08
動かないと思っていたはずの石器兵の胸元がゆっくりと開いた。
こんな動作は見たことがない。活動を停止した石器兵を長時間観察したことはなかったから、他の石器兵もこうなっていたのかもしれなかった。
石器兵の中はどうなっているんだろう。
好奇心に突き動かされ、止は開かれた胸部を覗き込んだ。
「空っぽ?」
だが覗き込んだ先に見えたものはぽっかりと空いた空洞だった。それはそれで興味深い光景だが、拍子抜けしたのも事実だ。
「なんだ――――!?」
空洞から細長い刃物がせり出していた。この形はよく見たことがある。石器兵の鋭いブレード。それが止に向かって伸び、スパイダーの外装ごと止を貫いた。
「う……ぐぁ」
胸を貫通するブレードが止の視界に広がった。墨汁のように黒い液体が胸から溢れ、滴り落ちる。
痛い! 熱い!
死ぬほどの負傷、脳が焼き切れそうなほどの苦痛を感じながら、それでも意識は明瞭だ。
「うおぉぉぉ!!」
力を入れる程、激痛が止を襲う。ブチブチと腕の筋が千切れる。千切れた肉が黒い体液を撒き散らしながら蠢いて再び結合する。止がレバーを倒すと、スパイダーがゆっくりと動き出した。
そして煤と錆でボロボロになったブレードを巨体に突き立てた。
カチカチと震えながらスパイダーの前足は石器兵の傷跡をなぞって、ズブリとその首を貫く。首が下に垂れ下がって、微かに輝いていた青白い発光は完全に消え失せた。
大型石器兵は完全に活動を停止した。
一方、それを見届けた止もスパイダーの中で意識を手放していた。
だが俺はとことん悪運が強いようで。
再び目を覚ますとショッキングピンクの空がまたも広がっていた。これが青空だったらだったら全てを夢だと思えたんだろう。きっとこの空を見て穏やかだとか、昼過ぎぐらいかと考える俺はこの生活に慣れ始めてしまったのかもしれない。悲しいことだけど。
生きる目標はなくなっても、死ぬ理由もないなんて。そこでふと思い出した。
そういえば俺は腹に貫かれたはず。あんな大怪我を負ってなぜ死んでいないのか。
ジャケットをめくって自分の腹を確認する。するとそこには黒い塊が見えた。詳しく描写するなら、それが接着剤のように自身の肉を貼り付けているようだ。
それがなぜだかスパイダーに似ている。思い出すのは傷を治すスパイダーだ。
まさか……。
背中の冷や汗が止まらない。それと同時に冷や汗が出る人間性は残っていたことに安堵した。
「トドメーー!」
「スイヒ……」
向こうからかけてくるスイヒが見える。だが止はスイヒを気にかけてやれる余裕はなかった。自分を人間と信じて疑ったことのない止が、もはや人間ではない何かに変わってしまっていたのだから。
「どうして勝手に行っちゃたの?」
瞳に涙を溜める彼女の服は土埃にまみれていた。
「ごめん、いろいろ迷惑かけて」
「ここまで引っ張り上げるの本当に大変だったんだよ! ……でもそれだけじゃなくて、本当に心配したんだから。もう二度と会えないんじゃないかって」
「それは問題ないと思ってたんだ。俺が石器兵を倒せればスイヒは仲間のもとへ行ける。俺なんかと一緒に地上にいるより、早く地下に行って本当の仲間を探した方がいい」
「誰がそんなこと決めたの?」
スイヒは潤んだ瞳で止を睨みつける。
「え? ……スイヒ?」
「スイヒはそんなこと言ってないよ。勝手に決めつけないで! どうして一緒に生きてくれないの!?」
捲し立てる言葉と共に涙が溢れた。
「……仲間が死んで、俺は1人生き残った。死ねと命令したのは俺なのに。こんな俺に生きる資格はないんだ。でも仇の石器兵も生きてた。……生きてたから、それが生き残った俺の役目だと思ったんだ。それが俺が生き残った理由だって。良かったね、これでスイヒは地下に行ける。俺はもう満足したよ。やり残したことはない」
「なんで死んじゃうみたいなこと言うの!」
「うん、死んじゃうんだ。スイヒには悪いけど、俺は一足先に仲間のところに行くよ」
「なんで!」
スイヒの追及に堪らず止も言い返した。
「皆死んだんだ! ここで生き続けたってずっと会えないだけだろ! ……もう二度と会えないんだ」
「それなら……それなら! スイヒがトドメの新しい仲間になるよ! 地下に潜るためには、色々準備が必要なんだよ。テントも完成させないといけないし、今日の夜ご飯だって作ってない! やることがたくさんありすぎて1人じゃ生きていけないくらい! でも地下には地上よりももっとすごいものがたくさんあるんだよ! 火を噴くオオトカゲとか鳴く植物とか。……気にならない?」
まるでファンタジーだ。それを一目見てみたい、そんな気はするけど。
スイヒはその止の反応を見逃さなかった。
「行きたいって思ってるなら、ここから始めようよ! 仇を討ったんでしょ? もうトドメは十分頑張ったよ。だから仲間を失ったトドメとはここでお別れして、新しい人生を始めよう!」
止は差し出された手を握きることもできず、まじまじと見つめた。
「俺に、その資格は、あるのかな」
震え声で吐き出された言葉にスイヒは力強く頷いた。
「あるよ」
「……そっか」
止はスイヒの手を取ろうとおずおずと手を伸ばす。その時、うんと懐かしい声が聞こえた。
「隊長?」