02
「隊長!」
背後から少女の声がする。この声は隊員の桐だ。
「やっと全員揃ったみたいだ。それじゃあ小隊長、作戦の概要を共有してもらってもいいかな」
「はい。……北戦線第9斥候小隊の任務は、この索敵型爆撃機スパイダーを使って現在イロウ基地を襲撃している石器兵もろとも……自爆することだ」
その言葉に皆息を飲んだ。
だが1番早かったのは桐だった。
「了解!」
そう言って笑顔で敬礼を向けてくれた。
「任せてくれよ! しっかりやってやるぜ」
そう言う彼は甲。この第9斥候小隊の中で一番の年上だった。
「その……私たちは生まれた場所も育った場所も年齢も違うから、この戦争がなかったらきっと会うこともなかったんだろうけど、でも、ここで出会った皆は最高の仲間で、親友だって思ってる」
「上司を親友扱いって麗も肝が据わってるよなぁ」
「ちょっと、茶々入れないでよ甲! せっかく麗が頑張って喋ってるのに!」
「そうですよ、第一あなただって年上だから~って理由で敬語使ってないじゃないですか」
止に唯一敬語で話してくれる、礼儀正しい彼は奏だ。
「だから……最期の時は、皆一緒がいい」
麗の言葉に気づけば口を突いて出ていた。
「うん。一緒にいこう」
基地を出て、無骨な道路をひた走る。暫く走ると踏み潰された向日葵畑が小隊を迎えた。
「うーーん、ギリギリ綺麗!」
「これで日が出てれば見どころもあったんだろうがなぁ」
「それこそ高望みですよ。晴れてる日なんて僕の記憶にもないのに」
「え、マジで? 炎天の下で部活動に勤しんだとか……」
「ないですよ。最後の日の出が観測された日、僕はまだ5歳だったんですから」
「いやぁ……ジェネレーションギャップ~~」
「甲……誤魔化し、きれてない」
無線からは絶えず楽しそうな声が聞こえる。止も彼らにつられて口角が上がる。自身に最期に刻まれる記憶が彼らとの記憶で本当によかったと、そう思うのだ。
「名残惜しいけど……急ごう。俺たちが到着する前にイロウ基地が壊滅、なんてことになったら目も当てられない」
それからは凪いだ海沿いを走った。
大橋を渡った辺りで遠く前方に煙が立ち上っているのが見える。爆発音は今時どこに居ても聞こえるから今更だ。
「隊長っ! あれが!」
桐の声は震えていた。無理もない。遠目からでも十分にイロウ基地周辺の異常は見て取れた。煙を上げる巨大なドーム状の建物が絨毯のような白に覆われている。石器兵だ。石器兵は外殻が真っ白いのが特徴なのだ。
「イロウ基地だ。一旦崖の上に布陣し、頃合いを見て奇襲する!」
「「「「了解」」」」
崖を登って最大望遠でイロウ基地を観察する。基地の外観はすでに大半が崩壊し、数えるのも億劫になるほど数多の石器兵たちが群がっている。
今回の石器兵は俺たちの機体、スパイダーにそっくりの小型が殆ど。その後方に中型が3体、大型が1体。
嫌になるほど理に適った戦略だ。
近接しか攻撃手段を持たない小型に前衛を任せて、中型以上は援護射撃に専念という戦法のようだ。
最後方に陣取るあの大型は逆に近接攻撃ができない。3年も斥候を務めてきたから知っている。ハリネズミの形にどことなく似ているあれは動きが致命的に遅い。近づけばスパイダーに取り付けられているブレードで確実に落とせるだろう。眼前に辿り着ければの話だが。あの大型に接近するためには、ハリネズミを思わせる棘の甲羅から発射される小型ミサイルの弾幕を躱す必要がある。
しかも今回はそれだけではない。大型を守るように中型が3体、全方位を警戒している。
中型は大型ほどの弾幕は張れないが動きが素早い。トカゲのように地を這い、長く俊敏な尾を振り回すのだ。
さて、どのように戦おうか。
誰かが注意を引いて…………いやでも……。
一番被害が少ない戦法は。でもこれは自爆命令だから……。
思考の沼に嵌った止を引き上げたのは、麗の切羽詰まった声だった。
「気づかれました! 石器兵の別動隊が来ます!」
結局俺たちにはこれ以外に選択肢なんてなかったのかもしれない。
「ッ!! 全員、このまま直進! あの大型を破壊する!!」
「おい止! 向かってきてる石器兵はどうするんだよ!」
奏の機体からパンと軽い発砲音が聞こえた。
「豆鉄砲とは聞いてたけど……これはいくら何でも威力低すぎじゃありません?」
数時間前に取り付けられたスナイパーを格納しながら奏はぼやく。打ち出した弾は間違いなく石器兵に命中していたが、そこに傷痕はなかった。
「え、本当にどうするの!?」
「飛んで避ける!」
止は部隊の先頭に躍り出た。
手元のボタンを押して前方にワイヤーを射出する。空へ向かって限界まで伸びたワイヤーは、落下しながら巻取りが開始される。そのワイヤーの先に付いたアンカーが一体の石器兵の胴に引っ掛かった。
全速力で突進する止の機体は石器兵に衝突する前に飛び上がる。そしてワイヤーに引っ張られた機体は見事に石器兵の一団を飛び越えて見せた。