04
極彩色の空が見えた。ショッキングピンクの大空にエメラルドグリーンの雲がたなびいているような。
「天国って思ったよりファンシーだったんだ」
どうやら仰向けになっているらしい止に、声を聞きつけた少女がその呆けた顔を覗いた。
「あ、起きた」
少女の顔に止はまたも固まることになった。少女は止の常識にはない容姿をしていたのだ。
パッと目を引くのは明るすぎるアクアマリンの髪だ。その長く無造作に伸びた髪は毛先で紫に染まっている。そして目を逸らし難い彼女の瞳は、まるで自らが光り輝いているようなネオンカラーのピンクが宿っていた。
目を疑う点は他にもある。彼女の白く華奢な首にはこれまた白く柔らかな羽が生えていた。
ここで止は悟った。
「そうか。俺は異世界転生をしてしまったのか」
もう前世になってしまった記憶で目にしたことがあった。同じ基地に住む仲間たちがこっそりと持ち込んだ娯楽小説。最近の流行らしい。それを皆で回し読みした記憶がある。
交通事故で生まれ変わる展開が主流だったが……俺も態ととはいえ機体に搭乗中に死亡。
……うん、広義では交通事故と言っていいだろう。
だから俺が異世界転生していても何もおかしくはないわけで。
「ねぇ、異世界転生ってなに?」
止が納得している間に暫定異世界人が不思議そうに聞き返していた。
「俺は異世界から生まれ変わったってこと。異世界人さ……いや、この場合俺が異世界人だから君は現地人か」
止の説明に彼女はますます首を傾げるばかりだ。
「……? 君ってよく頭可笑しいって言われない?」
「そんな……ことは……!!」
彼女の鈴のように凛として可愛らしい声が余計に傷口を抉る。
「それに、そんなことはないよ。だって君はあの子の中にいたんだよ?」
彼女が指を指した先には驚くべき光景が広がっていた。
止が寝そべっていた石と苔に覆われた地面の先。なんとそこには止の機体、スパイダーがいたのだ。尻尾を失い黒く変色し、見慣れない部品があるスパイダーは前足を広げじりじりと前進している。
スパイダーの前方には1体の怪物。こちらもまた止の常識から外れた姿をしていた。石器兵もある種怪物と言えるが、この不気味な生物とは明らかに違う。それを止は機械的怪物と生物的怪物として理解した。
「あれは?」
「ダンガンダイリ。海辺によく出るんだよ。尾ひれが見えるでしょ? 本当は海の中にいるんだけど、たまに陸に上がってくるんだって!」
説明を聞いてから見ると水生生物に見えなくもない。4本の足にヒレのついた尻尾。頭には鋭く尖った1本の角。水色の体表は毛に覆われておらず鮫肌のようにザラザラしていそうだ。体長はスパイダーと同等、2メートルといったところか。
遠目から薄目で見ればオットセイのようだ。
「じゃあ、スパイダーの方は何やってるの?」
止はいまだにダンガンダイリへ前足を振り上げながら前進する己の愛機を見やった。
「スパイダー? あ、もしかしてカニさんのこと?」
「カニ?」
止は瞠目する。その様子を大して気にしない少女は止を置いて話し続けた。
「カニさんは、ずっと横歩きばっかするんだ。それで今やってるのは威嚇、かな?」
スパイダーを横歩きさせた上で、威嚇? あんな危険そうな生き物に?
信じられない!
国のパイロット養成学校は何をやっているんだ!
3年間という長い時間、共に戦場を駆け回っていた相棒と言っても差し支えない機体を馬鹿げた行為で侮辱された。
そう考えるとふつふつと怒りが湧いてくる。
だがそれだけではない。あんなふざけた行動を取っては直ぐに殺されてしまう。
「今すぐ止めさせろ! 誰が乗っているかは知らないけど知り合いなんだろう!? こんなんじゃ直ぐに殺される!」
少女は相変わらずきょとんとした顔のままだ。親切な現地人だと思っていたが冷酷な一面を持っていたらしい。
止が少女に詰め寄っている間にも向こうの戦況は刻々と変化していた。
後ずさりしていたダンガンダイリは体をうんと縮める。俯き気味の頭部に付いた一角が静かにスパイダーを狙っていた。
ダンッ、とヒレが地面を叩きつける大きな音が聞こえた。
驚いて振り返った止は今更になってダンガンダイリの由来を知ることになった。弾丸のようなスピードで獲物を一突きにするからなのだと。
角はスパイダーの胴体に深々と刺さり、黒い液体が滴り落ちていた。その意味が分からない止ではない。
「あ、あぁ……」
俺は遅かった。名も知らぬパイロットの最期が麗の最期と重なる。
止は絶望に打ちひしがれ膝をついた。
しかしその時、胴を貫かれたはずのスパイダーが再び動き出した。スパイダーのブレードがダンガンダイリを突き刺すのと、少女が口を開くのでは、いったいどちらが早かっただろうか。
「カニさんの中にはもう誰も入ってないよ?」
ダンガンダイリの短い断末魔が聞こえた。