表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/8

第2話「錬金術師の教え」

異世界で「トウガ」と呼ばれるようになった男は、

朝の冷たい空気の中、蒼天国の城、蒼穹城(そうきゅうじょう) の廊下を歩いていた。

昨日、皇帝との謁見の末、「役立たず」と判断されたものの、処刑は免れた。

「せめて何か使い道があれば」と、城の後方支援部隊に配属されることが決まったのだ。

そしてその第一歩として、蒼天国で唯一の錬金術師である趙破岳(ちょうはがく)の指導を受けることになった。


「錬金術……そんなのどうやって......」


トウガは、自分がこれから学ぶことに対して半ば諦め気味だった。

錬金術と聞けば、ゲームや漫画で見たことはあるが、現実の技術として扱うイメージがわかない。

しかし、これが自分の唯一の武器になるかもしれないと思うと、無視するわけにもいかない。


蒼穹城の西棟にある錬金術研究房と呼ばれる場所へ向かう。

そこは鍛冶場のような作業場に、大量の薬瓶や鉱石が並べられた、雑然とした空間だった。

天井からは怪しげな巻物がぶら下がり、まるで魔術師の隠れ家のような雰囲気がある。


「お前が例の召喚者か?」


重々しい声が響いた。研究房の奥から現れたのは、貫禄のある男だった。

長い白髪を後ろで結び、鋭い眼差しを持つ、蒼天国唯一の錬金術・師趙破岳(ちょうはがく)その人である。


「わしが趙破岳だ。蒼天国一の錬金術師にして、お前の指導役となる者だ」


低く響く声には、厳しさと威圧感が滲んでいる。

トウガは思わず姿勢を正しながら名乗った。


「松風闘雅……いや、トウガです」


趙は腕を組み、じろりとこちらを睨む。

「名などどうでもいい。重要なのは、お前に錬金術の才があるかどうかじゃ」

その言葉に、トウガは苦笑する。


「俺に才能があるかなんて、俺が一番知りたいですよ」


「錬金術とは、神力と物資を掛け合わせ、イメージを具現化する技術じゃ」

趙はそう言いながら、鉱石を指で弾いた。


「だがな、錬金術は特別な血統を持つ者にしか扱えん」

「……血統?」

トウガが眉をひそめると、趙は冷ややかに笑った。


「全ての者は少なからず神力を持っている。だが、それを錬金術として扱えるのは、限られた家系だけじゃ」

「じゃあ、俺みたいな異世界から来た奴が使えるわけないじゃん……」

「それがなぜか、お前さんは錬金術のスキルを授かっていたと聞いておる」

趙は腕を組み、じろりとトウガを見下ろす。

「まぁ、お前さんがどこまで本物かなのか見定めてみようじゃないか」

「試しに錬成してみろ」

趙は机の上に置かれた鉱石を指差した。

「やり方は簡単だ。手をかざし、神力を流し込む。そして、イメージするんじゃ」


「イメージねぇ……」


トウガは半信半疑のまま、鉱石に手をかざす。

集中しようとするが、何も起こらない。

「ほらな、血統のない者に錬金術は扱えんのだ」

趙が鼻で笑い、腕を組む。


しかし、トウガはふと、昔ゲームで見た「合成システム」を思い出した。

(待てよ……ゲームのクラフトシステムって、大抵「素材+エネルギー+設計図」みたいな構成だったよな)

(もしこの世界の錬金術が似た仕組みなら、「何を作るか」だけじゃなく、「どう作るか」まで明確にイメージしないとダメなんじゃないか?)


トウガは深呼吸し、改めて鉱石に手をかざした。

(まず、神力を流す。エネルギー供給の役割だ)

(次に、この鉱石の構造をイメージする。硬さ、質感、重量……)

(そして、変化後の形を具体的に想像する。「ただ変われ」じゃなく、「こう変わる」まで細かく)


「……やってみるか」

トウガは再び手をかざし、今度は明確なイメージを持って神力を流し込んだ。


トウガは静かに目を閉じ、深く息を吸い込んだ。

さっきまでは、ただ「何か起これ」と念じるだけだった。

だが今は違う。ゲームのクラフトシステムを思い出し、素材の特性を考え、変化の過程をイメージする。

(この鉱石は硬い。だったら、一部を柔らかくして形を変えて……再び硬化させる)

(形状変化だけなら、分子レベルの結合をイメージすればいいはず)


トウガはゆっくりと神力を流し込む。

途端に、手のひらがじんわりと温かくなり、鉱石が淡い光を放ち始めた。

「……っ!?」

趙の目がわずかに見開かれる。

鉱石の表面が、まるで溶けるように形を変え始めたのだ。


鉱石の表面が、まるで溶けるように形を変え始めた。

トウガは焦らず、イメージを細かく調整する。

(このまま、形状を滑らかに整えて……硬化!)

次の瞬間、光が収束し、鉱石が完全に別の形へと変わっていた。

トウガが手を離すと、そこには丸みを帯びた小さな鉄製の将棋の駒が転がっていた。


「……なっ!?」

趙が思わず腰を抜かし、後ろに尻もちをつく。

「……ば、馬鹿な……? 初めての錬成で、ここまで形を制御できるじゃと……!?」

助手として働いていた青年が、驚愕の表情で趙を見た。

「師匠! 俺たちでも、こんな精度の錬成は無理ですよ!」

趙は鉄製の駒を手に取り、何度もひっくり返しながら確認した。

「……密度も均一、強度にもムラがない。まるで熟練の錬金術師が仕上げたかのような出来栄えだ……!」

その声には、もはや呆れと驚愕が入り混じっていた。

トウガは腕を組み、満足げに頷く。

「まあ、理屈が分かれば、こんなもんじゃない?」

趙がトウガを睨む。

「貴様ぁ、錬金術の経験がまったくないと言っておったなぁ?」

「ええ、まったくないです。でも、なんとなくだがやり方は分かりました」

「……フン、ふざけたことを言う」

趙は頭を抱えながら、大きくため息をついた。

「異世界の者だからといって、何でもできると思うでないぞ」

趙は鋭い視線を向けながらも、未だに驚きを隠せていない様子だった。

「普通ならば、錬金術の基礎を習得するのに数年はかかる。なのに貴様は、たった一度でここまでの精度を出した……」

「まあ、俺に錬金術の才能があったってわけだ」

トウガは肩をすくめる。


助手の一人が、驚きの表情のまま呟いた。

「師匠……こいつ、本当に化け物じゃないですか?」

「……信じたくはないが、そのようじゃな」

趙は鉄駒を握りしめながら、何度もため息をつく。

「お前さんのその才能、本当に偶然か……? それとも、何か……」

趙はしばらく考え込み、鋭い目でトウガを見据えた。

「……いいだろう。ならば、もう一つ試してもらおう」

そう言うと、彼は棚から普通の水が入った瓶を取り出し、トウガの前に置く。

「次は、ただの水を変化させ、神水を作ってみろ」

「神水……?」


「神水は傷や神力をわずかだが回復させる特殊な液体じゃ。」

「つまりこれを作れれば、より高度な錬金術が使えるってことか?」

「そういうことじゃ。だが、これは錬金術師にとって最も基本でありながら、最も難しい錬成の一つ」

趙は腕を組み、じろりとトウガを見下ろす。

「ま、できるものならやってみろ」


トウガは瓶の中の水をじっと見つめた。

(普通の水を神水に変える……? いや、そもそも神水がどんなものか分からないんだけど?)


戸惑いつつも、さっきの要領で神力を流し込んでみる。

だが、水はまったく反応しない。ただの水のままだ。

「……は?」


「ハッ、無理もない。何も知らずに作れるほど神水は単純なものではない」

趙は冷笑しながら腕を組む。

「神水とは、神力を純粋な形で液体に定着させたもの。単に神力を流し込むだけでは何の意味もない」

「つまり……ただエネルギーを入れるんじゃなく、"どう変化させるか"までイメージしなきゃダメってことか」

「その通りだが、そんなことは言われずとも分かっているはずだろう?」


(ただの水を変化させる……)

トウガは瓶の中の水をじっと見つめた。

「普通の水に神力を入れてもダメってことは……水そのものを変えなきゃいけないってことか?」

「ま、理屈ではそういうことじゃ」

趙は興味深そうに頷いた。


トウガは試しに水の分子構造をイメージしてみる。

(例えば、温度を変えたらどうなる? 氷みたいに固めるか、蒸発させて気体にするか……)

「蒸発……?」

ふと、トウガの脳裏にゲームの「精錬」システムの記憶がよぎった。

(そうだ、水をいったん蒸発させて、神力と混ぜてから凝縮すれば……純度の高い液体ができるかも?)


トウガは深く息を吸い、静かに神力を集中させた。

「まず、水を蒸発させる……」

瓶の中の水がわずかに震え、ふつふつと気泡が浮かび上がる。

蒸気となった水がゆっくりと宙へと舞い上がるのを見届けながら、トウガは次の工程へ移った。

(この蒸気に神力を混ぜて……純粋な力だけを残す!)


手をかざし、神力をゆっくりと蒸気に馴染ませていく。

すると、漂っていた蒸気が淡い青い光を帯び始めた。

「……っ!」

トウガの心臓が高鳴る。

(これだ!)

トウガは慎重に神力の流れを調整し、蒸気を凝縮させていく。

漂っていた青白い霧が、次第に一点へと集まり始める。

そして——ポタリ、と瓶の中へ純粋な雫が落ちた。

まるで光を内包したかのように、透き通った液体がゆらめく。

それは、紛れもなく神水だった。


「……バカな……!」

趙が思わず後ずさる。

「まさか、本当に神水を作り出したというのか……?」

助手が慌てて瓶を確認し、震えた声を上げる。

「師匠……これは間違いなく、純度の高い神水です!」

トウガは瓶を持ち上げ、神水をじっと眺めた。

ゆらめく透明な液体は、まるで生命を持っているかのように輝いている。

「……よし、できた」

満足げに微笑みながら、トウガは瓶を趙の前に差し出した。

「これで合ってるよな?」


趙は無言のまま、瓶を受け取った。

恐る恐る香りを嗅ぎ、指先で軽く触れる。

その瞬間、彼の目が驚愕に見開かれた。

「これは……神水ではない……!」

「ん? どういうことだ?」

趙の指先がわずかに震えていた。

「おいおい、何が違うんだよ?」

トウガは瓶を覗き込むが、見た目はただの透明な液体だ。

しかし、趙破岳は小さく息を呑み、低く呟いた。


「……純度が異常に高い」

「純度?」

「通常の神水は錬成者の神力がわずかに混じるため、色合いや流動性に個体差が出る。だが、これは……まるで大自然が生み出した原初の神水そのもの……!」

「つまり?」

趙はじっとトウガを見据え、そして言い放った。

「神水のさらに上、聖神水(せいしんすい)じゃ」


趙の言葉が、静まり返った部屋に響いた。

助手たちも言葉を失い、ただトウガと瓶の中の液体を交互に見つめる。

トウガは眉をひそめながら、手元の聖神水をじっと見つめた。


まさか、異世界に来てたった数日で、前代未聞のものを作ってしまうとは。

だが、これが偶然ではなく、必然なのだとしたら——?

「お前、本当に……何者なのじゃ?」

趙の呟きが、トウガの耳に深く響く。


こうして、トウガは異世界で初めての"異端"として、その名を刻み始めたのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ