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01

 今日も今日とて耳が痛くなるほど轟音が響き渡っている。近くにミサイルが落ちたんだろう。


「いつもより近かったな」


 こんな日もある。驚く気も起きない。

 彼は平然とした様子で、食堂のカレーを掬っていた。


「至急、至急。北戦線第9斥候小隊長、渚止(ナギサトドメ)。指令室長から緊急の呼び出しです」


 ミサイルを全く気に留めていなかった彼は、突然の放送に僅かに肩を揺らした。


「カレー食べてからじゃあ……さすがにダメだよなぁ」


 動揺を抑え込むためにあえて気怠く装ってスプーンを置く。食べかけの皿は放置していても、掃除ロボットがどうにかしてくれる。

 3本足カエル肉入りカレー――好物を置き去りにしなければならない事態に、彼は席を立った後も執念深く名残惜しそうな視線を送っている。


 グレーの髪に、大きく丸い藤色の瞳、黒にグリーンのラインが入ったジャケット。童顔で幼く見える彼は、実際若く15に成ったばかりだ。

 彼こそが、北戦線第9斥候小隊長、渚止である。

 止がこの基地に入ってからもう3年になる。前線基地での3年というのは、基地で生活する半分の人間が入れ替わる年月のようで、15のあどけなさが残る少年にも小隊長の座が回ってきたのだ。


 だからこそ、この呼び出しもある程度予想がつく。


 このように指令室長に呼び出されて、その後会話を交わせた知り合いはいない。基地内で姿を見たこともない。

 つまりそういうことなんだろう。


「失礼します、指令室長。北戦線第9斥候小隊長、渚止です」


 指令室に他の人間はいなかった。ただ机の奥に座る白髪交じりの男、指令室長が止の敬礼に重々しく頷いた。

 彼は整えられた自らの髪を掻く。3年前に止が見た彼はもっと艶やかな黒髪で若々しさを感じる人だった。これは年を取ったせいではない。それほど戦況が悪いのだろう。


「10年前に始まった石器兵の侵攻から、我々は甚大な被害を被ってきた。環境にも。……我々がこの戦争に勝ったとして、今後戦前と同じ水準で生活することはできないだろうな。発生原因も命令系統も、機械であるのかも生物であるのかも不明。依然として増え続ける彼らに人類は1度として反撃できなかった。そしてそれは今日もそうだ」


 指令室長は一度呼吸を整えて、静かに残酷な知らせを止に告げる。


「7月14日9時、北東の戦線が崩壊、現在イロウ基地が攻撃を受けている」


 止の喉から声にならない悲鳴のような呼吸音が漏れた。


 イロウ基地はこの基地から北東に進んですぐの基地だ。10年間の侵攻で石器兵たちに基地を落とされたことは一度もなかった。その情報は止に人類が全力を傾けてきた戦線の維持に終わりが来たことを悟らせるには十分だった。


「イロウ基地は最も近い基地である我々に救援を求めている。石器兵たちにイロウ基地を落とさせる訳にはいかん。……我々はまた、身を切る必要がある」


 指令室長の表情は苦々しさで歪んでいた。


「命令だ。直ちに北戦線第9斥候小隊は索敵型スパイダーに搭乗し、その身を以ってイロウ基地を奪還せよ!」


「了解!!」


 止は素早く敬礼を披露する。


 こうなることは分かっていた。それならば、後腐れのない別れがいい。覚悟は決まった。後は目標に向かって一直線に飛び込むだけだ。


 退出時に指令室長が小さく、すまないな、と言っていたのが聞こえた。



 端末で4人の隊員たちには倉庫に集まるよう伝えた。直に集合できるだろう。


「どうして君たちが斥候に使っている機体の名前がスパイダーなのか、知ってるかい?」


 彼女はいつものように煙草を吸い、どうでもいいような雑談を投げかけてきた。満月調整技師、彼女はいつもと変わらない。

 人がこうして死にに行くのに、それを慮る心はないのか。それを若干腹立たしく感じて、止はぶっきらぼうに答える。


「知ってますよ。機動性の高い8本の足と1本のワイヤーが出せるからでしょ?」


「うん、それもそうだけどね。1番は開発当時の見た目だよ」


 見た目? 人1人がぴったり収まる胴体から伸びる、8本の細い足がある今の姿でも十分に蜘蛛っぽいが。


 要領を得ない止に、見た方が早いと言わんばかりに満月は隣の機体の黒布を取り払った。


「良かったね。3年使い続けてきた相棒の真の姿が見られるんだ。冥途の土産にはなっただろ?」


 そこにあったものは、3年間止が苦楽を共にした索敵型スパイダーだ。但し搭乗時にパイロットの後頭部に近い部分、つまり機体に尾が取り付けられていたのだ。


「満月さん、あれは?」


「爆弾だよ」


 事も無げに彼女は言う。


「開発当時、これには索敵型爆撃機スパイダーという名前がついていたんだ。8本の足に人を乗せる胴体、爆薬をこれでもかと積んだ尾。スパイダーそっくりさ。限界を追求した薄い装甲で身軽な上に、必要な物資は搔き集めた僅かな鉄と人間一人でいい。脱出装置を着けて、鉄を惜しげもなく使った、石器兵の銃撃に耐えられる装甲を纏った人型機体を、訓練させもしない新人に次々とスクラップにされるよりコスパもいい。そんな理由でスパイダーは全基地に配備されたんだ。でも指令室長はそんなやり方が気に食わなかったみたいでね。爆撃機という言葉を抜いて、索敵型スパイダーとして運用した」


「隊長!」


 その時背後から活発な少女の声が聞こえた。

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