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昨日、布団の中でしっかりと考えた。柴田の不真面目さをきっちりと断罪しなければならない。
ズバッというぞ。今日は式にも同行してもらっているがこれは俺がビビってるとかそういう訳ではない。
俺の身に何かあったら先生に言いに走れよと式の耳にタコができるくらい言い聞かせているが関係ないのだ。
意気揚々と乗り込んでいくと部室にはおびえた顔をしている先輩とそれに覆いかぶさろうかとしている柴田の姿があった。
俺は前日に考えた柴田を説得するはずだった言葉よりも先に先輩のもとに駆け寄り、その小さな体を守るように抱きしめていた。
「柴田!いい加減にしろ!先輩に相手にされないからってついに実力行使か。お前がそういう態度で来るなら俺にも考えがある。去年通信空手で習った後ろ回し蹴りが炸裂するぞ!俺も転ぶがそのケガもお前のせいにするからな!」
俺の腕の中でふえぇ?と赤面しつつ困惑している様子の先輩。なんてかわいそうなんだ。こんなに情緒不安定な様子で、やはりギルティ確定だな。
「待ってくれ和泉、昨日までの俺はどうかしていた。その非礼を二階堂部長に謝罪していたんだ」
柴田に目を向けると昨日までのチャラついた態度とはまるで違っていた。髪も逆立ててはいるが黒染めし、ピアスもすべて外している。それに一番違っていたのはその瞳だ。部長を嘗め回すように見ていたその眼差しは完全になりを潜め、真摯な落ち着いた光を放っている。
「そ、そうじゃ。柴田は昨日の花壇の一件から心からの反省をしたとわしに謝罪をしていた最中なのじゃ。わしはこやつの言葉が本心からくるものと思わなくて少しビビってしまっていただけなのじゃ」
「本当ですか先輩?柴田になにか脅されているわけではないんですよね?信じていいんですか?」
「本当じゃ、だ、だからはなし―――」
「じゃあ先輩はなんでまだ赤面しているんですか。心の中では柴田への憤怒の気持ちであふれかえってるのではないですか?」
「お、おぬしがいつまでもわしに抱き着いているからに決まっておろう!」
バッと俺から離れると先輩は数回深呼吸をした後気を取り直したように柴田に向き直った。
「柴田よ。ここ2日の出来事は忘れてやろう。心を入れ替えて真面目に園芸に取り組むといった先ほどの言葉、嘘ではあるまいな?」
「はい!二階堂部長に迷惑をおかけしたこと、本当に申し訳なく思っています!これからは粉骨砕身、この身が朽ち果てるまでお手伝いをさせてください!」
誰だコイツ?
本当に柴田なのか?昨日までとはまるで別人だ。確かに昨日の一件は一大事であったし、先輩も憤激していた。しかし、こいつみたいなクズがそんな程度で心を入れ替えるものなのか?
実は先輩の気持ちを傾けるために演技をしているのではないか?柴田の言葉を聞いた俺の頭の中をクエスチョンが埋め尽くしていた。
「わぁーよかったね!ゴ・・・柴田君も園芸に目覚めたみたいだし、ここの問題は解決だね!さすがはてっちゃん!幼馴染として私も鼻が高いよ!いいこいいこ」
能天気に俺の頭を撫でながらそんなことをいう式に俺は手を払いのけることも忘れてあぁ・・・と相槌を打つことしかできなかった。
それから数日、俺は気になって園芸部の様子をこっそりのぞいていた。花壇の手入れをしている2人は仲良く・・・というか主従のような関係になっていた。
「柴田よ、ここに肥料をまいてから苗木を植えてくれ。くれぐれも傷つけるなよ?」
「はい!二階堂先輩!このアブラムシにお任せを!」
・・・なんか本当に心を入れ替えてるっぽいな。最初は格好だけのポーズだと思っていたのだが、自分を卑下したり、顔中を泥で汚しながら先輩の指示にしたがっている柴田を見ていると本気なんだなと空気感で伝わってきた。
しかし、いきなりなぜ心変わりしたのだろうか?わからない。
まあ考えても仕方がない。生徒会に完了の報告でもしに行くかな。
俺は姉さんにこの件の解決とこれ以上厄介ごとを持ち込まないように釘をさすために生徒会室へと向かった。まあ、万事完璧な解決だ。文句のつけようもないだろう。ただ、心労が半端ないだけだ。俺は心安らかな生活を心がけているというのに、トラブルをホイホイ持ち込まれては身が持たない。ガラスハートなのだ。少年だからな。これでは廃人まっしぐらというものだ、ついでに抗議もしておこう。
そんな気持ちで生徒会室のドアをノックすると入れという声がかかった。
失礼しますと入室する俺に炸裂する破裂音。そして降りかかるヒモ状の何か
無表情になる俺を待ち構えていたのは我が姉、和泉和歌その人であったが、その手にはクラッカーが握られていた。なるほど、何してんだコイツ?
「鉄よ、お疲れさまだ!お姉ちゃんと別れて色々大変だったみたいだな?今回はどうやって甘やかされたい?抱きしめるか?ハグか?それとも熱い抱擁か?」
全部一緒なのだが・・・どうあっても俺を抱きしめたいようだ。断ろうとした俺に飛びついてきた姉さんに押し倒されて骨がきしむほど抱きしめられながらなんとかその腕から抜け出す。
「ありがとう姉さん。十分に堪能させてもらったよ。でもこの問題を解決したんだから、これ以上面倒ごとを一生徒である俺に持ち込むのは金輪際やめてね」
立ち上がり、制服に着いた埃を払った姉さんは何事もなかったかのように落ち着き払って言う。
「何を言う?鉄よ。問題はまだ半分しか解決していないぞ?」
「は?いやだって、花壇の問題は解決したし、園芸部もしっかり活動できるようになったんだからもう何も問題はないはずだろう?」
俺の疑問にチッチッチと指を立ててやれやれという表情をする姉さん。こいつその指折ってやろうか・・・
「花壇の件は確かにそうだ。しかし園芸部の活動という点ではまだだな。部員数が足りていない」
「え?部の活動に必要な人数は3人だろ?現在園芸部は5人が在籍しているんだから人数は足りてると思うんだが」
「しっかりと活動していればな。今回、鉄に仕事を振った後で私もちょっと調べてみたんだ。すると先日入部した柴田を除く4名のうち、部長である二階堂美月以外の部員は活動をしていない幽霊部員であることが発覚した」
「幽霊部員であっても部員だろ?籍を置いている以上活動に支障はないはずだ」
「ところがそうでもないのだ。私は微力だが鉄の力になろうとその部員たちのもとを訪れて、園芸部の活動に参加するように呼び掛けたのだ。そうしたら活動する気はないし、こんな催促に来られるなら退部しますと全員から言われてな、現在園芸部の部員数は正真正銘2名なのだ」
力になろうとは?邪魔しかしてないのだが?引きずり回してやろうか本当に・・・
俺が愕然としていると姉さんは続けて言う。
「先ほど鉄が言ったように部の活動に必要な人数は3名、1人足りないということだな。幽霊部員たちが退部届を持ってきたのが昨日の事だからそこから1週間、つまりあと6日以内に部員を1人確保しないと残念ながら廃部という措置を取らざるを得ないのだ」
俺が何も言えずに口をパクパクとしていると姉さんはそこに指を突っ込んでウインクをする。
「だからもう半分、頑張ってくれ。きちんと達成した暁にはすごいご褒美をやろう」