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鉄仮面令嬢は、第二王子に甘やかされる

 



 華やかな王城夜会、ジェマ・スタンフィールド侯爵令嬢は無表情で壁際に佇んでいた。

 黒く長い髪は何の遊びも見られないほどにきつく纏め、飾りさえもない。ドレスは良く言えばシンプルといった具合の、深い青のマーメイドライン。

 それなのになぜか目立っていたのは、世にも珍しい赤紫色の瞳のせいだった。

 

 幼い頃から奇異の目に晒され続けていたジェマは、いつの間にか鉄仮面と呼ばれるほどに無表情。そして、人前に出ることが苦手になっていた。

 そんな彼女が、夜会などに必ず参加するのには理由がある。


 鉄仮面の彼女が真剣に見つめる先にいるのは、煌びやかな集団。その中の一人に視線は固定されていた。ラザフォード王国の第二王子であるサイラスだ。

 王族の正装に身を包み、蜂蜜のように艷やかな金色の紙を柔らかく撫で上げてセットしている。少し垂れ気味の目は空を切り取ったかのように澄み切った色だ。


 ――――いつ見ても素敵。


 無表情ではあるものの、心の中はわりと饒舌なジェマ。幼い頃から自分を気にかけてくれていた六歳年上のサイラスに、淡い想いを抱いていた。

 自ら話しかけるなど烏滸がましいと思っており、ただ壁際で彼を見て癒され、また頑張ろうと気合を入れる。そのため、サイラスが出席すると分かっている夜会やお茶会には必ず参加するようにしていた。

 

「ジェマ! ちゃんと来てくれたんだな」

「……」


 コクリと頷くと、サイラスが柔らかく微笑み頭を撫でてくれる。ジェマはこの瞬間がとても好きだった。

 心の中は花畑の真ん中でのたうち回っているのだが、見た目は鉄仮面のまま。

 

「来てくれて、ありがとう」

「……?」


 いつも笑顔を絶やさないサイラスが、真顔でお礼を言ってきたことに少し違和感を覚えた。

 夜会の前日にサイラスから手紙が届いていた。今回の夜会には参加するのか、と。初めてそんなことを聞かれて困惑し、出した返事は酷いものだった。


『私の存在がサイラス様のご迷惑になるようでしたら、出席は控えます』


 数時間後、王城騎士である兄クラークが屋敷に戻った際に手紙を渡してきた。殿下が慌てていたという言葉とともに。

 手紙には出席して欲しいから聞いた、勘違いさせてすまない、と書いてあった。

 こちらが勘違いしてしまったせいだという旨の謝罪を書いた手紙を兄に渡していた。


 ちゃんと出席すると伝えていたのに、なぜサイラスが安心しているのか、お礼を言うのか、ジェマにはわからなかった。


「サイラス、ここにいたか」


 ゆったりと歩いてくる姿は、まるでライオンのよう。威風堂々としている金髪の男性――国王に対し、周囲に居た者たちが臣下の礼を取っていた。

 国王は右手を軽く上げて礼を解いていいと合図する。

 いつもなら国王の横には王妃がいるが、今日は違った。

 ストロベリーブロンドを緩やかに巻いて纏め、最新のデザインの深紅のドレスを身に纏ったご令嬢を引き連れていた。

 ご令嬢は宰相の娘ベアトリクスで、ジェマをチラリと見ると扇で口元を隠しながら鼻で笑った。


「ごきげんよう」

「……ごきげんよう」


 立場はほぼ変わらないのだが、宰相の娘である彼女の方が偉いのだという圧を出してくる。なにより、気持ち悪い瞳だ、呪われているなどの言葉を投げ付けられていたので、ジェマは彼女がとても苦手だった。


「サイラス、発表するがいいな?」

「……お断りしたはずですが?」

「心に決めた相手などいもしないくせに、なぜ縁談から逃げる」


 ――――縁談?


「心に決めた相手ならここに」


 サイラスにグイッと腰を抱き寄せられ、国王とベアトリクスの前に立つことになったジェマは、心の中では非常に焦っていた。


「私はジェマを愛しています」


 その言葉とともにサイラスから蟀谷にキスをされたのだが、小声で「話を合わせて」と囁かれていた。

 どう反応していいのか分からず、ジェマはいつも通りの無表情のままその場に立ち尽くしていたら、目の前で話がどんどんと進んでしまっていた。


 ジェマの父が当主を務めているスタンフィールド侯爵家は、建国時に多大に貢献した家であり、いまも評議会で重要職に就いている。

 ジェマの兄クラークはサイラスの護衛騎士として幼い頃から側におり、サイラスがジェマを妹のように扱っているのは国王も把握していた。


「その場限りの嘘で周りに迷惑をかけるな」

「嘘ではありません」

「スタンフィールドの娘からは、何も思われていないようだが?」


 無表情のまま固まっているジェマを、国王がじっと見つめた。

 ジェマの心の中は事件現場ような騒がしさだったが、一切表にはでていなかった。


「私たちは愛しています――――」


 ――――あぁ、どうしよう。

 何も言わないのも変だけど、何を言ってもサイラス様のご迷惑になりそう。せめて微笑んだりすればいいのだろうけど、笑うにはどう筋肉を動かしたらいいの? そもそも、サイラス様はなぜベアトリクス様と婚約したくないのかしら? 宰相閣下の娘である彼女なら王族にふさわしいと思うのだけれど。王太子殿下が隣国の王女だった王太子妃と政略結婚した際に、王族だから好きや嫌いで相手は選べないのだと言ったのはサイラス様だったのに。サイラス様は心に決めた相手がいる? そうだとしたら、凄くショックだけど、でもサイラス様を応援したいし。


 真顔でグルグルと考え続けていたジェマに、サイラスの顔がスッと近付いて行った。

 そして重なる唇。

 実際は唇ではなくギリギリ横の頬にキスをしていたが、国王とベアトリクスには唇にしたように見えていた。


「なっ……王族がそんな卑しい方に触れるなど! 呪われてしまいます!」

「…………ベアトリクス嬢、何をもって呪いだと? 私は貴女のそういった他人を蔑む態度が非常に不愉快だ。公の場でのそのような発言をする可能性がある者が、王族の一員になれるとでも? そもそも、ジェマは侯爵家の娘だが?」

「そんな瞳はスタンフィールド侯爵家にはいません。みな不貞の子だと言っています!」


 そのことはずっと言われていた。スタンフィールド侯爵は愛妻家として知られており、周囲もそれを認知しているからこそ、それはないだろういう意見も多くある。だが、侯爵の重い愛に夫人が心を移した可能性があるのではと囁かれていた。


「……ハァ。もう言葉を発さないでくれ」

「なぜですの……いつもにこやかに話しかけて下っていたではありませんか! 美しいと、綺麗だと!」

「聞かれればそう答えるさ。私が君に話しかけていた理由? 君の父上が宰相だからだよ。そうでなければ愚かな君となど、話す気にもなれないよ」

「っ――――!」


 サイラスの歯に衣着せぬ言葉に、ベアトリクスが顔を真っ赤にしていた。そして、すぐ近くにあった料理の並んだ台にあったサーブ用の大きなフォークを握りしめると、ジェマ目掛けて振りかぶった。


「何やってるんですか」


 どこからともなく現れたクラークがベアトリクスの腹部に強烈な拳を叩き込み、フォークを取り上げていた。


「……お前、躊躇がないな」

「躊躇したら殿下が怪我しますし。そうしたらコレ、打首でしょ? 宰相の顔が丸つぶれですよ。頭が焼け野原から不毛の大地になりますよ?」


 気絶したベアトリクスを小脇に抱えたクラークの『殿下が怪我をする』という言葉に、ジェマはハッとした。いつの間にかサイラスに抱きしめられていたからだ。全てがスローモーションのように見えていて、脳が追いついていなかった。


「殿下、ありがとうございました」

 

 ジェマが慌てて離れると、サイラスは少し名残惜しそうに微笑みジェマの頭を撫でた。


「陛下。そういうことなので、この話は無しでよろしいでしょうか?」

「…………構わん。だが旧知の仲だからとスタンフィールドの娘を都合よく使うな」

「使ってませんが? 私は本気ですよ?」


 ――――え?


 その言葉にジェマも驚いた。縁談を断るため、話を合わせるよう言われたのだと思っていたから。


「人前で口づけされようが、抱きしめられようが、表情を無のまま一切変えていないが、それでも愛があるという自信が?」

「…………あります」

「言い淀んでるではないか」


 苦笑いする国王といじけたような表情になったサイラスを見て、ジェマが首を傾げた。


「サイラス殿下は、私と結婚するつもりなんですか?」


 ジェマはサイラスのことが心から好きだった。ただ、サイラスにとってのジェマはただの妹だと思っていたから、心は打ち明けないと決めていた。陰から見つめることさえ出来れば、それでいいと思っていた。


「そのつもりなんだが……?」


 徐々に俯き、瞳に涙を溜めるジェマを見て、サイラスは酷く焦った。急激に話を進めすぎて、嫌われたのではないかと。

 頭を撫でると、少しだけ頬を緩めてくれる。皆が表情が一切変わってないと言うが、サイラスにはジェマが喜んでいるのが伝わっていた。さっきも頬にキスをした瞬間、目を見開いて頬がほんの少しだけ桃色に染まっていた。

 好かれていると思っていた。受け入れてもらえると。


「ジェ……ジェマ?」

「嬉しいです…………夢、みたいです」


 アメジストのような赤紫の瞳からポタリポタリと落ちる透明な雫。サイラスは瞬時にジェマを抱きしめた。誰にも泣き顔を見せたくない、と。


「ふむ。私の勘違いだったか。よい。好きにしろ」


 国王は柔らかく微笑むと、二人でしっかり話し合えという言葉を残し、その場を立ち去った。

 



「ジェマ、本当に嫌じゃないんだな?」


 夜会での休憩室として用意されていた客間に、ジェマとサイラスはいた。

 ソファに横並びで座り、ジェマに体を向けるようにして話しかけるサイラス。ジェマはというと、ただ真顔で座って頷いていた。


 鉄仮面に戻ってしまったジェマを見て、サイラスはホッとしていた。この状態がジェマの通常で、本人的にはとても落ち着いているのだと知っていたから。

 話しかければ頷いてくれるし、聞けばちゃんと答えてくれる。サイラスはそれだけで幸せだった。


 二十八歳になっても妃を断り続けていたせいで、不意打ちのような縁談を設けられてしまった。しかも、断ったはずなのに、父親である国王が許可を出そうとしているらしい、と兄に教えられた。

 夜会の前日にそのことを知らされて憤慨し、かなりの勢い任せでジェマを巻き込んでしまったが、後悔はしていなかった。こんなにも奇跡的な展開を迎えることが出来たのだから。


「ジェマ、昔から君が好きだった。誰が何を言おうとも、君の瞳は美しいし、君は表情豊かだ。私が保証する。そして、一生君をデロデロに愛すと誓うよ」

「っ……」

「ジェマ、返事をくれるかい?」

「…………はい」


 ぽそりと呟かれた言葉に、サイラスは首を傾げる。


「それは、イエスでいいの?」


 ジェマが頬を染めコクリと頷く仕草を見て、サイラスは破顔する。ジェマの顎に指を添えて上を向かせると、ゆっくりと唇に自身のそれを重ねた。

 じっくりと味わうように、幾度も喰んだ。




 それから一年後、二人は結婚式を挙げた。

 何も知らない人々は、鉄仮面令嬢が地位のみで王子妃になったと、あることないこと噂を流した。だが、公衆の面前でサイラスがジェマを愛でるたびに、ジェマが本当に愛されているのだと認識を変えていった。

 また、ジェマが何にも動じず、鉄仮面でテキパキと公務をこなす姿を見た者たちは、なるべくしてなったのだと納得して行った。


 そうして、二人には、『鉄仮面と激甘王子』という愛称が付けられた。その愛称は巷で広まり続けて、舞台になってしまった。誰が広めたのか、ベアトリクスとの確執までも、面白可笑しく組み込まれていた。もちろんあの夜会でのやりとりも。

 一体誰が漏らしたのかと思いつつ、ジェマはサイラスを横目で見た。


「ふむ。なかなか上手く再現されているな」


 ――――怪しい。


 ニコニコと微笑んで舞台を見る第二王子と、無表情で舞台を見つめる王子妃の姿がたびたび見かけられるようになると、噂は更に広まった。舞台化はされているものの、物語は本当にあったことなんだろう、鉄仮面の令嬢は溺愛されて幸せになったのだろうと。


 舞台を見ながら満足そうに頷くサイラスを見て、ジェマが仕方なさそうに表情を緩めた。それはとても小さな変化だったが、サイラスが見逃すはずもない。

 ジェマの顔を隠すようにして口づけをする姿は、まさに激甘王子そのものだった。

 

 


 ―― fin ――

 

 


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