いではないが、これから毎日園芸部に拘束されるのはごめんこうむりたい。
ポタリ、雫が教室の床を濡らす。
先輩はあれ?あれ?と顔を拭うがその雫はやむことはなかった。
「二階堂先輩、別に園芸部がなくなったとしてもあの倉庫が解体されるということはありません。それに花壇の管理だって別にできるし、特に制限はありませんよ?」
「そういうことではないのじゃ。園芸部はわしだけのものではない、先輩方との思い出の場所であり、これからこの学校に入学して園芸部に入ってくれるかもしれない後輩が過ごす青春の場所なのじゃ。それをわしが壊してしまうなんて・・・」
そんなこと認められん!といいつつ、先輩は教室を飛び出していった。
あとに残された俺はカス共の冷たい視線が突き刺さり、どうにもいたたまれなくなってその場を逃げ出した。
「園芸部!部員大募集中じゃ!見学だけでも歓迎なので1度訪れてみてほしいのじゃ!」
校門の前で段ボール箱の上に立ち、その小さな体をめいっぱい動かしながら先輩は必死に勧誘を行っていた。しかし、物珍し気に立ち止まる人はあっても成果には結びついていないようだった。
先輩の背後にはアブラムシの姿もあり、買ってきたドリンクを渡すなど献身的なサポートを行っていた。
俺の思い違いだった。先輩が園芸部にかける情熱は俺の想像のそれをはるかに超えていた。
てっきり俺は「そうかそうか園芸部は解散か。悲しいがゲリラでの活動もできるしな。却って動きやすくなったのじゃ。わはは」という感じに軽く流されるもんだと思っていた。
これは違うな。俺の求めていた平凡な生活ではない。顔も知らない誰かが不幸になることは全然かまわないが、もう先輩は俺の知り合いだ。残り時間を手伝うくらいはしてもいいか。
そう思い、先輩のもとに歩み寄った。
「俺も何かお手伝いしましょうか?微力ですがないよりはましかと思います」
「ありがとうなのじゃ。だが鉄にばかり頼りきってはわしの沽券にかかわる。最後の問題くらいは園芸部で片をつけてみせるのじゃ。雑草魂じゃ」
「二階堂部長!俺も精いっぱい頑張ります!ダチに声をかければ何人かはすぐに入ってくれると思いますけどどうします?」
「柴田よ、お前の気持ちは嬉しいが、それではだめなのじゃ。園芸部が廃部になることは認められんから最初は形だけでも人数を入れて取り繕おうかと思ったが、思い直した。興味のない人間を入れると今回の二の舞じゃ。園芸を愛する人間を必ず見つけてみせるのじゃ」
ふんすと気合を入れている先輩。ではと思い俺は提案をする。
「それでは先輩が勧誘に励めるように、残りの日数は俺が花壇の水やりをしますよ。前に教わったやり方でいいんですよね?」
「それは嬉しいのじゃ。本腰を入れて勧誘活動を行うと管理がおろそかになってしまうかもしれんからな。せっかく植えた苗を枯らすわけにはいかん。それだけ頼めるか?なに、すぐに新部員を入れてやるのじゃ」
わかりました。頑張ってと別れた俺は花壇に向かうことにした。