03
「いや平然とやってみせられてもな」
「甲さん、腹を括ってくださいよ。他に方法がないでしょ」
奏と桐、麗は止に続いてワイヤーを伸ばす。少し遅れて仕方なしに甲もワイヤーを射出した。
ガタンッ、と確かにスパイダーの足が地面を踏んだことを確認して、甲は張り詰めていた息を吐き出した。笑いさえ零れる。とても短いとは思えないフライトから解放されたのだ。
「ハハッ、案外やればできるもんだな」
甲の前方には先頭を疾駆する止。それに相対するのは大型を守る中型、その前に留まる数体の小型だ。
そこまで進めば基地を攻撃し続けている石器兵もこちらに攻撃対象を変更するだろう。それこそ、今のように飛び上がればハチの巣にされるくらいに。
潮時を感じた。
あの大型を落とすにはこの隊員全ての命を捧げて道を切り拓く他ないのだと。
「隊長。1番目は、俺がやる」
手近な石器兵目がけて再びワイヤーを射出する。
「甲!? お前、右足が!」
「やっぱ土壇場じゃ上手くいかなくてな。正直もうまともに動けない」
最早、甲の機体の右側4本の足はまともに駆動しない。ワイヤーと左足を使って甲は、止の機体を抜かして石器兵に肉薄する。
「先、行ってます」
最期に無線で聞いた声はひどく穏やかだった。
彼の機体の尾が、鉄が高温で溶けるように赤く染まり、爆発と共に数体の石器兵を吹き飛ばす。
「甲ーーーーー!!」
叫びを堪えることはできなかった。初めからこうなると分かっていたのに。
甲の機体の残骸がごろごろと転がって止の足元で動かなくなった。拉げて滅茶苦茶になったコックピットに甲は入っているのだろう。
「僕ぁもうちょっと派手な花火を見れられると思ってましたよ。行って下さい、大した威力じゃないけど、中型1つは道連れにしてやりますよ」
「奏、私もやる」
止の左右から奏と桐の機体が追い抜いて、それぞれ中型に飛び掛かった。
「奏、桐!」
だが3体目の中型が、桐の背後から長い尾を模したブレードを振り下ろしていた。
「桐危ない!」
一心に中型に迫っていた桐はその叫び声で漸く背後を確認した。迫るブレード、回避はもう間に合わない。ただ自身の死を見つめるだけの刹那の時間に、鉄の鈍色が差し込んだ。麗が飛び出して桐を庇ったのだ。代わりにブレードに貫かれる麗の機体。鉄板の隙間からは赤い血がどくどくと流れていた。
「うら、ら……? ……先に行かせちゃってごめん。私も、すぐ行くから」
奏と桐の機体は眩い閃光に包まれる。爆煙が晴れた後には、活動を停止した中型石器兵とスパイダーが2機、物言わぬ残骸になっていた。
「…………皆、ありがとう。おかげでここまで来れた」
止と大型石器兵の間を遮るものはもう何もない。近くで見ると自身の機体であるスパイダーや、それとほぼ同じ大きさである小型石器兵の何十倍もの巨体に圧倒されるものがある。だがあと数歩踏み込めば止のブレードが大型の首を落とすのだ。活動中の石器兵特有の青白い発光がまるで睨んでいるように感じられても、退く気持ちはまるでなかった。
大型から数多のミサイルの雨が展開される。それを止はワイヤー、8本の足を自在に扱って軽々と避けて見せた。
「終わりだ」
止は強くブレーキを踏み込む。ハイスピードで旋回していた止の機体が大型の頭部を捉えてピタリと止まった。
流れるように前足のブレードを頭部と胴の装甲の隙に沿わせる。そうでなければ索敵用のスパイダーは、装甲の厚い大型石器兵を切断できないのだ。
滑るように進むブレードは、首の半分ほどに刃を入れた辺りで突然動かなくなった。
レバーを全て倒して全力で押してもピクリとも動かない。明らかにおかしい。だが原因を悠長に考える時間は止にはなかった。
大型石器兵が甲羅からミサイルが発射された。発射されたミサイルは全て大回りな軌道をとって止の機体に直撃するだろう。この至近距離ではもはや避けることもできない。
「俺もここまで、か……」
確認はできないが、こんな頭部に近い場所での自爆だ。間違いなく大型は死に絶えるだろう。
俺は必ず甲と麗と奏と桐の犠牲を――俺にできた、1番の親友たちの命を無駄にはしない。
新しく付け足された毒々しく赤いボタンに拳を叩きつける。
自分の背後から眩い極光に包まれていくのを感じた。これで大型を道連れに――そう思った時だ、こともあろうに大型の胴と甲羅の隙間から小型石器兵が這い出してきた。
これだったのだ、ブレードが動かなくなった原因は。
画面一面に小型の身体が映し出された。まるでこれから起きる爆発から大型を庇っているようだ。
声を発する間もないくせに、今まで皆と過ごした記憶だけは鮮明に脳裏に流れて――俺の視界は一部の曇りもない白に覆われた。